【 『禁呪』 】
◆rgIUYN57k.




23 :No.22 『禁呪』 ◇rgIUYN57k.:07/06/17 03:39:26 ID:dLO5c8rc
「――贄は、この身全て」
 緊迫した戦場に似つかわしくない、やたら静かな声が聞こえたと思ったら、視界が赤く染まった。
 一瞬で意識が遠のいて、次に気がついた時はよく見知った顔がすぐ近くにあった。
 苦痛に歪む顔を至近距離で見たのは始めてだった。
 目を閉じた彼の体が冷たくなっていくのを感じながら、私は親とはぐれた迷子のように泣き叫んでいた
 手や足に痛みを覚え、いつしか周りのうめき声や叫び声も聞こえなくなった。
 私はまだ状況が理解しきれずに、思考は何度も同じ所で詰まり、何度も壊れたレコードのように繰り返して、敵陣から放たれた魔法から私をその身で庇ってこの人は死んだのだと、そう理解したのは、血が乾き周囲から人の腐る臭いがし始めた頃。
 遺体の回収に軍の処理班がやってきた。
 いつまでも亡骸を抱えたままの私を見て、処理班の人間は揃って目をそらす。
 足は火傷で爛れ、膿が滲んでいた。
 べっとりと髪にこびり付いた、誰のものかわからないような大量の血液はどれだけ時間が過ぎたのか、芯まで凝固して触ればぼろぼろと崩れて髪からはがれ落ちた。
 処理班の仕事は遺品の回収と、遺体の焼却。
 山のように積まれた仲間の死体は、遺族に届けられる剣と外套を残して全てその場で燃やされた。
 彼も仲間も金属の塊と布きれになってしまった。
 私の手には、彼が纏っていた外套が一枚と一振りの剣、痕になるだろう傷だけが残った。

 あの日からどれだけの月日が流れただろう。
 軍をやめ、剣の腕を磨くのをやめ、それでも私はまた、戦場に立つ。
 忘れて生きていく選択肢もあったというのに、全てを捨ててこの一瞬に全てを投げ出した。
 一節一節、滲む出す感情をそのままに唱え、いつまでも耳に残るあの最後の一節を、紡ぐ。
 これがさらなる怨嗟を呼び、私のような思いをするのは敵国の民とて同じ事は分かっている。
 けれど、分かっているだけで止められるのなら、こんなものに手を出したりはしない。
 あの戦場で微かに聞こえた声の主も同じ道を選んだのだろうか。
「――贄は、この身全て」
 望みは、あの時降った炎の雨をもう一度。
 この命と引き替えに復讐を。

 戦場跡に、古びた外套が翻る。
 繰り返し同じ地で繰り返される復讐劇の、引き忘れた幕のように。



BACK−映日果の林檎◆QIrxf/4SJM  |  INDEXへ  |  NEXT−ちちんぷいぷい◆.Drhm7kUMA