【 人の光 】
◆daFVkGT71A




39 :No.11 人の光 1/5 ◇daFVkGT71A:07/06/10 21:13:20 ID:yXi0zTAD
 「はぁ……はぁ……」
月が冷ややかに照らし出す王宮の一室でレイモンドは目を覚ました。
「また、か……」
彼はこの十年間まともに眠れたことがなかった。いつも悪夢にうなされて起きてしまうのだ。
枕元に置いてあった水を一気に飲み干して呟く。
「……これも罰か」
 彼は国境沿いの荒んだ村の出身だった。村人誰もがその日の食事すらままならないほどの貧乏な村だった。
そのため村人達は盗賊を生業とし、彼もそこで悪行を働きながら幸せになれる日を夢見ていた。
「悪に手を染めて幸せを求めるなど、とんだお笑い種だ」
自虐的に吐き捨て、過去の自分を嘲笑する。彼が最も憎んでいるのは、その時王宮で暮らしたいという幻想を抱いていた自分だった。
「あの日俺が望んだものは十字架だった。それに気づかなかったんだ」
今、その村は廃村となっている。かつてそこに拠点を構えていた盗賊たちは死んだ。レイモンドが彼らを売ったのだ。

 十年前のある日、隣国の国王がその村の近くで殺され金品を奪われるという事件が起きた。
両国の間には動揺と亀裂が走った。この国は体裁を保つため、隣国は怒りをぶつけるため、一刻も早い解決が要求された。
そのためこの国の王はろくに捜査もせず村人達を犯人と決め付け、芝居を打つことにした。
役者に選ばれたのはレイモンドである。少年だったため御しやすいと考えられたのだろう。
国は王宮暮らしと引き換えに、裁判で村人達が犯人だと偽証することを要求した。
レイモンドはこの貧乏な暮らしを捨て、夢に見た王宮暮らしが出来ることに喜び、胸をわずかに痛めながらもそれを引き受けることにした。
―――その時は幸せになれると思ったのだ。
 その選択が間違っていたことを知るのは、裁判所で証人として村人達の前に立ったときだった。
彼らの目は静かにレイモンドを責め立て、証言を進めるごとにレイモンドはひどい罪悪感に苛まれた。
しかし証言を止めることは許されず、無言の重責に耐えながらも村人達が犯人だと繰り返すことになった。
判決は全員打ち首。異例のスピードで裁判は終わり、村人達の首は晒し者にされた。
そしてその村の住民でありながら唯一レイモンドだけが王宮へと迎えられたのだった。
その日から彼は眠ることが出来なくなってしまった。
責め続ける村人達の目を忘れるために、彼は王国の騎士団に志願した。
一日中訓練だけに明け暮れ、暗くなると部屋に帰ってそのまま眠る。そうすればすべてを忘れることが出来た。
しかし、いつもあの日の夢を見て夜中に目を覚ます。
どれだけの時が経っても許されることはなかった。

40 :No.11 人の光 2/5 ◇daFVkGT71A:07/06/10 21:13:36 ID:yXi0zTAD
 そして、罪悪感のためとはいえレイモンドは他の誰よりも鍛練していた。それが評価されるのは当然のことだといえるだろう。
彼は一個中隊の隊長に任命された。約三百人もの兵士をまとめる破格の昇進である。
それでも彼が罪から解放されることはなく、むしろ昇進したことで以前以上に悪夢に苦しめられることになった。
「辺境の村人達に苦しめられているような頼りのない隊長がどこにいる」
任命された日、彼は自室で呟いた。

 隣国の国王を殺した真犯人が分かったのはそれからしばらくしてである。
犯人は隣国の現国王だった。彼は王を殺して、自分が王座に就くとともに、それをこの国を攻める口実にした。
その手際は見事なもので、以前から計画されていたことを思わせた。あの村人達が死んでも攻めることを止めるつもりはなかったのだろう。
噂と状況証拠のみであったため罪を追及することは出来なかったが、今や誰もがそれを疑ってはいなかった。
 しかしレイモンドは彼を攻める権利が自分にないことを分かっていた。
始まりがどうであれ、自分が幻想の幸せに飛びつかなかったらこのように苦しめられることもなかった。村人達が死ぬこともなかった。
今の状態は彼が求めたことで起きたのだ。どうして他の誰かを攻められるだろうか。

 そうして隣国はこの国が体制を整える前に宣戦布告し、一斉に攻め入ってきた。
各地の兵が死力を尽くしたこともあって敵国は予想以上に苦戦し、戦争は十年もの間、そして今も続いている。
しかし元々の用意の良さと国力もあって、ゆっくりとだが確実に敗退していき、現在は王都を残してすべて占領されてしまった。
明日はおそらく最後の決戦となる日だ。
万に一つも勝つことはないだろう。
このままこの王国は占領され、自分達は死ぬ。
「それで……いいのだろうか」
自分の裏切りと村人達の死、そして今まで苦しみ生きてきた自分の人生。
幸せを求め、それを逃し、無意味なままで終わってしまっていいのだろうか。
レイモンドは恐怖を覚えた。何のために苦しんできたのだろう。
俺の苦しみは周りに踊らされたから起きたのか? いや、違う。俺が幸せを求めたから起きたのだ。
ならば幸せになる必要があるのではないか? 村人達の死を無駄にしないためにも。
「そうだ。俺は、今度こそ幸せになる」
風一つない夜、静かな闇の中で月光は薄く彼を包み込んだ。

41 :No.11 人の光 3/5 ◇daFVkGT71A:07/06/10 21:13:52 ID:yXi0zTAD
 「おい、そこにいるのは誰だ!」
王の間の見張りをしていた兵士が叫んだ。
しかし誰何されたことを意にも介していないようにその人影はゆっくりとこちらに歩いてくる。
「何をしにきた! 答えなければ命は保障せんぞ!」
もう一人の兵士が槍を構えてその人物に言い放った。
二人の間に緊張が走る。
実際、敗戦の空気が色濃くなり兵士達は身も心もボロボロになっていた。
動ける兵はわずかで、その彼らも戦争を諦めている。
それに、城の警備のために多くの兵士が割かれたため王の守りは今はたったの二人だけであった。
不審人物という存在は彼らの疲れ切った精神を逆なでした。
「静かにしろ。王が起きてしまうだろ」
窓からの月の光にその顔が照らされると同時にその人物は答えた。
「ああ、中隊長でしたか。これは失礼いたしました」
「こんな夜中に何の用ですか?」
相手がレイモンドだと分かって安心したのだろう。二人は槍を収め、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「王に用があって来たのだ。そこを通してくれ」
「国王陛下に何の用が? それを教えて頂かなくては、中隊長といえどここを通すことは出来ません」
あいだを割って王の間に入ろうとしたレイモンドを二人が止めた。
「チッ」
レイモンドが苦々しげに顔を歪めて冷たく彼らを睨む。
そして次の瞬間、目にも留まらぬ速さで剣の鞘を払い、そのまま右にいる兵士を斬りつけた。
自分が斬られたことにも気づいていないだろう。その兵士は声を上げることもなく崩れ落ちた。
「な、何を……」
もう一人の兵士が槍を構えようとしたとき、彼の左の胴にレイモンドが振るった剣が一閃した。
「ぐっ……」
抵抗の隙を与えず、レイモンドは二人の兵士を殺害した。
「今度は誰にも、俺の邪魔はさせない」
その独り言は、強い決意を滲ませていた。

42 :No.11 人の光 4/5 ◇daFVkGT71A:07/06/10 21:14:08 ID:yXi0zTAD
 王の間では国王が眠れぬ夜を過ごしていた。
明日、おそらく自分は殺されてしまう。その自分の死を想像してしまうのだ。安眠など出来るはずがなかった。
ドアがノックされたのはその想像が二十回を超えたときだった。
彼は動揺した。どうしたというのだろう。こんな夜中に自分のところに来たということはただ事ではない。
「入れ」
声が震えていることが自分でも分かった。
「失礼します」
そう言って入ってきたのはレイモンドだった。十年前の裁判で偽証させ、その見返りとして王宮暮らしをさせた少年。
当時はそれをよく思わないものも多かったが、中隊長となった今は彼に嫌味ごとを言う者は一人もいなかった。
「どうした。もう敵が攻めてきたのか?」
「いえ、明日が来る前にどうしても壊しておきたいものがあって伺いました」
「壊す?」
なにを壊すというのだろう。この部屋に壊すようなものなど一つもない。長期にわたる戦争で贅沢が出来るような金はなかった。
一国の主だとしてもそれは例外ではない。この部屋にはベッドと机が置いてあるのみである。
「はい。幻想を」
幻想? 何を言っているのだろう。決戦を明日に控えておかしくなってしまったのだろうか?
「本当の幸福を手に入れるには、これまで得ていた幻想を打ち砕く必要があります」
「だからなんだと言うんだね? はっきりと言いたまえ」
彼はただでさえ疲れているのに、要領を得ない会話しかしないレイモンドに苛立ちを感じてきていた。
幸福を手に入れたいなら勝手にすればいい。しかしここは明日にでも敵軍に蹂躙される。いまさらどこにも逃げ場などない。
「こういうことです」
レイモンドは事も無げに言い放ち、腰に差していた剣を抜いた。僅かに血に濡れている。
国王の目が驚愕に見開かれる。
「……中隊長、どういうことだ」
「先ほど申し上げたとおりです」
言い終わるか終わらないかのうちにレイモンドは国王に向かって剣を振り下ろした。
国王は音を立てて倒れ、その広がっていく血溜まりの中にレイモンドは剣を捨て、踵を返した。

43 :No.11 人の光 5/5 ◇daFVkGT71A:07/06/10 21:14:24 ID:yXi0zTAD
 レイモンドは自室の前に静かに立っていた。思えばここが自分の望んだ暮らしそのものだ。
十年間使い続けていた何もない部屋を見渡し、深呼吸を一つした。
そして彼の服の胸に着けられた王家の紋を引き千切り、躊躇いなくそれに火を点した。
火は不安定に揺れ動き、いつの間にか月が消えて真っ暗だった廊下と部屋を照らし出す。
彼はそれをしばらく眺めていたが、消えないことを確信すると自室に放った。
火は静かに燃え広がり、彼の部屋を包み込む。
それを見て満足げに頷くと、彼は屋上に向かった。

 屋上からは遠くに敵軍の灯りが見えた。今頃は向こうにもこの城の光が見えているだろうか。
空を見渡しても月は見えない。ここから見えるのは敵の灯りと、下から時折上がる悲鳴とともに漏れる光だけだった。
レイモンドはそのまま、興味深そうに敵の灯りを眺めていた。
「あそこにも光がある。そして俺も自分の光を持っている」
下では皆が城から逃げ出しているようだった。
しかし、その中に怪我人は一人も見えない。炎に焼かれたのだろう。
「弱いものは他人の糧となるしかないのだ」
レイモンドは冷笑を浮かべて呟いた。
 もはや城の炎は手の施しようがなかった。
ほとんどの部屋が焼かれ、レイモンドのいる屋上まで燃え広がっている。
それでも彼はそこを動こうとせず、ただじっと待っていた。
どこまでも広がる暗闇とそれを照らす二種類の光を見つめ、微笑んだ。
炎に焼かれる直前、彼は独り呟いた。
「幸せだ……」



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