【 或る怠け者の独白 】
◆jhPQKqb8fo




31 :No.08 或る怠け者の独白 1/2 ◇jhPQKqb8fo:07/06/10 20:32:03 ID:yXi0zTAD
 日曜が来た!
 ふふふ、遂にやってきたぞ。怠け者のための日、全国の学生社会人の好きな曜日ナンバーワンに輝く日!
僕もその例に漏れず日曜が大好きだ! 愛している! なぜなら俺は怠け者だからだ! せっかくの日曜、
ここは怠け者の誇りに懸けて全力で怠けなければなるまい。それが俺に課せられた義務、使命である。
 まずは環境作りだ。より良い怠けのためにはより良い環境が必要である。埃舞う汚部屋でくつろげる者が
いるだろうか、いやいない。ハタキを装備して窓を開け放つ。見よ、この青空を。まるで我が怠惰道を祝福
しているようではないか。隅から隅までハタキをかけ、掃除機をかけ、丁寧に雑巾をかける。完璧な仕事だ。
 いや待て、よく考えろ。自分の部屋だけ綺麗にしたところで、一歩部屋を出ればそこは通常空間、俺の求
める環境には程遠い。そんなものを気にしていては怠けられるものも怠けられない。いっそのこと家中を掃
除するべきだろう。
 一階に降りると母親が寝転がりながらせんべいを齧っていた。まあまあの怠けだが俺の求める理想には程
遠い。ハタキで母親を追い出すことにする。「まあ、掃除なんてどういう風の吹き回し?」やれやれ、これ
だから低レベル怠惰ー(タイダー)は困る。ほっといて掃除だ掃除。
 
 さて、ようやく掃除が終わった。床の輝きがまるで花道のように俺を祝福している。続いて網戸を出す作
業に入る。考えてみて欲しい。甘美なる怠惰をむさぼっているときに、あの、夏の逆風物詩とも言える羽音
が聞こえてきたとしたら、どんな気持ちがするだろう。蚊如きに崇高な怠けを邪魔されるわけにはいかない。
そういえば窓も汚いではないか。ついでに窓拭きをすることにする。これも環境作りの一環だ。母親は窓を
拭きだした俺を感心したように眺めている。これで奴にも怠けるための手順というのが判ったことだろう。
 網戸をはめ終わり、母親が昼食にと用意したオニギリをむさぼる。次は風呂掃除だ。おぞましい黒カビが
俺の聖域に存在するなど許せないことだ。徹底的に排除してやる。カビキラーを振りかざして怪しくニヤケ
る俺を母親が見つめている。こんな怠け者の息子を持ったことを悲しんでいるのだろうか。振り返ると、あ
にはからんや、ニコニコしていた。どうやら悲しみの余りおかしくなってしまったらしい。残念なことだが、
今更怠けの誘惑からは逃れられない。すまない、母さん。俺は涙をこらえながら排水溝をこすり、最後にカ
ビキラーをぶっ掛けた。最後はトイレ掃除。いかに怠惰を極めようと、便意からは逃れられない。やはりト
イレというのは綺麗でなければいけないということだ。これも必要経費、割り切ってタワシを振るうとしよ
う。

32 :No.08 或る怠け者の独白 2/2 ◇jhPQKqb8fo:07/06/10 20:32:21 ID:yXi0zTAD
 家が綺麗になったのでジョギングに出掛けることにする。怠け者だから運動をしないというのは俺に言わ
せれば雑魚だ。健康管理を怠って入院することになったらどうする? 逆説的だが、自宅に末永く引きこも
るためには外に出なければいけないのだ。キングオブ怠け者を目指すならこれぐらい拘らなければならない。
 家を出ると、家の周りに許しがたい光景が広がっていた。何てことだ! ゴミだらけじゃないか! この
ような状態を放置するわけにはいかない。せっかくの怠惰中に窓から空き缶などが見えては興ざめだ。夕日
を浴びながらタバコの吸殻を拾っていると、近所に住む老人がこちらに会釈してきた。散歩中だろうか。
「若いのにえらいねぇ」そう言って去っていった。少し驚きだ。昔は怠けることが立派だったのだろうか?
いや、それはないだろう。となると……!
 そうか。彼もまた怠けを極めんとする同志だったのだ。きっと彼も若いころ色々と揶揄されてきたのだろ
う。そして今、同じ道を歩む俺に励ましの言葉をかけてくれたに違いない。おそらくは、昔を思い出しなが
ら……。
 俺は偉大なる先達の後姿に敬意を抱かずにはいられなかった。
 ジョギングを終えて家に戻ると、母親が夕食を作ろうとしていた。これはいけない。先程も言ったとおり、
怠けには自己管理が必須だ。日頃は母親に任せているが、やはり自分で作るに越したことはない。ついでだ
から家族の分も作ってやろう。一人分も三人分も手間は変わらない。その旨を伝えると、母親は泣き出して
しまった。遂に俺は親を泣かすという大罪まで背負ってしまったようだ。だが一度歩くと決めた道、そうそ
う翻すわけにもいかぬ。母親の顔を見ないように料理に専念する。母親は「ごめんね」と言って風呂に向か
っていった。ごめんね。こんな子に育ててしまってごめんねということか。こちらこそ謝らなければいけな
いというのに。俺は涙が流れてくるのを止められなかった。ゴメン母さん。こんな怠け者になってしまって。
 夕食後、俺は部屋に戻り明日の授業の予習を始めた。現実問題、怠けるためには金が要る。生涯怠け続け
るためにも今は勉強し、いい会社に就職しなければならない。この程度の苦労で将来の怠けを買えるなら安
いものだ。怠けは一日にしてならず、だ。
 せっせと怠けのための伏線を張っていると、時計の針が九時を指すのが目に映った。いかん、もうこんな
時間か。いい加減聞き飽きたと思うが、怠けイコール自己管理だ。俺はいつも十時には床に就くようにして
いる。風呂に入ったあと日課のホットミルクを飲んでストレッチをすることを考えるとぎりぎりだ。急いで
風呂に入らねば。
 それにしても、この心地よい達成感はどうだろう。
 やはり怠惰は素晴らしいものである。



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