27 :No.26 日々の呪文 ◇YXB3ltkbqw:07/06/17 10:17:17 ID:bcoanGxO
たとえばクラスメイト兼バイト仲間だとか、上司兼○ヴァ友だとか。交流の形は一つに限ったものじゃない。
一つの組み合わせが複数の関係で結ばれることは、いくらでもあるだろう。
そして俺と先輩の場合は、幼馴染で部活の先輩後輩で同好の士で……恋人ということになる。これらの並びは、
俺が確信を持って宣言できる順だ。幼馴染という事実は基本的に変わることがない。俺が後輩でいられるのは先
輩が卒業するまでだ。読書という趣味は共通するものの、俺がそれだけであるのに対して先輩はかなり多趣味だ。
最後の関係は……、最早確信できる要素が全くない。付き合って半年、それらしいイベントは皆無。そもそも
俺はデートにすら誘い出せていない。告白してOKを貰ったこと自体、ただの夢だったんじゃないかとすら思う。
一番始めに置きたい関係がどうしたって一番後ろに来てしまう現状。最近は、それを思うと少し部室に向く足
が重くなる。それでもまあ、行かないなんて選択は有り得ないんだが。先輩に会わないで帰れるもんか。
部室のドアを開ける前に深呼吸。いつもなら先輩の顔を見に来ているだけの俺ではあるが、今日は少しばかり
違う意図も含めていた。よし、いくぞ、俺はやれば出来る子だ。さりげなく、いつも通りを装って。
「ドアの前で何をしてたのかしら?」
扉を開けた途端に先輩から鋭い突っ込み。全然いつも通りじゃなかった。
先輩の覗うような視線を眼鏡越し……先輩今日はコンタクトじゃないのか。久しぶりに見たけどやっぱ眼鏡も
イイよな……とか喜んでる場合じゃなくて。せめて言い訳の一つくらいしたらどうよ俺。
「よ、よりよい部活動に向けて、気合を入れる儀式などを一つ」
自分の機転の利かなさ加減に泣きたくなった。
「儀式? ふぅん、なんでいきなりそんなこと始めたのかしらね。やる気になってくれたのは良いことだけど」
先輩は小さく笑って、「にしても儀式か。なかなかタイムリーよね」と手にしていた本をこちらに向けた。
タイトルは『黒魔術の手帖』。また真っ黒い本を選びましたね。
「儀式の手法なんかも当然あるけど、エピソードの紹介とか色々あって面白いわよ。魔術とか胡散臭いと思って
たんだけど、これは中々考えさせられるわね。こういうことって日常的に在り得ることなんだと思うと」
「魔術が、日常的ですか?」
「そうね。……たとえば呪文。呪文って言うと普通は断片的にしか意味がなかったり、もしくは丸っきり意味の
通らない言葉をイメージするでしょう? そのくせ、言葉以上の意味を持ったりするような」
「まあ、大体そんなもんだと」
「でも実際は呪文って何も言葉に限らないみたいなのよね。服装とか動作とか、そういうのも呪文の一種なんだ
そうよ。そういう認識を持って考えると呪文も日常的じゃない? ……ちょうどさっきのキミの儀式とか、」
それに気付いた私みたいに。先輩はそう続けて、すっと目を逸らした。 ――おわり