【 俺が呪文 】
◆667SqoiTR2




32 :No.31 俺が呪文 ◇667SqoiTR2 :07/06/17 14:57:38 ID:bcoanGxO
 誰かが呪文を唱えた。
 その呪文を天国にある高感度探知機が捕まえ、分散型演算機が成分解析を行い、そして
俺の手元にこの書類が来る。書類には起してほしい奇跡と、その対象が書かれている。今
回の場合は、怪我の治療だ。俺の階級では死者の蘇生だとか、神罰だとかはできないから
妥当なところだろう。
 書類を読み終わると、すぐに地上へと引き摺り下ろされる。この時の内臓が浮く感覚が
なんともいえない。といっても、内臓なんて持っていないが。
 そして、地上に降り立ったはいいが、奇跡を起す対象が見当たらない。と言うか、真っ
暗でぜんぜん視界が利かない。ああ、もっと階級が高ければ。神の使いになったばかりで、
人間と同じものしか見れない目が憎い。
 上を見る。真っ暗。ということは、夜だから暗いわけじゃない。建物の中か、洞窟か。
 だが、なにも目だけに頼ることはない。目を閉じる。耳は呪文を捕らえた。消えそうな、
途切れ途切れの呪文。ああ、やられてしまってるのか。手遅れなのか。
 俺はふらふらと呪文のほうへ移動する。知っている。こういうことは何度もあった。神
の使いになる前も、なった後も。
 対象と呪文を唱えた術者を確認する。駆け出し剣士と見習い神官。両者とも血まみれで、
皮が破れ肉が食われ骨が見えている。剣士の息はもう止まっているというのに、暗闇の中
で神官は必死に呪文を唱え続ける。俺にはどうすることもできない。そんな力を持ってな
どいない。
「神よ。どうかこの人を死なせないでください。神よ……」
 それはもうすでに呪文でなく。ただの懇願だった。だが、懇願と呪文の違いは? 心の
こもった言葉と呪文では価値があるのはどっちだ? 
 おお! 神よ! 奇跡を!
 だが、今まで聞かないようにしていたうなり声が途絶え、肉を咀嚼する音に変わる。そ
れだけで全てがわかる。生きた人間は居なくなって、死んだ食べ物だけが残ったのだ。
 奇跡など起きない。いや違う。奇跡は起きるが、奇跡を起す呪文が要るだけだ。誰の身
にも平等に奇跡は起きない。俺が神官から神の使いに転がり落ちたときもそうだった。
 どうか二人の若者が安らかに眠れるように。神の使いにならないように。俺はただ願う。
 そして、天国に引き戻される俺が見るのは、『神の代行――執行されず。よって減点』
と書かれた書類だろう。



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