【 世界は勇者を待っている 】
◆CIgXKHYo7.




10 :No.03 世界は勇者を待っている 1/3 ◇CIgXKHYo7.:07/06/02 20:59:44 ID:g9Ku8zyN
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 世界は、普遍だ。
 変わっているようで、そうではない。
 違うようで、同じものだ。
 同じようで、違うようなものでもある。
 さあ――君は世界を廻したい?
 廻したいなら、さあ、合言葉を呟け。

 ■

 夕暮れ時、晴天、四十階建てのビルの屋上。
 これだけの条件が揃っていれば、西の空に朱色の球が滑るように沈んでいくのが見える――はずだったのだが、今彼が見ているのは一人の少女である。
 当然、彼が少女を見ているのは不本意である。彼と太陽の間に少女が割り込んできた形だ。
 少女は、白いロングコートに身を包んでいた。身長とコートの丈が合っていないようで、彼女の素肌は顔と手しか見ることができない。
 彼はというと、ラフなジーンズ、そして、黒いコートを羽織っていた。こちらもコートのせいでそれほどしか確認できない。
「あの、ちょっと、あんた退いてくれない? 嫌がらせ? 俺、あんまり恨みとか……いや、作っちゃう性質《たち》だけど、あんたには会ったような気がしないんだ。俺は夕日観たいだけなんだよー」
「へへ、コート、おそろい?」
「なんで疑問符?」
 彼は自分のコートと少女のコートを交互に二、三度目を行ったり来たりさせる。そして、少女の言ったことが理解できた。
 どうやら、色違いらしい。
 だからといって、何がどうしたというのか彼には解らなかったが。
「疑問符? 何それっ! 面白いね」
「何が面白いんだ、この野郎。ってもう夕日沈んじまったじゃねえか!」
「あ、ホントだねー。綺麗だったのに」
 彼の言葉どおり、既に、空は地平線が紫色に染められているだけだった。
「あーあー、今日は特別だったのによ……」
「ねっ、綺麗だったねっ!」


11 :No.03 世界は勇者を待っている 2/3 ◇CIgXKHYo7.:07/06/02 21:00:02 ID:g9Ku8zyN
 満面の笑み。しかし、一番の至福の時を邪魔された彼にはその笑みは皮肉にしか見えなかった。
「あの……怒ってる? 怒ってます? ごめんね、ごめんだよ、すいませんだよ。申し訳ない。これ、謝ってるんだけど許してくれるかな?」
「謝り方が誤ってるんだよ、お前。ふん、いいさ。また明日も晴れなら見れるだろうしな」
「え? 本当に本当にほんとーっにそう思ってる? そんなの有り得ないじゃない。だってだって、世界はいつも変わって行っちゃうんだよ? いつも同じなんてないよ。ほら、明日は明日の風が吹くーってあるじゃん」
「使い方間違ってるような気もするけどな……。でも同じものは同じものだろ。ほら、お前のコートと俺のコート。違うようで同じもの。今日と明日みたいなもんだろ」
「むむむむっ」と顎に手を当てて、わざとらしそうに少女は考える。
 どうやら、彼が言った事がよく理解できなかったらしい。
「えっとー……とりあえず今日と明日は違ったように見えるけど、実際は同じものってことかなっ?」
「ビンゴじゃねえか」
 頭が悪い、ということではないらしいが、頭の回転はあまりよくないらしい。
「じゃあ明日は夕日、見えないの?」
「いんや、見えるだろうな」
「なんでなんでっ? もしかしてアナタは超能力者ですかっ?」
「本当にお前は頭がいいのか悪いのか……ほら、今見てた夕日がその証だろうが」
 彼は、周りの空に溶け込んでしまった丸い玉が沈んでいった場所を指差す。
「…………あっ、そうか! 分かったよ。だって、夕日が見えたってことは明日晴れだもんねっ。あたしってあったまいー」
「そうかそうか、頭いいな。んじゃあ帰るかな」
「え、もう帰っちゃうの?」
「だって俺、夕日見に来ただけだもん」
「じゃあ明日も来る?」
「ん……多分」
「んじゃあんじゃあ、あたしも明日来ていい?」
「勝手にしろ。ただ、邪魔だけはするなよ」
 彼はゆっくりと立ち上がり、屋上から下へと続く階段に向かう深緑色の金属の扉のノブに手をかける。
「じゃあまた明日ねっ!」
「夕日が見れればな」



12 :No.03 世界は勇者を待っている 3/3 ◇CIgXKHYo7.:07/06/02 21:00:19 ID:g9Ku8zyN
 あくる日、くしくも――雨。
 しかし二人はそこに居た。
 ただ、夕日を見るために。
 黒い傘と、赤い傘が横に並んでいた。
「おい」と彼が少女にちらりと目をやる。
「何? でも来るなんて思ってなかったよ」
「だから来たんだろ、お前も。いや、昨日話したろ?」
「何を?」
「今日と明日は違うようで、同じものってさ。でもやっぱり――」
「今日と明日は違った?」
「そうだな。そうに違いない」
 こくりと、彼は頷く。
「あ、そうだ。こんな合言葉知ってる?」
「言ってみろ」
「世界は――」
 ポツリと少女。
「勇者を」
 彼はそれに続く。少女は彼がその合言葉を知っているとは思っていなかったようで、言葉の通り、目を丸くする。それもオーバーリアクションだったが。
 嬉しそうに、変化を愉しんでいる。
 昨日と今日の、変化。
 今日と明日の、変化。
 そして、最後の言葉。
「……待っている」
 じゃあ明日も来ようか?
 ――夕日が見れればな。

 平凡を破壊する、勇者を世界は待っている。
 刺激を創造する、勇者を世界は待っている。

 了



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