【 笑顔の魔法 】
◆EU472HDoMY




40 :No.39 笑顔の魔法 ◇EU472HDoMY:07/06/17 17:40:58 ID:bcoanGxO
 いつもと同じ帰り道。いつもと同じ、こいつの隣で。いつもと同じ横顔を見つめている。季節がどれだけ変わっても、
時間がどれだけ流れても、いつも変わらない、きっとずっと変わらないその横顔を。
 夕焼けが伸ばす二人の影の行く先を、どこまでも眺めながら考える。――どうすれば、この思いを彼女に伝えられるだろう。
 ずっと一緒だった。こいつは少し変わってるから、何度も駄目になりそうだった。絶望的な隔絶もあった。
 それでも、その全てを乗り越えて、今こうしてここに二人いる。自然にならんで、足並みを揃えてこうしている。その奇跡を、
俺の想いを、どうすればこいつに届けられるだろうか。どんな言葉で伝えられるだろうか。
 そんなことをぼんやり考えながら歩いていて、ふと隣を見ると彼女がいない。慌てて振り返ると、彼女は少し離れたところに立ち止まって
何かをじっと見つめていた。……あそこは、公園か。小さい頃によくあそこで遊んだ記憶がある。とは言っても、その頃はまだ
今のようなきちんと整備された公園だったわけではなく、ただの広場のようなものだった。……彼女と初めて出会ったのもあの場所だ。
 近寄って、どうしたのかと声をかけると、
「あの子」
 とだけ短く呟き、そのまま公園の中へと歩いていった。その先には――ああ、小さな子どもが、一人うずくまっていた。
 いつもそう、困っている人を見かけると手を貸さずにはいられないらしい。特に小さな子どもが泣いていたりしたら、
絶対に声をかける。それは彼女のいいところだと思ったし、わざわざ止める理由もないので、結果的に俺も手伝わされることが多かった。
 子どもに優しく話しかける彼女の笑顔を遠目に眺めながら、ゆっくりと近づく。隣に立つと、彼女が事情を説明した。
 どうやら親とはぐれてしまったらしい。親とはぐれて公園に来る過程はよく分からなかったが、とにかくそういうことらしかった。
 つまりは、俺が初めて出会ったときの彼女と同じなわけだ。一人ぼっちが寂しくて、怖くて、ただ泣いていた彼女と。
 彼女に声をかけられている間も、その子はうつむいて泣き続けた。それが、彼女には耐えられなかったのだろう。
「じゃあね、お姉ちゃんが、君が笑顔になれるとっておきの魔法をかけてあげる」
 彼女が突然そう言った。子どもの方は、ぐずりながらもどこかきょとんとした表情を浮かべている。
「まほう?」
「そう、魔法。私が呪文を唱えたら、キミはたちまち笑顔になっちゃいます」
 彼女は、よく分からないといった表情のその子の目の上に掌をかざし、目を閉じさせた。いくよ、と小さく言って、少し息を吸う。
「我、神の子に祝福を与えん。落日を待たず。永劫に愛を求めよ。――クラーフスィエ・ソカ・ガラッハフト・キーレン」
 言い終わると同時、辺りが光に包まれた。目を開けていられないほどの眩い閃光。それが収まったのを確認してからゆっくり目を開ける。
子どもはさっきのまま俯いていて、表情はよく見えない。……が、少しすると、微かに声が漏れるのが聞こえた。声は徐々に大きくなり。
「ふ、ふふふ。うふふはは、あは、あははははははははははは」
 朱に染まる夕焼け空に、歪んだ口元から零れる大きな笑い声が、どこまでも、どこまでも、響き渡っていった。

 ……そして、今でもその公園では、夕闇が辺りを包む頃、どこからともなく子どもの笑い声が聞こえてくるという……。  【了】



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