【 マサオ 】
◆lWYtn5MZ2k




41 :No.40 マサオ ◇lWYtn5MZ2k:07/06/17 19:52:02 ID:s3iEwa6p
 昨日のことである。マサオは隣町のバーで見知らぬ女を口説いた。それはいい女だ。
明日、この町の商店街チームと草野球があることを言うと、そこで九人連続三振をさせることができたら――という約束をした。
九人連続三振なんて無理だ。しかも、俺はキャッチャー。
まして、今日の夜に会える保障などない。ていよく断られただけだ。そう思っていた。
しかし、そのときに女は面白いことを教えてくれた。

 アンパイアが親指を立て、頭上にかざす。これで五人連続で、三振を取った。この呪文は本物だ。
六人目のバッターが、素振りをしながら、バッターボックスに入る。
ピッチャーが振りかぶって、手からボールが離れる瞬間に呪文をつぶやく。――「カエデ」
バッターの肩がピクッと動く。バットは動かない。ボールは俺のキャッチャーミットに吸い込まれる。
そして、アンパイヤのストライクという声が背後から上がる。こんな感じだ。

 女は手帳を破くと、そこに呪文を書いてくれた。
「いい? 六人目に効く呪文は『カエデ』。意味なんか分からなくていいの。理由は聞かないでね」
俺も酔っ払っていたし、女も酔っ払っているんだと思っていた。
「最後の九人目に効く呪文は『マサオ』よ」

 七人目のバッターに効く呪文は、「ミドリ」。三振をしたバッターは、ベンチに帰りながら、俺をにらむ。
なんで、その呪文を知っているんだという具合に。
八人目のバッターに効く呪文はなんだっけ? キャッチャーミットの裏に貼り付けたカンペを覗き見る。
そうだ、そうだ。「アヤコ」だ。おそらく、不倫相手とか、そういう類だろう。そして、次は「マサオ」。
あの女はなぜ俺の名前を知っているのだろう。そして、この男は何者だ? 訳が分からないままに、呪文をつぶやいた。

 その夜、マサオは女とバーで再会することができた。女は試合の様子を聞くと満足そうに笑った。
そこで、少し躊躇したが、呪文のことを尋ねることにした。女は、少しいたずらっぽい顔をしながら、答えてくれた。
「そんなに効くとは思わなかった。あれね、全部、私の友達の名前。私、そういうお店で働いてるの。」
「ああ。そういうことか。しかし、九人目の『マサオ』という呪文はよくわからないね。俺は彼のことなんか知らないよ」
「あら、あなた、マサオっていうの? 私もマサオっていうの。奇遇ね」

 この呪文で俺のバットは音も立てずにしぼみ、その夜、火を噴くことはなかった。マサオ、十人連続三振達成。   ――終――



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