【 明日のいつかに誰かんち 】
◆p/2XEgrmcs




63 :No.16 明日のいつかに誰かんち 1/5 ◇p/2XEgrmcs:07/06/03 23:16:08 ID:TwCBh9Ol
 「皆、やばい。もうグリッドマン始まっちゃうよ」
 ヨシヒロがそう叫ぶと、皆はサッカーボールから目を放して、校舎にかかった時計を見た。
五時二十分。「電光超人グリッドマン」が始まるまで、あと十分しかない。
 体育倉庫に忍び込んで取って来たサッカーボールを、マサトが適当に校庭の端まで蹴っ飛ばした。
登り棒にぶつかったボールは、校庭の真ん中の方に転がってきたけれど、ぼくたちはそれに構わずに走った。
校門近くに停めた自転車の鍵を回す、がちゃがちゃというやかましい音、錠が外れたガシャンという素早い音。
それらを響かせながら、ぼくたちは明日、日曜日のことを話そうとした。
 「明日、どうする?」
 「ええと、そうだな」
 とにかく早く帰ろうとするあまり、皆が言いたいことをまとめないままに言うせいで、
ぼくたちの言葉は、自転車から出る音と同じくらい、意味が無くてうるさいものになった。
 「じゃあ、一時にウメさんに集まろうよ。それから決めればいいじゃん」
 ぼくがそう言うと、皆は賛成して、鍵が外れた自転車を走らせ始めた。今度は、じゃあね、バイバイ、と、
意味がはっきりした言葉が、夕暮れに飛び交った。ぼくも急いでペダルを踏み始める。
 ペダルがきしんで、タイヤが地面を滑って、チェーンが回って、耳元を風が通り過ぎていって、
家に辿り着いた時、自転車を停めた時、ぼくは初めてその日の夕方の静けさに気付いた。
 四時間目が終わって、お腹がすいたまま帰るのは楽しく、日光が真上から落ちてくるような帰り道も楽しかった。
けれどそれは、いつもの土曜日だった。でも、今日はそのあとが、何だかいつもと違った。
昼ご飯のチャーハンを食べていると、母さんに「拾った子犬みたいに食べるわね」と言われて、おかしかった。
校庭に集まってすぐにドロケイが始まった。足の速いヨシヒロと同じ組になれたから、何だかうわついていた。
だれてくるまでドロケイをした後、ボールを取り出して、サッカーをして……気が付けば、もうすぐ五時半だった。
 いつもなら、もっと早くに誰かが気付くものだ。それなのに今日は皆、グリッドマンよりも、その時の遊びの方が
大事なことと思っていたみたいだ。ぼくにはそう思えた。自分がそうだったからだ。
 その日のグリッドマンは、悪役のせいで、主人公の父親が死刑にされかけるという話だった。
変身したくても、事情を知らない母親に叱られ続けて、それがなかなか叶わない主人公がもどかしくて、辛かった。

64 :No.16 明日のいつかに誰かんち 2/5 ◇p/2XEgrmcs:07/06/03 23:16:27 ID:TwCBh9Ol
 最終回の近さを感じさせる次回予告が終わると、母さんがそれを見計らって、お風呂に入れと急かしてきた。
外で遊び続けて汚れたまま、居間にいられると落ち着かないらしい。文句を言っても、どうにかなる相手ではないので、
大人しくお風呂に入ることにした。母さんは、こっちが怒るとすぐ怒る。
 体がじっとりと汗ばんでいるのが分かったので、先に体を洗って、ゆっくりと熱いお湯につかった。
遊んでいる時とは違う汗が出てくるのが分かった。一人でかく汗は、さっきと違って何だか静かだった。
夢中で遊んでいたせいで分からなくて、一人になってやっと気付いた静けさが、全然消えようとしなかった。
今日はとても楽しかった。好きな友達、好きな遊びばっかりだからだと思う。
 ヨシヒロ、マサト、シュンジ、ショウ、テツヤ、ツトム、と、一人ずつ顔を思い出す。
皆、すごく好きなやつらだった。嫌いなところが無いわけじゃないけど、手放しに好きだと言えるやつらだ。
そういう友達ばっかりが自分の周りにいるだけで、「いつもどおり」じゃなくってしまうのが面白かった。
つけたことは無いけど、日記を始めるのにいい日なんじゃないか、とさえ思った。
 「今日が、今までで一番楽しかったかもなあ」
 マンガかアニメの登場人物になったつもりで、ひとりごとを言った。それほど気持ちが落ちついていなかった。
だから、そのひとりごとがどれだけ恐いものか、すぐには気付けなかった。
 
 本当に今日が一番だったら?
 汗がいっぺんに消えてしまった気がした。ぼくは湯船から身を乗り出して、カベにかかっている鏡を見た。
髪はずぶぬれで、顔にはたくさんのしずくがあったけれど、どれが汗なんて言い当てられないことを今更知った。
 今日が一番だったら、本当に今日が一番楽しかった日なら、明日からどうなってしまうんだろう。
明日も同じメンバーで集まるのに、もし今日よりもつまらなかったら、ぼくは平気な顔が出来るだろうか。
いつか「今までで楽しかった」と思える日が来ることが、全然想像出来なかった。


65 :No.16 明日のいつかに誰かんち 3/5 ◇p/2XEgrmcs:07/06/03 23:16:44 ID:TwCBh9Ol

 電話が鳴る音が聞こえた。このままお風呂で考えていたら、のぼせてしまいそうだと思ったぼくは、
のそのそと湯船のふたを閉めて、浴室から出た。外の涼しさのせいか、黒いシミが、じゅわっ、と視界に広がり。
それと同時に頭がふらふらした。さっきまでの楽しくて落ちつかない気持ちは、全部お湯にもれ出したみたいだった。
目と頭を普通の時のように戻したくて、バスタオルで髪をめちゃくちゃに拭いていると、母さんがぼくを呼んだ。
いらいらした口調で返事をすると、母さんは、今の電話はぼくに対するものだ、と言った。
 「ヨシヒロくん、明日は親戚のおうちに行くから、遊べないんだって」
 ぼくは、やっぱり今日より楽しい日は来ないんじゃないだろうかと、本気で考え始めさせられた。
明日はヨシヒロがいない。幼稚園から仲が良くて、今まで一番多く遊んだだろうヨシヒロが、明日は来ない。
 「嫌だよ!」
 ぼくは大声を上げた。母さんはおどろいて、私に言われても困るわよ、と言った。
 「分かってるよ、だけど、嫌だよ」
 それ以上しゃべると泣き出してしまいそうだった。母さんはぼくの様子がおかしいことに気付いていたが、
ご飯食べましょう、とごまかした。何かあったのかとしつこく聞かれなくてよかった、と本気で思った。
 晩ご飯を少しだけ食べた後、ぼくはゲームもせずに、ランドセルから自由帳を取り出した。
ぼくが一番好きなノートだ。空想のメモ書きや、マンガのキャラの落書きがいっぱいつまっている。
それらを見ていると、少し心が落ちついた。最後のキレイな真っ白いページに、ぼくは今日あったことを全て書こうと思った。

66 :No.16 明日のいつかに誰かんち 4/5 ◇p/2XEgrmcs:07/06/03 23:17:00 ID:TwCBh9Ol

朝起きて最初に目に入ったのは、空、ゆうべの雨のせいか、キレイに形を作った入道雲。
夏のような空なのに、冷たさが残った空気。入道雲は大きかったけれど、太陽をジャマしていなかった。
寝ぼけていたから、食卓が思い出せないけど、絶対にこれがあったな、という自信があるのは、
うち独特らしい、おかしな焼き方の玉子焼き。通学路の水たまりに、空がくっきり映り込んでいるのを見ていると、
ヨシヒロがおどかしてきた。水たまりをしばらく見た後、一緒に学校に行った。その時、放課後に遊ぶ約束をした。
朝休み、一時間目の終わり、二時間目が終わった後の長い休み時間……時間が経つごとに、約束に加わるやつが増えていった。
帰りの会が終わって、帰って、チャーハンを食べながら母さんにからかわれて、自転車で学校まで戻ってきた。
 ドロケイをやりたいとヨシヒロが言い出して、ぼくはそれに賛成した。しかしドロケイをやるには宝にするものが無かった。
ショウが、体育倉庫に忍び込もうと提案して、校庭の隅っこに、わざわざ皆で行った。ショウの言うとおり、
少しだけ開いている窓があった。ぼくはジャンプしながら窓を開け放し、窓のさんに指を引っかけた。
体重がかかって、さんに指が食い込んだ痛みをこらえながら、足でカベを蹴って登った。
お腹をさんに持ち上げるのに成功すると、ほこりのニオイがした。手前に見える飛び箱に乗り、サッカーボールを探した。
暗い倉庫の中は、抜け道でもありそうなほど汚くて、くさくて、ワクワクした。
ボールを持ち出して、外から窓を閉めて、ドロケイが始まった。ぼくとヨシヒロ、ツトムが同じ組になった。
ヨシヒロが大活やくしたために、ぼくたちの組がほとんど勝ち続けた。そのせいでマサトが、サッカーをやろうと言い出した。
この時にはもう、ぼくは遊びに夢中になっていて、何時ごろに何があったかなんて思い出せない。
だからヨシヒロが叫んだ時、ぼくはすごくおどろいたのだ。そして急いで家に帰ろうとしながら、ぼくは明日の約束をした……。

67 :No.16 明日のいつかに誰かんち 5/5 ◇p/2XEgrmcs:07/06/03 23:17:15 ID:TwCBh9Ol
 そこまで書いたあたりで、ぼくは自分がどれくらいばかばかしいことをしているか、やっと分かった。
ぼくは今日を切り取って、ずっと保管しておこうとしていた。そんなことをして明日を迎えても、
今日以上に楽しめるはずが無いのに。ぼくは半分以上文字で埋まったそのページをやぶり、丸めてゴミ箱に捨てた。
そして眠くも無いのに、自分で布団をしき、その中にもぐり込んだ。その後、消し忘れた電気を消した。
 ページをやぶったことで、ぼくは「今日が楽しかった」という良い思い出さえも無くしてしまう気がした。
明日を楽しもう、明日を楽しもうと思うほど、嫌な出来事が浮かんできた。
もし明日、誰も待ち合わせの駄菓子屋に来なかったら? もし明日、皆がぼくに「行けない」と電話してきたら?
次第にぼくは、明日なんて来なければいいんだと思い始めた。それが間違いであることに気付いても、
ぼくにとって、迫ってくる明日は、薄暗い、冷たい日にしか見えなかった。

おわり



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