【 明日の約束 】
◆InwGZIAUcs




85 :No.21 明日の約束 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/06/03 23:45:29 ID:TwCBh9Ol
――○月×日日曜日。私の誕生日……そして私の命日――

 日課にしている未来日記を終わらせた。今度の日曜日、
丁度自分の誕生日で全ては終わり。その日以降は記される事はないと思う。


 ボーっと過ごした一日。大学の講義も終わり、帰り道を歩いている途中の出来事だった。
「夕子さん! 俺はあなたが大好きです」
「え?」
 私と同級生なのかな? 二十歳くらいの男の子。
でもまさか全く知らない人に告白されるとは思わなかった。
 寒空の中、太陽は急ぎ足で沈もうとしている。
「俺はあなたのことを知りません。一目惚れです……付き合って下さい!」
 そう言って誠実に頭を下げる彼は良い人かもしれない。でも、今私は誰とも付き合う気はない。
迷惑を……うんそれだけじゃない、傷つけてしまうだけだから。
「ごめんなさい」
 私も頭を下げた。長い黒髪が地面を撫でる。
 そうすること数秒、私は踵を返しその場を去ろうとした。
「待って下さい!」
 立ち止まり振り返る。
「えと、その……送っていきます」
 ニコッと笑う笑顔に、私は拒否する言葉を飲み込んだ。
 ああ、なんて無邪気に笑う人だろう……私には、眩しすぎる。
 その後、特に何を話すでもなく、私はアパートの前まで送ってもらった。
「ありがとう……」
 空は紺色と茜色のグラデーションがとても綺麗だ。ふと横井君の横顔を見てみた。
あと僅かで沈む夕日に照らされた彼の横顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか?
 その視線に気付いたのか、彼は私を強く見つめた。
「夕子さん……デートしませんか?えと、やっぱ俺の事知って貰いたくて
……うん、デートしよう! 今度の日曜日に!」

86 :No.21 明日の約束 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/06/03 23:45:48 ID:TwCBh9Ol
「に、日曜は――」
 彼は私の言葉を遮った。
「俺の名前は横井健司です! では今度の日曜日……迎えに行きますね!」
 それだけ捲し立てると、横井君は「じゃあまた」と言って去っていってしまった。
 どうしよう……日曜は……日曜だけは駄目なのに。


 金曜日、つまり今日。予定外な出来事が起きてしまった。
 つい先程の事、横井君という大学の男の子から告白され、デートの約束を一方的に取り付けられてしまった。
 私は未来日記にその出来事と、これからの事を記しておこうと思った。けど……、
「……ない」
 私は大きく溜息をついた。未来日記はどこにもなかった。いつも持ち歩いているのが仇になったかもしれない。
(今日も大学でボーっとしてたしね……)
 もう何もかもどうでもいい。 私はベッドの上に寝ころぶと、いつの間にか夢の世界へと船を漕いでいた。
 

 次の日。つまりは土曜日の朝の事。
 インターホンで目を覚まし寝ぼけ眼を擦りながら玄関を開けた……。そこで私を待っていたのは、
相変わらず無邪気な笑顔の横井君だった。
「おはよー!」
 慌てて扉を閉める。何よりこんな格好を見られるのが恥ずかしい。
「おーい、夕子さーん?」
「な、何で――」
 今日来たの? と言おうとしたが、彼は全く聞いている様子はない。
「だからデートですよ! さ、遊びに行きましょう」
 私は扉を隙間が出来る程度に開けて、横井君に向き合った。
「だって昨日、日曜日って言ってた……」
「あれ? あれ? あ! ああああああごめんなさい」
 しゃがみ込み頭を抱える横井君……なんか調子が狂う。
「うーん……夕子さん今日は何か予定ありますか? せっかくなんで今日行きたいなあなんて思ったりしてます」

87 :No.21 明日の約束 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/06/03 23:46:03 ID:TwCBh9Ol
 横井君は上目で私に懇願する。
 ……明日彼が来るよりは、今日済ましておいた方がいいのかも。
「じゃあ少し準備するので、少し待っていて貰ってもいですか?」
 私はそう言うと、扉の隙間を閉じた。


 私と横井君は都内の有名な遊園地にやってきた。
「さあ、思いっきり遊ぼう!」
 そう言って笑う横井君の顔は悩みとは無縁に思える。
 ああ、遊園地なんて何時以来だろう……。それから私たちは色々なアトラクションに挑戦した。
半ば横井君が強引に私を誘っていくという形ではあったけど、私はそれが、少し、ほんの少し楽しかった。
 でも久しぶりにこんなに歩いた。疲れた。良い思い出になった。
「やっぱり最後の締めはこれかな?」
 目の前にそびえる観覧車を見上げる。確かに定番かも。


「夕子さん。今日一日付き合ってくれてありがとう」
「……私も楽しめた」
 それは嘘じゃない。私は外を見た。もうすぐ一番上に到達するだろう……風景がとても綺麗だ。
昨日よりも大きく見える夕焼けが観覧車の中も染めている。
「死にたいですか?」
「え?」
 唐突な横井君の言葉に私は反応できなかった。
「なーんてね!」
 横井君はいつものように無邪気に笑った。私は呆気に取られて何も言うことが出来ない。
「いや、ここから落ちたら死んじゃうかなって顔してたからさ」
 時々彼の予想できない行動にドキリとしてしまう自分がいる。でも多分恋とかじゃないと思う……。
 観覧車は無事回転し、地上へと降り立った私たちは帰途についた。  
「そういや俺明日誕生日なんだ!」
「え? 私も……」

88 :No.21 明日の約束 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/06/03 23:46:22 ID:TwCBh9Ol
 自分の失言に気付いた時には遅かった。
「本当! 本当に?」
 案の定、質問攻めを喰らってしまう。
「う、うん」
「じゃあさ、明日も遊ぼう!」
 横井君は私の手をギュッと握ってニコッと笑った。
「で、でも」
「少しだけでいいからさ……ね?」
「じゃあ少しだけ……」
「よし決まり、待ち合わせ場所は――」

 次の日の朝はとても早かった。待ち合わせ時間は午前六時。
 それでも、私は今日死ぬ予定だから、正直用事が早く済むに越したことはない。
 それにしても大学の屋上でどうするつもりだろう? 横井君は見せたい物があるって言ってたけど……。
「あーこっちこっち夕子さん」
 風の強い屋上はとても寒い。横井君はそんな中、設置させられたベンチに座っていた。
「見せたいモノって……何?」
「うん、ちょっと待って……えーと、これこれ」
 それは二冊のノート、違う、日記帳だった。
「私の日記帳……と、これは?」
「俺の未来日記。夕子さんのは、大学の講義室に落ちてたから拾ったんだ」
「あ、ありがとう……中は」
「ごめん見た。だから、代わりというかなんというか、俺のも見ていいよ! というか見て欲しい」
 私は彼の日記帳を開いた。
 最後のページそこにはこう書かれていた。

――○月×日日曜日。俺の誕生日……そして俺の命日。
 余命半年を宣告されてから、三ヶ月。先日拾った夕子さんの日記を見て思い付いた事を実行する日がやってきた。
 俺が一目惚れした彼女の日記を拾ったのに運命を感じたからだ……後悔はない。
 俺は彼女の前で死ぬ。そして彼女は気付いてくれる筈。死ぬ恐怖と生きる大切さを……俺の死は一人の

89 :No.21 明日の約束 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/06/03 23:46:38 ID:TwCBh9Ol
女性を助けるために存在しました。皆今までありがとう。夕子さん……デート楽しかったです。ありがとう。

「じゃ、そういうわけだから!」
 そう言って彼はフェンスを一気に登って、一歩踏み出せば死んでしまう向こう側へと降り立った。
「やめて! 私そんなことされても……私は死ぬの! だから戻ってきて!」
「やめない。自分は死ぬ癖に、なんで人の死を止めるの?」
「私は……私は……」
 涙が止まらない。この人はあと三ヶ月で死んでしまう。それどころか私の為にその三ヶ月も捨てようとしている。
なんであんなに無邪気に笑ってたんだろう。笑えたんだろう。
「あ、あなたは……なんで、なんでわ、笑って……」
 言葉にならなかった。それでも横井君は意味をくみ取ってくれたらしい。
「大好きな夕子さんといれたから……だから笑えたんだ」
「わ、わたし……はお父さんと、お、お母さんが、大好きなのに、私は、二人の言うことを聞いていたのに……」
 横井君は踏みとどまって聞いてくれているのかも分らない。涙で視界がぐちゃぐちゃだ。
「二人とも、大学受験に失敗だけで……私を出来損ないだって……だから私は……!」
 今思えば、未来日記を書き始めたのもそんな両親のレールから外れたいと思う無意識の心がさせていたのかもしれない。
「これからは夕子さんを大好きな僕がついている……それだけでは生きる理由にはなりませんか?」
「で、でも……あ、あなたも……もうすぐ死んでしまう!」
「嘘です」
 え? と私は声を上げて瞳をパチパチさせた。
「そこに書いてある余命のことは嘘です。でも大好きという気持は本当、本当だから……嘘つきました。
夕子さん、一緒に生きて欲しい」
「嘘? 本当に嘘?」
 涙で汚れた顔を気にする余裕なんてどこにもない。その言葉が本当か嘘なのか知りたかった。
「騙してごめん……本当に嘘なんです。俺は夕子さんが生きるなら……どこまでも一緒に生きます」
 いつの間にかフェンスの向こうから戻ってきた横井君は私の肩をそっと抱いた。良かった。横井君は落ちなかった。
 安心したついでにさらに涙がこぼれる、駄目だ。感情もぐちゃぐちゃで今会話するのは無理みたい。
「明日、明日話そう? ……だから約束。必ず明日俺と会って話すこと」
 そう言って彼は小指を差し出した。
<終わり>



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