【 ジンヘッド・ストロベリィ・ダンス 】
◆QIrxf/4SJM




34 :No.10 ジンヘッド・ストロベリィ・ダンス 1/5 ◇QIrxf/4SJM:07/06/10 20:52:43 ID:yXi0zTAD
 夕日を背にして、大柄の男が荒野から戻ってきた。
 つぎはぎだらけの黒い服に、バックルのイカれたベルトを巻いて、剣を背負っている。抱えた袋の中には、人間の首が三つ入っていた。
「へへ。大漁だぜ」下卑た掠れ声で言った。「気持ちよく酒が飲めるってもんよ」
 男はギルドへとやってきて、獲った首を差し出した。
「全部で三千ディラ」と言って、金貨の詰まった布袋を差し出した。「あなた自身の懸賞金を、報酬の半分の額だけ上乗せさせていただきます」
「へいへい。―――千五百追加で、俺も六十万の賞金首かい」
 自身に懸かった賞金は、強さの証でもある。
「たいしたものです。元は十ディラだったあなたがね」
 男はガキの頃に復讐で人を殺して、十ディラの賞金を懸けられた。
 賞金首は、他の賞金首を殺すことによって自分の懸賞金を高め、処刑までの期間を延ばすことが出来る。つまり、男は六十万時間後に処刑される死刑囚なのである。
「戦うのが生き甲斐だからな。それに、最近は稼がなきゃならねぇからよォ」男は喉の奥で笑った。
「五百ディラで上質のワインをご用意できますけれども、記念にいかがです?」
「倍出すから、とびきりの葡萄ジュースをくれよ。綺麗なリボンで飾ってな」
「ジュース? 珍しい」とギルドの男は笑った。「とびきりをご用意いたしますよ」
「あと―――俺にゃあワインなんて勿体ねぇからよォ。安くてまずい酒を持ってきな」
 ギルド内では、首を換金しにきた連中や、ただ酒を飲みに来た連中で溢れかえっていた。
 男は仲間たちと談笑しながら、ジンを一杯だけロックで飲んだ。下品な話に花を咲かせ、くだらないことで大笑いした。
「さて、俺ァ帰るぜ」男は早々と立ち上がり、銀貨を投げた。「これで一杯やりな」
 男はギルドのトイレに入り、ウォッカを顔に塗って短剣で髭を剃った。顔を小奇麗にしてギルドを出る。
 葡萄ジュースを抱えて、家路を歩いた。日は沈み、月が出ている。帰り道の店で、二つのグラスと、小さなケーキを買った。
 我が家の前に立ち、こほんと小さく咳払いをした。窓からは光が漏れている。
 ケーキを背中に隠した。ドアノブをきつく握り締めて回し、ゆっくりと押す。ギィと音を立て、薄汚いドアが開いた。
「お帰り、おじちゃん!」と言って少女が飛び出してきた。「晩ごはん、できてるよ!」
 年端のいかぬ少女は男に抱きついて、筋肉質で樽のような胸に顔をうずめている。
「けっ! 暑いから離れろってんだ」男は少女を引き剥がし、顔を背けたまま椅子に座った。
 少女がテーブルに食事を運んできた。挽肉を豪快に炒めたものと、手当たり次第に食材をブチ込んだポタージュである。
 男は黙ってパンをポタージュに浸け、口に運んだ。「まっずい飯だぜ」と聞かれてもいないのに言った。
 少女はとても嬉しそうな顔をした。「今日は稼げた?」
「二千ディラだ」と言ってテーブルに金貨の入った袋を置いた。
「すごい! これだけあれば一年は贅沢に暮らせるよ!」

35 :No.10 ジンヘッド・ストロベリィ・ダンス 2/5 ◇QIrxf/4SJM:07/06/10 20:53:03 ID:yXi0zTAD
「大げさなガキだ。俺が女につぎ込むんだからな、三日で無くなるぜ」男はそっぽを向いた。
 少女はくすくすと笑った。
「それとな、今日はギルドがジュースをくれたんだ。おめぇには勿体ねぇけどよォ」男はグラスと葡萄ジュースの瓶をテーブルに置いた。
「それと、こいつは拾ったんだ」ケーキの入った箱を置く。
「ありがとう、おじちゃん!」少女は二人分の葡萄ジュースを注いだ。「優しいおじちゃんに、乾杯!」
 少女がグラスを掲げると、男は舌打ちをしてグラスを持ち上げた。
 こちん、とグラス同士がぶつかる音がした。
 
 荒野に爆音が響いた。激しい土煙の中から、二人の男の姿が現れる。
 つぎはぎだらけの黒服を身にまとった男と、騎兵団の白い服をきちんと着こなした男が対峙している。
「楽しいなァ。名前を聞かせてくれよ」と黒服の男が言う。彼は巨躯の倍はある大剣を構え、体の回りに十数本の短剣を浮かせていた。短剣は黒服の男に合わせて宙を舞っている。
「まずは貴様からだ。礼儀を知れ!」と白服の男は吐き捨てた。光の剣を構え、目の前の男を睨みつけている。
「カルヴァドス。ただのカルヴァドスよォ」と黒服の男が言った。
「俺はキルシュ。キルシュ・ヴァッサーだ」と白服の男が答える。
 カルヴァドスは口元をつり上げた。「けっ。お互い甘ったるい名前だな。気に入ったぜ」
 枯葉が舞い、地面に落ちた。それを合図にして、再び二人が動き出す。
 黒服の男はさも楽しそうに笑い、巨大な剣を振り下ろした。キルシュが受け流すと、大剣は地面に突き刺さった。
 それを引き抜きながら、カルヴァドスはにやりとした。重心を流すようにして腕を振り、巨大な刃を脳天に叩き込む。
 キルシュは飛び退き、剣を振った。軌跡が青白い光となって残り、電流を帯びてカルヴァドスを襲う。
 大剣を振り上げて光弾を弾き返すと、今度は大剣を肩の上に乗せ、何やら詠唱をした。
「剣ってのはなぁ、デカければデカいほどいいからよォ」男は下卑た笑い声を上げた。
 地面が隆起し、弾け飛ぶ。土塊が男の剣に飛びつき、鋼になって刃を形成していく。みるみるうちに、男の持つ大剣が大きくなっていった。
「愚だな。手に余る重量は己を殺すぞ?」とキルシュが言う。
 カルヴァドスは咆哮し、大剣を振り回した。巨大な剣は地面を揺らし、大穴を開けた。
「一撃が怖いだろう? あの剣に叩かれたら終わりだと、恐怖したか?」カルヴァドスは笑った。
 キルシュは低く唸った。「貴様は、掠りもしないことに焦りを感じていればいい」
 激しく立ち回りながら、カルヴァドスは楽しそうに笑った。「おめえ、俺の懸賞金で何がしたいんだ?」
「金に興味は無いさ」キルシュは言った。「俺は貴様らを処刑したいだけだ。懸賞金のかかるような犯罪者は、生きる価値も無い」
「神サマ気取りかい?」とカルヴァドスが嘲笑する。
「違うね。害虫を駆除しているだけさ」

36 :No.10 ジンヘッド・ストロベリィ・ダンス 3/5 ◇QIrxf/4SJM:07/06/10 20:53:20 ID:yXi0zTAD
「いいねえ、ますます気に入ったぜ」カルヴァドスは地面に思い切り大剣を叩きつけた。「けどよォ、今はあまり構ってられねえんだ。賞金を稼がなきゃならねえからよォ」
 轟音とともに砂埃が舞い上がって、カルヴァドスの体を隠した。「じゃあな」と声がして砂塵が消えたとき、カルヴァドスの姿はすでに消えていた。

 ある日、酒の一杯も飲まずにギルドを早々と出たカルヴァドスは、拗ねていた。
「ったく、今日は千も稼げなかったぜ」とひとりごちて、石ころを蹴った。「まあ、仕方ねえやな。欲しいものは買えたんだから、いいってことよ」
 少女を拾ってからというもの、カルヴァドスの生活は一変した。ギルドで飲み明かすこともなくなり、まだ暗くならないうちに家に帰った。帰れば少女が晩飯を用意して待っている。(あんなクソガキ!)といつも思っていた。
「今日はどんなまずい飯がでるんだろうな」石ころを蹴飛ばした。
 家路はとても静かだった。人は皆家に帰り、露店は店じまいをしている最中である。
 ほとんど沈みかけた夕日が長い影をつくり、カルヴァドスはそれを踏んで歩いた。歩きなれた砂利道が規則正しい音を立てる。
 家が見えてきたので、少し早歩きをした。ドアの前に立ち止まり、少女に飛びつかれても問題ないように剣を背負いなおす。舌打ちをして、ドアノブをまわした。
 ―――おかしい。少女が飛び出してこない。
 カルヴァドスは怪訝そうに顔を顰め、部屋を見回した。中は真っ暗で、ひどく静かだった。
 テーブルの上に一枚の手紙がある。娘は預かった云々と記されていた。
「ちっ。世話の焼けるガキだ」握り締めた紙を投げ捨てた。

 この数日、キルシュはカルヴァドスを探していた。
 危険な賞金首を野放しにしておくのは、自分の正義に反することだ。いつ賞金首が賞金首同士の殺し合いをやめて、一般人に害を及ぼすか分からない。
 大昔からの伝統であるとはいえ、キルシュは賞金稼ぎのシステムに疑問を持っていた。
 死刑囚の寿命を延ばすことに何のメリットがある? 犯罪者はその場で処刑されなければならない。生き延びた犯罪者は、決して我々に利益をもたらさない。犯罪者は害虫と同じだ。
 キルシュはいろいろなギルドを回って情報を集め、カルヴァドスの懇意にしているギルドについて聞き出した。
 そこは、大きくも小さくもない、ごくありふれたギルドだった。中に入っているバーにはギルド特有の荒くれた連中がたむろしており、下劣な笑い声を上げて酒を飲んでいる。
 キルシュは吐き気を催したが、我慢して一人の男に尋ねた。「カルヴァドスを知らないか?」
「奴なら帰ったぜ。最近付き合い悪ィよなぁ?」と一人が言う。「しかも金にうるせぇしよ。―――女でも出来たんじゃねぇのか?」
「違ぇねえ」といって男たちは爆笑した。
「兄ちゃん、目的は知らねえけどよ。あいつの懸賞金が目当てならやめときな。狙っている連中はゴロゴロいるが、死ぬのがオチだ」
 キルシュは男たちに銀貨を渡し、無言でその場を立ち去った。

 少女の居場所は紙に書いてあった。町外れにある廃教会に一人で来い、とのことだった。
 カルヴァドスはいつの間にか走っていた。その事実に気付き、舌打ちをするが足は止まらない。
 廃教会にはすぐに着いた。

37 :No.10 ジンヘッド・ストロベリィ・ダンス 4/5 ◇QIrxf/4SJM:07/06/10 20:53:43 ID:yXi0zTAD
 十字架は折られ、ステンドグラスはくすんでいる。窓ガラスはことごとく割られていて、中は荒れ放題だった。野盗に荒され、教会ならではのものは何も残っていない。
「おじちゃん!」壊れたパイプオルガンの前に、少女は縛られていた。
 走り寄って縄を解いた。「ったく、連れ去られてんじゃねえよ」
 少女はカルヴァドスに抱きつき、わんわん泣いた。「おじちゃん、怖かったよ」
「馬鹿野郎、泣いてんじゃねぇ。ビービーうるせ―――」言いかけたとき、カルヴァドスの背中に抉られるような鋭い痛みが走った。飛びそうになった意識を保ち、立ち上がる。
 少女はカルヴァドスの背中を見て絶句した。そこには、数本の短剣が突き刺さっている。どくどくと血が流れ落ちていた。
 カルヴァドスは傷みを堪えて見回した。数本の短剣が飛んできている。
「ちッ!」少女を抱えて飛び退いた。痛みで踏ん張れず、転びそうになる。剣を抜いて短く詠唱した。剣が大剣へと姿を変える。浮遊する数十本の短剣が体を守った。
「誰だァ? 出て来な、クソ野郎!」
 窓から数人の男が入ってきた。汚らしい恰好をした連中ばかりである。
「けっ。サシも出来ねえチキン揃いかよ?」とカルヴァドスは言った。この連中は同業者であるとすぐに分かった。
「俺らは賢く生きてんのよ。六十万だぜェ? 十人で山分けしてもお釣りが出らあ」と一人が言った。「あれだけ刺したのに、仕留め損ねるたぁね」
「こんなの傷のうちにも入らねえ」とカルヴァドスは強がった。立っているのもやっとだったが、刺さった短剣を抜きながら口元を歪める。「俺は戦いを楽しむだけよォ」
 数本の剣と、一本の大剣の打ち合う音が教会の中に響いた。
 背中から血を流しながら、大剣を振りまわした。隙を突かれても、短剣が体を守る。そうして一人、二人と斃していった。
「これで、最後だ」渾身の力を込めて、大剣を振り下ろした。受け止めようとした剣ごと男を叩き割り、大剣は地面に突き刺さった。全身の力が抜け、剣がもとの姿に戻る。浮いていた短剣は地面に転がった。
 その時、少女の悲鳴が上がった。
「なに?」カルヴァドスは剣を杖に体を支えている。
 殺しそびれたのか、初めから隠れていたのか、男が少女に剣を突きつけられている。
「こっちへ来な」と男が言った。「この娘がどうなっても知らないぜ」
「おじちゃん! だめだよ!」と少女は言った。自分を捕らえた男が何をしようとしているかは少女にも分かる。
「けっ」ガルヴァドスはよろよろと男に近づいた。「これでいいのかよ?」
「あんたは馬鹿だな。六十万の価値も無いぜ」男はカルヴァドスの腹に剣を突き刺した。
 カルヴァドスが血を吐き、少女は悲鳴を上げた。
「いいや、馬鹿はおめえだ」とカルヴァドスが言う。「おめえは今、剣を持ってねえ」
 カルヴァドスは男の首を掴み、腹に刺さった剣を抜いた。
 少女が男の手から逃れ、カルヴァドスの後ろに隠れる。
「ま、俺も馬鹿だけどよ」と言って男の首を刎ねた。
 カルヴァドスはその場に膝を突いた。「力が入らねぇや」
「おじちゃん!」少女は抱きついて、涙でぐしゃぐしゃになった顔をカルヴァドスに押し付けて泣いた。

38 :No.10 ジンヘッド・ストロベリィ・ダンス 5/5 ◇QIrxf/4SJM:07/06/10 20:53:58 ID:yXi0zTAD
「だからうるせぇってんだよ。帰るぜ。腹が減った」力も出ないし、頭がぼうっとするのは、空腹の所為なのだ。そう思い込んだ。
 歩き出そうとして顔をあげたカルヴァドスは、舌打ちをした。そこに先日見た白服の男、キルシュが立っていたのである。
「酷ぇタイミングだぜ。ずっと見てたのか?」と吐き捨てた。
「貴様の家に行った。手紙も見た。無様だな」とキルシュは言った。「簡単に殺せそうだ」
「六十万で何をするんだ?」とカルヴァドスは聞いた。
「貴様の腹の中に金貨を詰め込んで、海に沈めてやる」とキルシュは口元を釣り上げた。
 キルシュは剣を抜き、カルヴァドスに向けた。
「おじちゃんに手をださないで!」少女はキルシュの前に立ちはだかり両手を広げた。
「馬鹿か、おめえ!」カルヴァドスは少女を引っ込めようとしたが、力が入らない。「危ねぇから下がりやがれ!」 
 キルシュはにやりとした。ちっぽけな少女が巨大な下衆男をかばっている。
「今、賞金稼ぎに対する考えが少し変わったよ」と言って少女の頭を撫でた。「お嬢ちゃん、こいつに出会えてよかったかい?」
 少女は答えずにキルシュを睨みつけ、カルヴァドスのことをかばっている。
 キルシュは満足そうに微笑んで、二人に背を向けて出て行った。
「なんだったんだ? あの野郎はよ」とカルヴァドスが言った。

「痛ぇ!」傷口に薬を塗られ、カルヴァドスが悲鳴を上げた。「もっと優しくしやがれ!」
 少女は懸命に傷の処置をした。「おじちゃん―――」心配そうに尋ねる。
「けっ。こんなものはなァ、舐めてりゃ治るんだよ。舌が届かねえだけでな」
「私が代わりに舐めてあげるよ」少女は笑顔になった。
「おめえに舐められたりしたら、かえって傷が酷くならあ」
「おじちゃんって、本当に素直じゃないよね!」と言って少女は笑った。
 カルヴァドスは低く唸ってそっぽを向いた。
「そういえば、すげえ遠くで家を拾ったんだ」照れくさそうにカルヴァドスが言う。「そこに、引っ越さねぇか?」
 少女は嬉しそうに言った。「どんな家?」
「赤くて小さくて、薄汚ねぇボロ小屋だ。しかも、まわりには何もねえ」
「素敵!」少女は手を叩いて喜んだ。「ずっと二人でいられるんだね!」
「けっ。色気もへったくれもねぇぜ」と言って頭をかいた。
 少女はくすくすと笑った。
「でもまずは、その傷を治さなくっちゃ」少女が傷口に薬を塗る。
「痛ぇっ!」とカルヴァドスは涙した。



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