【 うのはなくたし 】
◆YaXMiQltls




17 :No.16 うのはなくたし ◇YaXMiQltls :07/06/16 13:57:26 ID:Wjy0tj5p
好き。十七年の人生でコウヘイから言われた初めての言葉は、私の魂をあたたかくけれどがっしりと包
み込んで、身動きを封じ込めて降参させられるような圧倒的な力を持っていた。だから私はそれに続いて
「付き合ってください」と言われたときに、「参りました」と白旗を挙げる代わりに、「はい」と答えたの
だと思う。
 けれど薬と同じように、魔法の呪文もすぐに効果が消えていく。だから私はそのたびに新しい呪文をか
けてもらわなくてはならなくて、それから私たちは、魔法が永遠に解けないように、「好き」の呪文を繰り
返して、今夜の雨音の中にコウヘイの声がかすかに響く。
「好きだよ」
 コウヘイの汗が香る。何千回目かの魔法の呪文を発したコウヘイは、私の上で私の身体を……なんて言
うんだろう、口で吸うでなく噛むでなく、歯まで届かないくらいに唇だけで強く咥えては離しを繰り返し
ている。行為の名前はわからないけれど、コウヘイは私に身体中にそうするのが好きだ。その合間に
「好きだよ」
 と繰り返す。もう十年続いている、私たちの……またなんて言うのかわからないのだけど、恥ずかしげ
もなく言うなら、「愛の行為」だ。――いや、それはちょっと保留。……今夜は蒸している。
 言葉って本当に難しい。そう思うようになったのは、最近私が小説を書き始めたからだと思う。それか
ら言葉についていろいろ考えるようになって、今私の関心は、言葉は使いすぎるとその効力がなくなって
いくのではないか? ということだ。コウヘイの「好き」は以前ほど、少なくともあの告白のときの最初
の一回から比べれば、その魔法の効力がなくなっている。だから次の「好きだよ」に
「ごめん。もうその言葉、私には効かないわ」と答えてみた。
「もう好きじゃなくなったってこと?」
「ちがう。なんていうか、ドラクエで言えば私はゾーマなんだけど、メラとかかけられてる感じ?」
「……メラミとかメラゾーマとか唱えればいいの?」
「理論的にはたぶん」
「じゃあ、『結婚しよう』は?」
 私は考える。というより、目を閉じて身体中の感覚を研ぎ澄ませて、私の中の新しい魔法を探す。
「効かない。たぶんあんたまだその呪文覚えてないよ」
 コウヘイの表情がちょっと変化するのを見て、私はやっぱり言葉は難しいと思う。コウヘイは受ける必
要のないショックを受けている。私はそれに気づいて「ああ、そういうんじゃないから」と言い、コウヘ
イをきつく抱きしめる。



BACK−ふたり◆0YQuWhnkDM  |  INDEXへ  |  NEXT−回りくどい両者◆XG6dfopuHc