【 ある不動産屋の日常 】
◆b5H6Vmad1o
28 :No.27 ある不動産屋の日常 ◇b5H6Vmad1o:07/06/17 10:18:08 ID:bcoanGxO
悪徳不動産屋。仲間内で私のことを、そう呼ぶ者も少なくはない。
不動産屋なんて言うと、一見大きなお金を扱っているので派手な印象を持つだろうが、普段の仕事は地味なものだ。
バブルの時代とは違い、買い手優位な市場。いかに多くの買主を見つけるか、そして買わせるかが重要だ。
チラシなんかは、切ったり貼ったりの手作り。原稿が出来上がったら、輪転機を回して自分で印刷。何千枚と刷った
チラシを抱えて、一軒一軒ポストに放り込んでいく。
そうやって地味な作業を繰り返してやっと客に辿り着く。
当たり前だが、客と一口に言っても人柄は様々で、これでもかって言うくらい様々な人間が客として来る。
そんな中でも、厄介な客の上位に入るのが、実務経験のまったくない宅建免許取得者。
自分は不動産の事をよく知っていると思い込んでいるので、何かにつけて疑いの目で見られ、突っ込みを入れてくる。
宅建免許の試験に出てくることなんて、実際の不動産取引の一割にも満たないと言うのに。
しかしこういった客に、よく効く魔法の言葉がある。普通に接していればこれほど面倒な客はいないが、この魔法の
言葉を使うと、逆にこれほど簡単に騙せる客はいない。
「ここの土地は、都市計画区域内でして、第一種低層住居専用地域となっております」
「第一種低層か。それじゃ、三階建てなんかは建てられないんだね?」
ほら来た。どうやって突っ込んでやろうかって目をしている。そうやって他の若い営業を泣かして来たんだろうな。
「そうですね。不可能と言うわけではないですが、難しいでしょうね」
「一番規制の厳しい地域だからな。こういう土地は色々と面倒なんだよな」
「ですが、厳しい故に周りに高い建物が建たないので、人気のある地域でもあるんですよ。“お客様ならご存知だと思いますが”」
「もちろん知っているとも。やはり住宅を建てるなら、こういう地域が一番だな」
どういった土地が人気かなんて言うのは、知っているはずがない。試験に出ることはないからな。
しかしこう言った客は、当然知ってるでしょ? といった感じで言われると、知らないと言う恥を隠す為に、知っていると言う演技をする。
例え、それが嘘の話であっても。
「どうしましょう? 人気のある土地なので早めに押さえておいた方が良いと思うのですが……」
「んーしかしなあ。こうも簡単に決めて良いものかどうか」
「何を言っているんですか。お客様なら、この土地の価値をご存知でしょう。来週辺りには、この土地が無くなってる可能性が高い事も」
来週どころか、来月だって残っている可能性は高い。何故ならこの土地の隣には、近所では有名な騒音おばさんが住んでいる。
ちょっと調べればすぐわかることだが、教えるつもりはない。早く売ってしまいたいのだ。こんな土地。
「さあ決めてしまいましょう。こういうものは知っている者だけが得をするんですから」
「しかしねえ。急かす話には裏があると言いますしね。あなたもご存知だと思いますが」