【 言霊 】
◆WGnaka/o0o




48 :No.47 言霊 ◇WGnaka/o0o:07/06/17 21:24:41 ID:s3iEwa6p
 言葉というものは実に不思議だ。古くからこの言葉たちには魂が宿ると云われていた。
 それは言霊などと云われるもの。想い、或いは思念がそこから生まれる。
 御呪いや呪文という風に云ったほうが判り易いだろうか。
 この言葉というものが在るからこそ、僕たちは率直に気持ちを表現できるのだ。
 だがしかし、誰もがその言葉を上手く操れるわけではない。
 現に、僕は一年前に失語症の少女と出逢い、その大切さを身に沁みて理解したことがあった。
 当時話題にもなった旅客機の墜落事故。数少ない生き残りの中にその子が。
 奇跡の生還者などと謳い、マスコミたちは挙ってインタビューを続けた。無駄と知りながら。
 事故調査に協力しうる人物として、警察もまた彼女の元へ何度も訪れるようになる。
 彼女は大好きだった両親の死が引鉄となり、事故直後から失語症になってしまったというのに。
 僕と彼女が出逢ったのは、その墜落事故から一週間後だった。
 彼女より前から僕は病院で生活をしていたのだから、出逢う確率はそう低くないはずだろう。
 とはいえ、最初は事故の当事者を目にしたい好奇心で、彼女に逢おうとしていたのも事実。
 近しい年代が僕以外に居なかったためか、彼女は病室に訪れることを拒むことが少なかった。
 やがて事故のことは風化し始め、彼女も僕のバカな話で笑うようになった頃、事件は起きた。
 いつものように彼女の病室を訪れると、真っ先にベッドの上で苦しむ姿が飛び込んでくる。
 慌てて駆け寄ると、彼女の着ている白い寝間着とベッドのシーツが、紅い斑点を作っていた。
 咳き込む彼女の口から新しい紅い雫が噴出し、僕の顔面を生温かい感触が唐突に襲う。
 喉元から絶えず流れるそれは、血の紅だと理解するのには時間が掛かった。
 僕は必死にナースコールのコードを手繰り寄せ、何度も何度も強く激しくボタンを押す。
 涙を流しながら彼女は、声にならない声で何かを伝えようと唇を動かしていた。
「……ごめん、なさい」
 
 後日、彼女の担当医だった先生から聞いた話によれば、失語症が相当苦になっていたそうだ。
 僕と言葉を交わして話をしていたかったのだと、筆記会話で先生に教えてくれたらしい。
 喉元をカッターナイフで斬り付けてしまったのも、そんな苛立ちからの衝動だったのだろうか。
 結局僕は、自分の病と同じで彼女の失語症を克服しようという、切っ掛けにすらなれなかった。
 最後に云った彼女の『ごめんなさい』――それは、この世界と決別するための呪文。終焉の言霊。
 僕が助けられなかった彼女は、もうここには居ない。聴きたかった声は、もう……聴こえない。



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