【 夜の空と彼女の耳 】
◆kP2iJ1lvqM




26 :No.25 夜の空と彼女の耳 ◇kP2iJ1lvqM:07/06/17 03:42:59 ID:dLO5c8rc
 春、晴天。日本の空の色はアメリカと変わらない。
「お帰りなさい」
 そして地元の駅で俺を待っていた美香も、最後に見た彼女の姿と何も変わっていなかった。
 アイダホの『魔法学校』から留学の招待を受けたのは去年の秋だ。一通の手紙が、俺に魔法の才がある事を教えてくれたのだ。
 俺は高校をやめてアメリカへ旅立った。日本に、美香を置き去りにしたまま――。
 今回の帰郷には彼女に会うためだけでなく、もう一つ大事な目的があった。
 浮気調査のためである。
 俺達は駅から彼女の家へ直行した。部屋に入ると美香が後ろ手にドアを閉める。
 家捜しをするには美香が邪魔だった。そこで俺はある方法を使って邪魔者を排除する事にした。
 彼女の眼前に両手をかざし、厳かに俺は言う。
 ――You don't get a quick time.
 それは、『素早く動く時を捕まえられない』という意味の魔法の言葉だ。魔法をかけられた相手は五分だけ動きを止め、
その間の記憶もない。自分の動作を加速する呪文もあるが、覚醒剤なみの中毒性を持つらしいので使いたくなかった。
 何も起きなかった。
 そんなはずがない、と俺は魔力が尽きるまで呪文の詠唱を繰り返す。するとそのうち美香が、
「もういいから、わかったわよ」
 と呆れ顔で部屋を出て行った。続いて階段を降りる音。
 何だかよく解らないがこれは絶好のチャンスに違いない。俺は急いで彼女の日記を調べた。机の本棚に紛れ込ませた
つもりの様だが、背表紙に『日記帳』と大きく印刷されているのですぐにそれとわかる。
 そこには淡々と日々の行動が記されていた。最後に会った日からのページを捲ってみても、男と会ったという記述はない。
 良く見れば、学校が休みの日には家に一人でいる事が多いらしい。
 以前なら日曜になると必ず二人でどこかへ出かけていた。なのに、今は一人で――。
 俺は日記を閉じた。美香が浮気なんてするはずがない、そう思った。
 それから十分くらいして戻ってきた美香は、なぜか手に月見うどんの丼を持っていた。半年振りの日本食に俺は声をあげて喜ぶ。
「ちょうど食べたかったんだよ。もしかしてテレパシー?」
「何言ってるのよ、さっきから『うどんが食いたい』ってしつこかったくせに」
 どうやら彼女は俺の下手な英語を聞き違えた様だった。
 そもそも例の魔法は催眠術みたいなもので、言葉の通じない相手に効果がないと知ったのは学校に戻ってからの話。
 結果オーライ。という訳で俺は今、次に帰省した時の調査でも同じ手でいこうかと考えている。(了)



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