【 ブレーカー・ダウン 】
◆aDTWOZfD3M




68 :No.17 ブレーカー・ダウン 1/2 ◇aDTWOZfD3M:07/06/03 23:20:30 ID:TwCBh9Ol

ブレーカー・ダウン (副題 失われた『明日』とこれから失われるべき『明日』について)

 明日というものは常に我々を待ち受けている。明日が楽しみな時も、明日が恐ろしい時も、常にそれは二十四時間以内に我々を等しく迎え入れる。
 人類は今までそのことを疑ったことはなかったし、明日の方でもその信頼を裏切らなかった。それは自分自身を信じることもできない人類にとって、唯一絶対の信頼を置
けるものだ。神の存在を否定する者がいても、明日の存在を否定するものはいなかった。
 だが、人類と明日との蜜月は、唐突に終わりを迎える。
 それは、こうして始まった。

 それは人類総人口が、百億を少し超えた辺りの『ある日』、20××年6月20日『だったはず』の日の出来事だ。
 最初に気がついたのは、フランスのセーヴルにある国際度量衡局だった。ここでセシウム原子を使った時刻の計測を行っていた局員が、初めてそれを確認したのだ。
「6月20日がきえた!」
 その知らせは、瞬く間に世界に広まった。ほどなくして、人々もまたその事実に気がつくことになる。6月20日は、間違いなく無くなっていた。時差によっては、6月
19日がなくなっている場合もあったのだが、だからと言って何が違うというわけでもないだろう。とにかく、全ての人類はきっかり48時間を失っていた。
 デジタル時計やコンピュータディスプレイに表示されている日付と日時は、48時間分進んでいた。全ての機械が、同じように48時間分動いていた。地球すらも、48
時間分周回軌道上を動いていた。なのに、人類だけが、その48時間を知覚していなかった。人々にとっては、その日を過ごした覚えもないのに、いつのまにか日付だけが
ずれてしまったように見えた。周りのすべての事象はいつも通り動いていたのに、人類だけが取り残されていた。
 人間の側から見れば、その断絶は全く知覚できなかった。しかし別の観測者、例えば監視カメラ等はその空白の時間を記録していたのではないだろうか、そう考えた者た
ちもいた。しかし、彼らは一様に失望した。記録媒体からは、その『空白の時間』の分の記録が完全に消失していた。その時間、人間がどのような状態にあったのか、知る
術はまったくなかった。
 すべての人間が、『明日』を(地域によっては『明後日』すらも)完全に喪失していた。
 それを知ったとき、人々を共通の恐怖が包み込んだ。人間は、自ら知覚することによって初めて自らの存在を知ることができる。しかし、

69 :No.17 ブレーカー・ダウン 2/2 ◇aDTWOZfD3M:07/06/03 23:20:49 ID:TwCBh9Ol
この空白の48時間には、人々は自らが存在していたかどうかを確かめることができない。このことは、人類すべての自己同一性に致命的な傷を負わせることとなった。
 さらに、「誰が人類から時を奪い、さらにすべての記録媒体から映像を抜き取ったのか」というのは、人々の本能的な恐怖を煽った。もし、そんなものが存在するとすれ
ば、それはすなわち、どのような手段にしろ人類すべての意識を操り、あまつさえすべての記録を消し去ったものなのである。すなわちそれは、人類を遙かに超越した何者
かの存在を示していた。その何者かの正体は神か、それとも悪魔か、いずれにしろ、人類を滅ぼしうる絶対的な力の持ち主であろう。
 恐怖は、等しく人類を包み込んだ。あるいは、それは人類が初めて共通の感情を抱き得た瞬間だったかもしれない。もちろん、その後の混乱ではまた様々な意見の衝突や
対立があり、また人類はばらばらになってしまったのだけれど。


 そのころ、宇宙のはてのどこか、人類の未だ知り得ぬ深淵に、『何か』がいた。それは思考し、そして、会話していた。
「地球の様子はどうだ」
「混乱しているようです。無理もありません」
「ああ、あれはただエントロピーに逆らってエネルギーを吸収し、精神エネルギーを製造するためだけの装置だが、それだけに精神には本来生物には必要ないほどの力が使
われている。一度刺激が加われば、ああやって無制限に思考を混乱させることになる」
「そう、あれは我々の食料となるべき精神エネルギーを作り出すための装置です。しかし、あれを地球土着の生命体に埋め込んでから1万5千年、いささか数が増えすぎま
したね」
「そうだ、だから今回も我々が制御しきれず、不慮の事故で全個体が一時機能が停止することになった」
「そろそろ、間引かなければ」
「そう、間引いて、収穫せねば」

 宇宙の果ての深淵で、何かが、人類の魂を刈り取るための算段をしていた。人類は、自分がなぜ心を持ち、なぜ精神を持っているのか、そのことを知らぬまま……

                                                                          《了》



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