【 呪 】
◆IbGK9fn4k2




49 :No.48 呪 ◇IbGK9fn4k2:07/06/17 21:31:52 ID:s3iEwa6p
小さな魔法少女がのたまう。
「東洋の魔法体系にはコトダマって概念があるの。小さな挨拶や長い決まり文句、名前や文章の一つ一つにも意
味があって、それぞれが魔法として機能するって考え方」
フェンス越しに背中合わせの二人。夕暮れ。僕は藍色の、彼女は朱色の空を見ていた。
「それを特に示しているのが中国道教の流れと、それを引いた日本陰陽道。特に陰陽道では真名と仮名、つまり
漢字と平仮名の組み合わせで強力かつ複雑な言語的魔法体系を作り上げたの。良い例としてはノロイとマジナイ
ね。害のノロイも、護のマジナイも、ほら、両方漢字では同じでしょ?」
二人の間の距離は実寸三センチ、心理的にはもっとずっととおく。二人を包み込む、風と沈黙。
「……大嫌い」
彼女から沈黙が破られる。きいっ、とフェンスが軋み、彼女がフェンスから身を離したのがわかった。
「それは……ノロイなのかな、マジナイなのかな?」
僕は姿勢を変えず、ひょろ長く伸びながら消えてゆく影を見つつ、問いを投げかける。
「ノロイだよ。わたしが君にかけたノロイ。……君がもう、わたしに会いたくならないように」
「それは残念。僕はまだ君に会いたいのに」
「っっ!」
僕の素っ気無い返答に彼女は少し言葉に詰まった様子であったが、すぐに堰を切ったように喋り始めた。
「大体どうしてっ?! ずっと君の傍に居た、ずっと君を見ていた、食べ物の好き嫌いも、小さな癖も知ってい
る。なのに、どうして君はわたしの気持ちに気付いてくれないのっ?!」
振り返りたい。振り返れない。今振り返ったら、心にも無い嘘を並べそうだから。それを気付かれそうだから。
 そのままじっと言葉を待っていると、少し落ち着いた様子で彼女が口を開いた。
「あーあ。心にも無い事を言っちゃった。忘れて。わたしが君のこと大嫌いだって事以外」
忘れて。それは無理だ。君の放ったコトダマは僕がちゃんと受け取ったから。それがノロイでもマジナイでも、
僕がしっかりと受け止めたから。僕は魔法の事はわからないし、難しい魔法なんて使えない。でも、何かが自分
を変えたのは感じていた。ゆっくりと振り返る。彼女の表情は翳になっていて窺えない。
「やっぱり、僕のことは嫌い? だとしても、僕はこれからも君と居たいよ。だって……」
『君のことが好きだから』

僕は魔法が使えないし、きっと必要も無い。なんて言ったって、ほんの小さな一言が魔法の呪文になると知って
いるから。それがとっておきの幸せの呪文だってことも。
二人で手を繋いでの帰り道、夕日が沈んでからも彼女の顔色が変わらなかったのは僕の気のせいだろうか。



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