【 L'Oiseau bleu -青い鳥- 】
◆PUPPETp/a.




19 :No.05 L'Oiseau bleu -青い鳥- 1/5 ◇PUPPETp/a.:07/06/10 17:04:52 ID:yXi0zTAD
 バスケ部が声を上げ、ボールをバウンドさせる音が体育館にこだまする。
 それを横目に、わたしたちは自分たちの世界に入る。
「わかったよ、お婆さん。ぼくたちが探してくる」
 わたしの声が体育館に響く。
 もう日が大分傾いていて、体育館にはオレンジ色の光が差し込んでいた。
「しあわせの青い鳥を、きっと!」
 物語の始まりを喚起させるように、わたしは隣に立つミチルと一緒に大きく手を広げた。
 これからわたしたち二人は色んな世界を回って、青い鳥を探すんだ。
 そんな思いを込めて、胸を張って、手を広げた。
「はい、ストップ、ストーップ!」
 しかしその思いは無残にも止められた。
 パイプ椅子に体重をかけて、背もたれをギーギーと鳴らしながら監督兼脚本係の演劇部部長が制止の声を張り上げた。
「今の場面は何?」
「え?」
 彼女の視線はわたしの方を向いている。つまりおかしかったのは、わたしなんだ。でも……。
「どこかおかしかった?」
「あのね、これからチルチルとミチルは何があるのかわからない場所に行くの。何でそんなに元気一杯なのよ」
「……」
 何も言わないわたしに、彼女は丸めた台本を手のひらで叩きながら続けた。
「それじゃ原作の本は読んだ?」
「読んで、ない」
「ふぅ……みんな、時間も時間だから今日は解散にしましょ! ――ちゃんと原作を読んでくるのよ」
 そう言って、彼女はパイプ椅子から立ち上がる。
 わたしは日差しの当たらない薄暗い壇上で、言ってる意味を考えた。

 授業が終わり、心地よくない疲れでわたしはダルーッと机に広がった。
 授業の内容がぜんぜん理解できない。昨日言われたことが頭を駆け巡っていたから。
 そして、わたしはあのあと図書室に行かなかった。
 パンッ。
 そんな乙女の悩みでいっぱいの頭がはたかれる。行かなかったことへのツッコミではないと思う。

20 :No.05 L'Oiseau bleu -青い鳥- 2/5 ◇PUPPETp/a.:07/06/10 17:05:08 ID:yXi0zTAD
「いよっ、何か疲れてるみたいじゃん」
 声を聞かなくても誰なのかすぐにわかった。こんなことをするのは一人しかいないんだから。
 重たい体をぐーっと持ち上げて、叩いた犯人を下から死んだ目で覗き込んでみる。
「ちょっとねー」
「何だよ、悩みごとか? 俺が力になれることなら相談してみろよ」
「どうせ金のこと以外とか言うんでしょ」
「当たり前だろ。俺に金の相談する方が間違ってる、って金のことなのか?」
「ちがうわよぉ……」
 そう言うとわたしはまた机に突っ伏す。
 帰宅部は気楽そうでいいなー。全くうらやましいこと。
「そういえばさ、最近あんた図書室に通ってるんだよね」
「ん? ああ、うん」
「……熱でもあるの?」
「バーカ」
 彼は笑って、わたしの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
 ――わたしは図書室に行かなかった。日暮れまで時間がなかったということもあるけど、何となく行きたくなかったから。
 行ったら、彼が図書室にいる。毎日のように図書室に通っているんだから、きっと昨日もいたと思う。
「それで、悩みってなんだよ」
「え?」
 彼は誰も座っていない近くのイスを引っ張り出すと「よっこらしょ」と年寄り臭く腰掛けた。
「何か悩んでるんだろ」
「あ、うん、ちょっと部活でね。『青い鳥』ってあるじゃない? あれを新入生歓迎会の劇でやることになって」
「へー、何の役をやるんだ? 木の役か?」
「小学校のお遊戯じゃないだから。……チルチルよ」
 わたしはくしゃくしゃにされた髪を直しながら言う。顔が少し火照っている気がして、それを彼から隠したかった。
「すげえじゃん! 主役だろ、チルチルって」
「そうなんだけど、ちょっとねえ……」
 そしてわたしは溜め息を吐く。
「んー、演劇は素人だからよくわからないけど、大変なんだな」
 彼はそんなわたしを慰めるように、うなだれた頭をポンポンと叩いた。

21 :No.05 L'Oiseau bleu -青い鳥- 3/5 ◇PUPPETp/a.:07/06/10 17:05:29 ID:yXi0zTAD
 まったく。わたしはあいつの子供じゃないってのに。
「がんばれよ」
「あんたも愛しの彼女を射止めなさいよ」
 彼はもう一度「バーカ」と言うと笑った。

 その日の授業が終わり、わたしは部活の友達に
「ちょっと図書室行ってくるから、練習出るの遅れるって言っておいて」
 と伝言を頼んで、教室を出た。
 教室から図書室までは少し遠い。図書室のある木造校舎の廊下はすきま風が入って、昼の陽気を掻き消すように寒かった。
 わたしはそこまで駆け足気味でやってきた。図書室のドアは建てつけが悪く、ガタガタという音を立てて開く。
 まだ誰もいない図書室。青い鳥を探して、本棚に分け入った。
「んー、ない――はずはないんだけどなー」
 自然、独り言が漏れてしまう。そのときドアがわたしの時と同じ音を立てて開いた。
 一人の女子が入ってくる。
 彼女は棚から一冊の本を抜き出して、窓際の席に座って取り出した本を開いた。わたしがいることに気づいていると思うけど、何も言わない。
 まあ、図書室に誰がいても不思議じゃないんだけど。ちらりとも目を向けないのはどうなのかな。
 そんなことを思いながら青い鳥を探していると、またドアが音を立てた。
 今度は男子。
 彼はわたしを見つけると「こりゃ驚いた」と言わんばかりに、目を開いた。
「珍しいな、図書室にいるなんて」
「あー、うん。青い鳥を読んでみようと思って……」
 そう言うと、彼は呆れたような顔をして笑った。
「なんだ、せっかく主人公もらったのに読んでないのかよ」
 クククッと漏れる笑い声に、わたしは彼のすねを軽く蹴る。
 少し眉根を寄せながらも、顔にはまだ笑いを浮かべていた。
「こっちの棚にあるはずだ」
 彼は後ろを向いて、背中越しに手を振って案内する。
 そりゃ、読んでないのもどうかな、と思わないでもないけどさ。でも台本あるし……。
 彼の後ろをついていくと、背の高い本棚から窓の下に並ぶ低い棚へと案内された。
 日差しが差し込んで、本棚に埋もれているより暖かい。その中でひとり読書を続ける彼女は、わたしが横を歩いても顔を上げようとしなかった。

22 :No.05 L'Oiseau bleu -青い鳥- 4/5 ◇PUPPETp/a.:07/06/10 17:05:44 ID:yXi0zTAD
「あ、ありがと」
「いいってことよ」
 彼はまた手を振って答えた。

 後ろ手に図書室のドアを閉めるとき、チラリと図書室のなかが見えた。
 ――あいつ、彼女できたんだって。いつも一緒に帰ってるらしいよ。
 友達が言ってたこと、本当だったんだ。
 彼は無口な彼女の正面の席に座って、本を開いていた。何だか胸の辺りがもやもやする。

 数日が過ぎ、わたしは少しの憂鬱と一緒にまた図書室のドアを開けた。
 相変わらずの建てつけで、図書室の静寂を見事に引き裂く。
「あれ?」
 いつもなら窓際に腰掛けて、彼と一緒に座っているはずの彼女がいない。
 そして一人、図書室のイスに座る彼は驚くように力いっぱい振り向く。そして落胆の表情を浮かべる。
 胸に針が打ち込まれたような気がした。
 彼は落ち込んだ表情を隠して、いつものように声を掛けてくる。
「いよっ、今日はどうしたんだ?」
「え? あ、こないだ借りた青い鳥を返そうと思って……」
 わたしの返事に指折り数え「あ、そうか。返却日だな」と笑った。
「何読んでるの?」
 わたしは彼が読んでいる本を覗き込んだ。
 慌てて隠そうとしたけれど、わたしは彼の手を邪魔して本を取り上げる。――そして後悔した。
 彼が読んでいたのは医学書。
 高校の図書室に置いてあるものだから、専門的なものではない。でもそれは確かに医学書だった。
「なんでこんなの読んでるの? もしかして医者になりたい――」
 その言葉を遮るように、彼はわたしの手から本を取り上げると、
「そんなんじゃねえよ」
 と笑って、本棚へと向かう。
 わたしは知っていた。噂で聞いていた。
 彼が図書室でいつも会ってた無口な彼女が急にいなくなったこと。

23 :No.05 L'Oiseau bleu -青い鳥- 5/5 ◇PUPPETp/a.:07/06/10 17:06:00 ID:yXi0zTAD
 彼女が遠くの病院に入院してしまったこと。
 知っていて。でも彼がいるかもしれないと思って。そして彼女がいなくなって落ち込んでる彼をなぐさめて、仲良くできるかもなんて。
「ダメだよ!」
 ――でもわたしは我慢できなかった。
 彼はわたしの大声におどろいて振り返る。
「ど、どうしたんだよ。いきなり大声出して」
「何であんた、ここにいるの?」
「はあ?」
 わたしはがまんできなかった。だって彼女は旅立った。
「彼女は、ミチルはしあわせの青い鳥を探しに行ったよ」
「……うるせえよ」
「ミチルはチルチルと一緒じゃないといやだ!」
「……」
「あんたはただ待ってるだけの青い鳥じゃない。あんたはチルチルなんだよ。ミチルと一緒に青い鳥を追いかけてよ……」
 わたしはそこまで言うと、彼の顔を見ることができなかった。
 彼女がいない隙に、彼のことを奪おうと思っていたわたしに、こんなことを言う筋合いはなかったと思う。
 でも言ってしまったんだ。
 彼は何も言わなかった。わたしを責めようともしなかった。
 ただ時計の音だけが図書室に時を刻んでいる。
 そして――。
「ごめん」
 彼はわたしの横を通り過ぎざまに、頭をポンポンと叩いた。
 図書室のドアが鈍い音を立てて、彼が駆けていく足音が少しずつ遠くなる。
 誰もいない。図書室には今誰もないよね。
 ……泣いてもわからないよね。

 新入生歓迎会の舞台は一応の完成を見る。新入生が奏でる拍手は、何だか気持ちよかった。
 監督兼脚本家は「チルチルの心、わかったみたいね」と言っていた。
 たぶんわかったんだと思う。
                <<終幕>>



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