【 言霊使いはお人好し 】
◆bsoaZfzTPo




43 :No.42 言霊使いはお人好し ◇bsoaZfzTPo:07/06/17 20:43:49 ID:s3iEwa6p
 赤信号に止められて、周りを見る。駅に向かっていたはずなのに、気がつけば随分と人通
りの少ないところに出た。どうやらまるまる一区画ずれて、住宅街の方へ来てしまったらし
い。まあ、しょせん田舎だ。交通量の多い大きな道を歩いていけば、看板が駅の方向を教え
てくれるだろう。最後の手段としてはコンビニにでも入って道を聞けば良い。
 追手は完全に私の魔力を頼りに捜索しているはずだから、特に手がかりにはならないだろう。
「ふう」
 それにしても、重い。着替えと毛布、換金用の金品が少々入っているだけのリュックが、ず
しりと肩に食い込む。逃亡生活は中々に私を追い詰めているようだ。
「おばちゃん、疲れたの?」
 もう二十年若ければお姉さんと呼べ、と言い張れるのだが。三十路どころか四十路も過ぎ
た身だ。文句は言えまい。私と同じく信号待ちをしていた女の子が、声をかけてきたのだ。
「そうさね。ちょっと疲れたかねえ」
 そう返して笑いかけてやると、女の子もにっこりと笑い、ポケットをごそごそと探り出した。
「はい、あめちゃんあげる。疲れた時は甘いのが良いんだって」
 差し出された小さな手にのったあめ玉を受け取る。
「ありがとね、もうちょっと頑張れそうだよ」
「うん! あ、青だ。じゃあね、おばちゃん」
 丁度色の変わった信号に、女の子が走りだす。そして、向かいから猛スピードで右折する
ダンプカーが……。
 思考が加速を始める。魔術戦の基礎はより多くの情報を処理すること。どうやら私の脳み
そは、心より先に女の子を助けると決めたらしい。やれやれだ。折角魔力抜きで県境を越え
てきたのに、これでおじゃんだ。
 何もかもがスローになった世界で、今更の様にブレーキ音が響いてくる。私はしっかりとダ
ンプのナンバープレートを見つめ、力ある言葉を口にのせた。
『命ずる。ね、三、一、七、五。止まれ』
 物理法則の何もかもを無視して、ダンプが停止する。運転手はムチウチか、悪くすれば肋
骨くらい折ったかもしれないが、まあ自業自得ということで。
「さあって、逃げるとしますかねえ。盛大に」
 とりあえず、足に跳べと命じて、私は駆け出した。屋根の上を走るのは、久しぶりだ。



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