【 フラッシュ 】
◆CIgXKHYo7.




28 :No.07 フラッシュ 1/3 ◇CIgXKHYo7.:07/06/10 20:15:39 ID:yXi0zTAD
 人は追求するものである。
 どっかの時代のどっかの国の人が言った言葉である。大体、そんなことを考えてる暇があったら私は少しは自分の心配をした方がいいと百人に百人は……いや、九十五人くらいは言うだろう。
 なにせ、私は今、生命の危機に陥っていると言っても過言ではない。
 超高層ビル。地上四十三階建ての私のオフィスビル。通常は滅多に人が来ることのない屋上という平面に、今や数十人の警官やその他諸々が集合している。なぜ? 私が今にも死のうとしているから。
 おそらく、地上にもいっぱい人間が居るんだろうなぁ。
 私はおそらく最後になるだろう色とりどりの夜景を楽しんでいた。
 落下を防ぐための黄緑フェンスを乗り越えた、空と地面の間。空虚と現実の狭間。そこに立っていると思うと、なんだか私は死ぬ前だというのにわくわくしていた。
「落ち着けっ! 早まるな!」
 へー、本当にそんなこと言うんだね。そんなのドラマの中だけだと思ってた。
 十メートルほど離れた階段の近くから、頭の堅そうなおじさんが拡声器を使って私に話しかけてくる。
 だけど、無駄。
 あんな面白くないような人には、私の追っているものを見つけ出すどころか私の名前も理解できないに違いない。
 風がなく、なんだか私の最期にしてはすっきりしない感じだ。気温がただ高いからなのか、興奮しているのか、私の身体は火照りっぱなしで、着ていたカッターシャツが薄く汗ばんでいた。
「ちょっと退け、堅物」
 後ろからやる気のない声が耳に入ってきた。一世一代の私の晴れ舞台なので、気にしないというわけにもいかず、空間の方を向いていた目をそちらに向けた。
 見えたのは黒いスーツ姿の二十台半ばの男。見るからに刑事とかには見えない。平日に公園で時間を潰しているような男。手には、ロープ。日常生活ではまずお目にかかれない、強いて言えば綱引きでも使われるような材質のロープだということが遠目からでも分かった。
 そんな男は街を歩くような普通の歩調で、私に近づいてくる。そんな男に対して、警察は大慌てしているらしい。「お前何してるんだ! 早まるな!」とかなんとか。それ、私に言う台詞じゃなかったの?
「ちょっとあんた止まりなさいよ」
 私はその男に話しかける。当然、私の計画を邪魔されたくないからである。この状況を私の計画と称するのは微妙に間違っているように思うが、そんなことは私にも、その他大勢にも関係のないことである。
「なんで止まらなきゃならんのだ。黙れ」
 なんてやつだろう。私は呆気にとられた。自殺しようとしている人間に言う言葉ではないことは一目瞭然――一聞聴然だ。

29 :No.07 フラッシュ 2/3 ◇CIgXKHYo7.:07/06/10 20:15:57 ID:yXi0zTAD

 そんなことを考えていると、男は私の手の届く距離に手に持っていたロープの端を投げた。そして、自分は私の右横、数メートルのフェンスを簡単に乗り越え、軽く溜息をついた。
「ほらよ、いいからそれを拾って手首に結べ」
 私がそれに従わないことが分かると、次はこう言った。
「はいはい、分かったよ。俺の名前が分かんないから従えないってんだろ? 五十嵐だ。さ、結べよ。なに、少し話がしたいだけだっての。だからちょーっと知り合いにここまで連れてきてもらったの。もうあんたが面白くねえと思ったら飛び降りればいい。
 そうすればそのロープが俺も一緒に落としてくれるって寸法。さ、どうぞ?」
 面白い。単純にそう思った。これから死ぬ女と話がしたいなんて物好きな男なんだろう。実際は私は少し独りで死ぬのは寂しかったので、男の言うことは渡りに船だった。くだらなかったら飛び降りてしまえばいいのだ。
 私は手を伸ばし、ロープを右手首に固く結ぶ。これで男は私が飛び降りたときに一緒に落ちないという可能性は無くなった。
「おっけー。じゃあ話そうや。まず最初に――なんで自殺なんてしようと思ったの?」
「別に理由なんてない。ただ、この世って面白くないじゃない。だから」
「だから、死んで次の世界に行こうとしたの?」
 そうね、と私は答えて、初めて男の顔をじっと見た。目標は遠かったが、なんだか私と似ていた。漠然としすぎて、私にもそれがどんな感覚なのか分からなかった。ただ、似ているという表現が一番嵌っていた。
「でもさ、死んでも次の世界なんて無いかもしれないじゃないか。ただの無、かもしれない。そこに行きたい?」
「多分、こんな腐った世界よりはどんな場所もマシなんじゃないの?」
「へー、俺も同意見だけどさ……あ、これは世界が面白くないって言ったことに対してね。でもさ、よく言うじゃないか。感じ方は人それぞれってさ」
「ええ、言うわね。でもそれはこの世界がいいっていう下等な人が言ってる奇麗事にすぎないでしょ? 現実逃避よ、現実逃避。私にはこの世界はつまらないの」
 はははっ、と乾いた笑いが右から聞こえてきた。
「何よ、飛び降りて欲しいの?」
「飛び降りたいなら飛び降りたらいいじゃないか。俺はいつ死んでも後悔しないように毎日生きてるから、今死んでもいいんだ。ま、こんなポリシーがあるからこんなところに居るんだけどね」
「変な人ね」
「変とは誉め言葉だな。オリジナリティーがあるっていうのは平均を更に平らにしようとしてる日本って国じゃあ最高の誉め言葉だよ。そうだ、君はアニメ見るかい?」


30 :No.07 フラッシュ 3/3 ◇CIgXKHYo7.:07/06/10 20:16:15 ID:yXi0zTAD
 話の方向転換が急すぎて着いていけない。アニメなんて数年前に見た某探偵アニメ以来だと思うが……。それを伝えると五十嵐は見るからに肩を落として言う。
「なんだ、君、人生損しすぎじゃない? アニメ見ないって見てる人と比べたら五分の一は損してるぜ? 折角アニメ大国に生まれたんだからアニメ見なきゃ」
 なぜこの男はこれから死のうとしている人間にそんなにもアニメを薦めてくるのだろう。それは、すぐに明らかになった。
「アニメってさ、結構大事なメッセージって隠れてるんだ。例えばさ、玉集めるアニメあるでしょ? バードマウンテンフラッシュさんの」
 理解するのに十秒以上かかったが、なんとか五十嵐の言っているアニメが分かった。
「あれってさ、死んで生き返って、また殺して生きようとするんだよな。自分が傷つくのに、戦って戦って、また死んで、仲間によって生き返らせられる。それってさ、現実味が全くない突拍子な話だと思うかもしれないけど、現実でしかないんだよな。
 その……本能っていうの? 展開っていうの?」
「だから何?」
「だからさ、君だって殺せよ。あんたが面白くないって思う奴、全員殺せ。そしたらもう因果報応だ。あんたも殺されろよ。そしたら俺が玉集めて生き返らせてやるよ。どうだい? 面白そうじゃない?」
 五十嵐がそれを言い終わらない内に――先ほどまで全くなかった風が私の背中をこれでもかというほどの力で押した。
 あ。
 そんな拍子抜けした声だったと思う。私の身体は全宇宙の重力という法則に則って黒く暗いところに落ちていく。堕ちていく。
 私は幸か不幸か、地面に衝突する前に、気を失った。


 怪我は、右腕脱臼。それだけだった。
 白い部屋の、白いベッドの隣には微笑している五十嵐。
「どう? 一回死んだ気分は。俺が生き返らせてやったぞ? 感謝しろ」
「ふん、黙って。私を騙したじゃない! 自分も手首に結んでるとか言っといてフェンスにロープを結びつけてるなんて! お陰で腕が痛いわ」
「はは、そんなに怒るなって。――で、これから君は何を追求する為に生きるのかな?」
 そんなの決まっている。
「殺して殺されて死ぬから。そのときはあんた生き返しなさいよ」
 はいはい、と溜息混じりに頷く五十嵐。
「あ、そういえば君の名前聞いてなかったよな? なんていうんだ?」
 私は五十嵐の鼓膜を破壊するつもりで叫んだ。

「鳥山よ!」



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