【 Fall in One 】
◆NA574TSAGA




15 :No.14 Fall in One ◇NA574TSAGA:07/06/16 06:51:57 ID:OAnyhwac
 最終ホール、18番――PAR 3。絶好のゴルフ日和の中、大会は終盤へと差し掛かっていた。
 この日一番の注目を浴びる、 “ニコニコ王子” こと名波は、この時点で通産7アンダー。トップと二打差の二位に付けている。
 かつて “グリーン上の魔術師” と呼ばれた世界的名ゴルファーを父に持つ名波への、マスコミと女性ファンの注目は尋常ではない。
 その甘いマスクだけではなく、彼には “王子” を名乗るに値する才能が確かにあった。しかし今回の大会、既にトップの選手はこのホールをバーディで終了している。
 すなわち名波がトップに並ぶためには、このホールで “ホールインワン” を出すこと――それ以外の道は残されていなかった。
「ナナミくーん! がんばーっ!」
 木陰で満面の笑みを浮かべ声援を送るその少女も、当然に現状を把握している。にわかファンとはいえ、基本的なルールは掴んでいると自負していた。
 そしてまた、自身がこれからしようとしていることの背徳性についても、彼女は意識していた。しかし、名波に優勝して欲しいという気持ちの方が上であったらしい。
「……うん、やっぱりやるしかない!」
 そう言って彼女は名波を――正確には名波が打たんとしているゴルフボールの方を見つめながら、周囲の聞こえない程度の声で一言ささやいた。
 一方それに呼応するかのように、名波もまた、天を仰ぎながら何事かをつぶやいていた。

 名波の第一打。この日一番のスイングによって天へと放たれたボールは、その飛距離をどんどん伸ばしていく。少女はボールの行方を目で追い続けた。
 彼女が自己の能力に気付いたのは、小学生のときのこと。それは呪文により周囲の物に働きかけ、自在にそれを動かす力だった。
 それを使って彼女が先ほど念じたのは、もちろん、ホールインワン――。
 晴天を貫く一打によりボールは一気にグリーンへと達し、さらに勢いそのままに回転を続ける。そして向かう先では一本の細長いピンが、グリーンに短い影を落としていた。
 観客の誰もが息を呑んだ。少女もどこか不安げな様子でこれに視線を送る。――そしてその瞬間を、はっきりと見た。
 ピンに吸い込まれるようにして、ゆっくりと減速する白球。それが完全に止まったのは、ピンの正面――十センチほど手前のところであった。
 観客の誰もが溜息をついた。しかしやがて惜しみない拍手と喝采を彼に送る。結局このホールをバーディで終えた名波はいつもと変わらぬ、太陽のような笑顔でそれに応えた。
 一方の少女は、先ほどまでの笑顔をあさっての方向へと投げ捨てたような呆然とした表情で、彼を眺めていた。
「気のせいなんかじゃ……なか、った」
 彼女はそうつぶやくと、警備員の制止を振り切って名波へと駆け寄る。そしてその背中に一言。
「どうしてなの……? あなたも“それ”を使えるなら、どうして今まで――」
 名波が直前につぶやいたのは、彼女の呪文を打ち消す “反対呪文”。それを使えるということは当然、彼女と同じ呪文を使えることを意味していた。
 にもかかわらず名波はそのときまで、呪文を使うそぶりなど全く見せなかった。彼はゆっくりと少女の方を振り向くと、問いに対する回答を提示する。
「インチキ魔術師に誓ったんだ。『あんたのようなやり方じゃなくても、世界は狙える。そう証明してやる』ってさ」
 唖然としてその場に立ち尽くす少女。やがて自らの行為を恥じる思いで顔を真っ赤にさせた。それを見て名波が、「気にすることはないよ」と言葉を続ける。
「君は好意でしてくれたんだろ? だったら言うべきことは一つだけさ。――サンキュな!」
 少女の肩を笑顔で叩いたのちに、王子は表彰台へと、報道陣のフラッシュを浴びながら駆けていった。
 もう “にわか” などではない――。少女が生まれて初めて、本気の恋に落ちた瞬間であった。 【了】



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