【 ふうりんにゃんこ 】
◆Cj7Rj1d.D6




14 :No.04 ふうりんにゃんこ 1/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/06/10 11:03:30 ID:yXi0zTAD
【@】
 入道雲を、初めて見た。
 身体を破壊せんがために作られたかのような角度と長さを保持した坂を登った先に、それは見えた。
「ついた」

 うわあ、海からソフトクリームのお化けがデテルー、なんてことを言う余裕は今の俺は持ち合わせ
ておらず、過呼吸に突入しそうなほどの息切れのために、喋ることすらままならない俺は、自転車の
ハンドルに突っ伏しながら、海に浮かぶ、否、浮かんでいるかのように見える入道雲を睨む。無邪気
にも太陽は、照り焼きにしてくれようか、とばかりに俺に陽射しを浴びせかけ、肉汁、もとい、汗を
吹き吹き汗を吹き、な俺の体には、ワイシャツがピッタリと張り付き、それはほぼシースルーな状態
に陥っていた。
「だいじょぶ? 」
 俺は親指だけを彼女に向けてアイムファインの旨を伝える。正直、アイム減ナリなのだが、腐って
も日本男児、田辺一輝(いつき)17歳。女子の前では情けないところはみせ……(ハァハァ)……
られ……(ハァハァ)……ない……(ハァ)。ヤバイ、心の声にまで染み込むこの疲労は、舐めてか
かっては命を落としかねん。気にし始めたら、なんだか脚まで痛くなってきた。この肉を裂くような
痛み……、よし、複雑肉離れと命名しよう。
「ちょっと、休む? 」

 はい、休みます!
 俺は、同じポーズで同意を示す。自転車の荷台にちょこんと乗って俺にここまで運ばれ、そして今、
俺の顔を下から覗きこんでいる女子に――南藍子に。ちなみにさっきまで持ち合わせていた男の意地やらプライドは、丸めて砕いてシ
ュレッダーにかけて海に捨てた。きっとそれらは今頃大海原をドンブラコ、さ。




15 :No.04 ふうりんにゃんこ 2/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/06/10 11:04:02 ID:yXi0zTAD
【A】
南が買ってきてくれたペットボトルの麦茶を、坂を登った場所のすぐ近くにある、5分で作ったほっ
たて小屋のようなバス停の中のベンチに寝そべりながら俺は受け取った。
「サンキュ」
 俺は起き上がり、それを喉に流しこんだ。みるみる茶色から透明になっていくペットボトルの様子
を隣に座った南は、不思議そうに眺めている。
 俺は一気にペットボトルを空にすると、近くの分別も選別もないようなゴミで溢れたゴミ箱にそれ
を突っ込む。
「さて、探すとすっか」
「もう、だいじょぶ? 」
南は眉を八の字にする。
 正直言うと、しんどい。日射病もどきにかかって頭が痛いは脱水症状になりかけて具合が悪いは欲
がでて飲みすぎた麦茶は腹にたまって重いはで、まさしく三重苦だ。しかし、だがしかしだ。もはや
ださいところはみせられないのだ。何を隠そう田辺一輝17歳、一途一投正々堂々、南藍子のことが
好きなのです。
 どうしてかはわからない。ただ、今年同じクラスになって、初めて彼女を知って、すぐに、好きに
なってしまっていた。もの静かで、勉強ができて、体育が苦手な彼女のことが……。まぁ、要するに
ど真ん中一球闘魂ストレート、だったわけだ。彼女は今、隣で手を後ろに組みながら、俺の顔を下か
ら覗き込んでいる。肩まで伸びた髪はサラリと重力に乗って流れており、黒々としたそれは光を思う
存分吸収しているであろうに、少しも夏の暑さを彼女の顔からは感じとれない。むしろ、涼しげ……これは……風鈴?
「どぉ、したの? 」
南は目を少し大きくさせて、俺の目を覗き込む。
「……南って、風鈴みたいだな」
彼女は、さらに首を傾げてハテナの意を示す。首からワイシャツの隙間まで覗く白い肌に眼がいぬか
れる。制服のスカートの先から見える白の太ももに、唾を飲む。
……はっ! 。いかん、見とれてしまった。
「なんでもない。それより早く浜にでて、探そうぜ、ザリガニ」



16 :No.04 ふうりんにゃんこ 3/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/06/10 11:04:32 ID:yXi0zTAD
【B】
 なぜ、ザリガニか。それは俺と南がクラス委員長(南が推薦されていたので、俺は立候補した)で、
クラス担任生物担当の若林教員に「実験で使うから、二人でとってきてよ、クラス分」と、頼まれた
からだ。非常に理不尽……ではあるが、嬉しくもある。数少ない南との会話をスルチャーンスという
ことで、今日は土曜で昼上がりなのをいいことに、その日のうちに南を誘って海に到着、というわけ
だ。
 南は磯の上を歩き、ザリガニを探している。俺は、南が転びそうになったときに抱……ではなく、
支えるために、彼女の後ろを歩いている。南よ、さあ来い今こいどんとこい……! 
「いっき君、ここ」
南は、磯にできた三メートルほどの池を、しゃがんで控えめに指さしていた。深さは一メートルぐら
いだろうか。そこは、小さな海になっていた。満潮の時に居眠りしていたのか?手のひらほどの魚も
何匹かいた。
 ちなみに南は俺のことをいっき君と呼ぶ。ちょっと嬉しいから訂正はしていない。
「ザリガニ、いるね」
「おう。んじゃ、捕獲すっか」
「がんば、って」
「おう! て、え? 南は? 」
コクリと頭を横に傾けた仕草に、まっすぐ俺を見つめる瞳を添付。そこに眉毛を少し眉間に寄せて困
った顔を演出。確信犯か、こいつ? 
「よし! おまえはここで俺の華麗なるうみんちゅぶりをみてろ」

「うん」

少し、ほんの少し微笑んだ南に、くらりときたのはいうまでもない。胸の奥の心臓の奥の「心」辺り
がこそばゆい。単純な自分が嫌いで、純粋な自分が大好きになってしまう、瞬間。これは、間違うこ
となくあらがえるわけもなく、恋、だろ? 



17 :No.04 ふうりんにゃんこ 4/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/06/10 11:04:50 ID:yXi0zTAD
その後も、いくつか同じような所を見つけ、そして同じように俺だけが海水に浸かり、ザリガニを捕
獲して回った。今、俺たちは二人で浜辺に座って休んでいる。持ってきていた青いポリバケツの中に
は気持ち悪いほど沢山のザリガニが入っていた。
「いっき君、私、海水アレルギー……」
 ふいに、隣で三角座りをしていた南が話始めた。
「ごめん、ね。一人で、させて」
まぁた、困ったような顔でこちらを見てくるのだ、こいつは。てか海水アレルギー……大変だな、南。
「まだまだ取り足りないぐらいだよ」
 と、本日ニ度目の男の強がり発動。
「いっき君は、優しぃ」
ニコリ、と微笑んだその笑顔。ご、後光が射しておられる……。かかか、可愛いすぎるぞ、南。
「ん、んなことねぇよ」
 と、俺はあからさまな照れ隠しにもならない照れ隠しで気味の悪い笑みを浮かべながら返事をした。
「何を、現像してたの? 」
 不意の質問で一瞬なんのことかわからなかったが、直ぐに理解した。ここに来る途中、俺は昨日現
像を頼んだ写真屋に寄って、写真を受け取っていたのだ。
「ああこれか」
 俺はズボンの後ろポケットに入れていた写真を南に手渡す。ちなみにザリガニを捕っているときは
限界まで腕を海水に浸けて手探りで取るというどこが海の男だと言われそうな漁の仕方だったのでズ
ボンは濡れてはいない。ただし、右手から二の腕までは海水でベッタベタだが。
「いっき君ちの、ねこ? 」
写真に眼を落としながら南は俺に尋ねた。
「ああ」
写真には、日向で、テーブルの上で、俺のベットの上で、寝ている猫の姿が写っていた。
「死んじゃった、の? 」
 南は髪をかきあげながら、瞳をこちらにみせてきた。

18 :No.04 ふうりんにゃんこ 5/5 ◇Cj7Rj1d.D6:07/06/10 11:05:11 ID:yXi0zTAD
「あ、ああ……そうだな。でも、なんで南が
知ってるんだ? 」「最近、いっき君は、落ち込み気味」 そうだったのだろうか。俺はいつも通り
に生活していたつもりだったし、誰にもこのことは話ていなかった。というか、話題の種になんかし
たくなかった。だってそうだろ? 自分が生まれた時からそこにいた家族が死んだら、誰だってさ。
でも、どうして南は俺のことがわかっていたのだろう? 「いなくて、さびし? 」「思う所は、あ
るよ」 正直、あまり考えないようにしていた。泣きたくなるから。急に、南は膝を砂浜につけた状
態でこちらに向きなおり、握った手を自分の胸元の前におき。
「にゃん! 」
 どうした南! 気でも触れたか? お前はいつジョブチェンジしたんだ。クールビューティー南藍子はどこへいったんだ! という、俺の心の叫びと動揺した様子をものともせずに南は続けた。
「いっき君、今までありがとうにゃん。一緒に入れて楽しかったにゃん」
 南の瞳は、俺の眼をいぬいてはなさない。「だけど、寂しくなんかないにゃん。寂しいなんて思わないでほしいにゃん! 」
 黒い髪はサラサラと潮風に揺れて、透き通った白い肌は暑さをはねかえしている。「だけど、一つだけ、お願いにゃん。たまにでいいから」
 ああ、南は、風鈴に似ている。胸の辺りを風がなぞっていく。
「一緒にいたなぁ、って思い出してほしいにゃん」
 見とれすぎて、気づくのに時間がかかりすぎた――自分が、泣いていることに。
「いっき君は」 
そして「優しいぃ」
 心臓の鼓動が、こんなにも早く打ち続けていることに。
 そっと、南の指が、俺の頬に触れる。涙が南の指をつたって流れていく。「ねこの、きもち」
首を傾げて、髪を揺らして、微笑んで。「と、私の気持ち」
顔の熱が上がるのがわかる。心臓の奥の「心」の辺りが騒ぎだす。もっと、南のことが知りたい。
 頬をパンパンと叩き、ふにゃれた自分に喝を。「だいじょぶ? 」
隣に立っている南が下から顔を覗き込む。
「南」「ん? 」「さんきゅ」「にゃん」
と、一鳴き。ニコリと満天星。もう、確信犯としか思えんぞこんにゃろ。
「学校、もどろ 」「おう」
二人並んで砂浜を後にする。帰りは下り坂を一直線。ブレーキをかけずにいっきにかけおりて風を感
じるか、ゆっくりと安全に、時間をかけておりるか。さて、どちらにしようか。【完】



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