【 『きみだけにつかえるしあわせのまほう』 】
◆.CCSciXGvM




52 :No.51 『きみだけにつかえるしあわせのまほう』 ◇.CCSciXGvM:07/06/17 22:23:59 ID:s3iEwa6p
 しん、と静まりかえった教室前の廊下に、一人の少女が佇んでいた。

 上着のポケットから振動が伝わってきて、陸は携帯を取り出した。
黒板の前には、一昨日から担任となった先生が、国語の教科書を読み上げている。
『しおり』
 携帯の外側にある小さなディスプレイには、電話マークの横にそんな文字が浮かび上がっていた。
「先生、ちょっとおなかがいたいのでトイレいってきていいですか」
 教師の許可がでた。、陸は廊下に出、教室から自分が見えない位置までいくと、通話ボタンを押した。途端、さっきまで凛としていた表情が崩れる。
「あのさ、今じゅぎょう中なんだけど」「あ、あのねりっちゃん! きょうしつ入ろうとしたら、ドアがね」
 さも面倒そうな陸の対応を気にも留めず、詩織が言う。二人はいつもこうだった。仏頂面でトゲのあることばかり言う陸に、詩織だけが物怖じもせずくっついてくるのだ。
「開かないのか? ったく、そんなことでいちいちかけてくんなよ。こまったとき用にメモちょう、わたしてあっただろ。あれの三ページ目ぐらいに書いてあるから、あとはどうにかしろよ。それじゃあな」
畳み掛けるように言うと、電話を切る。

そっか、と呟きつつ、詩織はランドセルの中を探った。手に触れる、小さな小さなノート。取り出し、三ページ目を開くと、そこには大きめの文字で『ドアが開かないとき』と書いてあり、その下に
「そのドアは引き戸」と、それより小さめに書かれていた。詩織は、それを呪文を唱えるようにいいながら、ドアを横にスライドさせた――。

 陸はいまだ廊下に立ち、携帯をみつめていた。
 ……あいつ、だいじょうぶかな。
 陸の双子の姉は、魔法の才能がある、というより魔法の才能しか無い、と言えるぐらい、他のことが駄目だった。
逆に陸は、魔法の才を全て詩織にとられてしまったかのように、魔法がまったく使えない。
そのことを、ずっと妬ましく思ってきた。そんな陸の気持ちも知らないでひょこひょこと後をついてくる詩織が、大嫌いだった。
 しかし"あの時"から、今のようにドアが開けられないことなど日常茶飯事の詩織を救うようになったのだ――。
 電話を切ってから二分も過ぎていない頃、また携帯が震えた。今度はすぐに出る。
「あ、りっちゃん、ドア開いたよ! りっちゃんのじゅもんは、学校のまほうしゅ……しょうげききゅうしゅうシールドもやぶっちゃう、さいきょうのじゅもんだね!」
 それだけ言うと、今度は詩織から電話を切る。
"――――いたい、いたいよぉりっちゃん……いたいのいたいの、とんでけ? いたいの、いたいの……うん、もうだいじょうぶ! りっちゃんはなんでもしっててなんでもできて、たくさんのつよおいじゅもんをしってるんだね!"
 数年前の記憶。親から、周囲から、いつも詩織と比べられていた陸が、そんなことを言われたのは初めてだった。
「……おれは何のじゅもんも知らないっての」
 憎まれ口を叩きながらも、陸の口元が少しだけ綻びかけた。……が、すぐそれを噛み殺すように、むすっとした表情を作る。
顔が少し赤らんでいることに気付かないまま教室に戻った陸に、先生がかけた言葉は「顔が赤いわよ、熱があるのかしら」だった。



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