【 死紙の死神 】
◆InwGZIAUcs




77 :No.19 死紙の死神 1/5 ◇InwGZIAUcs:07/05/27 23:57:05 ID:xMt+xUox
――私は偽善者です。それを否定するつもりは全くない。
結局は自分がそうしたいから、自己満足したいから行っている事。
自覚している。開き直ってもいる。それが私なのだから。


 蝉が鳴き、日が傾いた大学の帰り道。
 周りの女子大生に比べたら少し大人しめのアウターとスカートで身を包んだ私は、
駅前で熱く勧誘されるまでもなく自ら献血へと向かった。
 献血を終えた後、盲導犬募金箱に小銭を投下し、道ばたに落ちているゴミを拾って捨てた。 
 そんな私を冷めた目で見つめる友達も少なくない。
 ある時、私は私でいいんだと気付いた時から、周りの事を気にせずに偽善的な行動をとってきた。
誰かが、良い状態であるのは私にとっても良い状態だと感じるんだ。だからもう、
私は私の思うようにすることにした。
 家に着いたのは、夕暮れが綺麗な頃だった。


「あ、泉さん」
 泉とは私の事。
「え? ひょっとして……古賀くん?」
 家の前で私を待っていたのはとても意外な人物だった。
 同じ高校に通っていた友達、いや、友達と呼べる程交流があった記憶もない。
「突然ごめん、これ貰ってくれ」
 そう言って一枚の紙切れを差し出してきた古賀くんは何故か酷くやつれていた。
それでも彼はどこか安堵の色を滲ませているようにも見える。
 私はその紙切れを受け取り、その内容を確認しようとした。が、
「じゃ、じゃあな!」
 彼は私の横を通り過ぎ走り去ってしまった。
 私はその様に呆気にとられたが、改めてその紙切れに目を落とす。
 紙には、こう書かれていた。

78 :No.19 死紙の死神 2/5 ◇InwGZIAUcs:07/05/27 23:57:31 ID:xMt+xUox

「これは死紙(しにかみ)です。七月四日午後六時五分。上記の時間より二十四時間以内に、
この紙を下記の者へ手渡しなさい。尚、この手紙を無視するとあなたは死にます。
○○○県×××市△△町五の十二番地  武田 信二 」

 蝉が遠くで鳴いているのか、近くで鳴いているのかも解らない程、私はその死紙と
題された紙切れに見入ってしまった。
 慌てて携帯を取り出して、時間を確認する。
 七月四日午後六時五分。
 まさにこの死紙は今渡されたものだから、古賀くんがあらかじめここに書いておかないと、
この死紙の存在に説明はつかない。
 私は古賀くんに尋ねようと振り返った。が、そこには古賀くんの姿はもうどこにも無い。
 かわりに、一人の少女が夕日を背に立っていた。
 いつの間に居たのかすら気付かない程私は呆然としていたのだろうかと疑問を抱いた時、
その少女がこの世の者でないことに気付く。
 何故なら少女は、夕日で伸びるている筈の影がどこにも、どこにも見あたらない。
 その代わり、少女は影のように黒い、闇のようなマントを纏っていた。
「あなたは、二十四時間以内に死ぬ……その死紙を届けなければ」
 少女が小さく呟く。それでも私の耳にはハッキリと聞こえた。
「あなたは誰?」
「私は死神……」
 マントと同じ整えられた少女の黒く長い後髪が流れる風に沿う。
 私はもう一度死紙を眺めた。
 古賀くんの死紙には私の名前が書かれていたのだろうか? 
 固唾を呑み視線を上げる。
 その時には、少女の姿は跡形もなく消えてしまっていた。
「あなたに選択の余地は無いの」
 その言葉を私の耳元に残して。



79 :No.19 死紙の死神 3/5 ◇InwGZIAUcs:07/05/27 23:57:52 ID:xMt+xUox
 夜の帳が降りた頃、自室で一人机に向い頬杖をついていた。
(私、死ぬのかな?)
 机に置かれた紙切れ、死紙を眺めて思う。
 この世界に未練が無いと言えば完全に嘘だ。死にたくない。でも、この紙を渡された人はどうなるのだろう。
多分、私みたいに指定された誰かを探して、また次の人が新しく指定された人を……。
なるほど、書いて出さねば不幸になる手紙の要領で、永遠に続くのね。
 私は死紙を破り捨てた。
 悪戯で片づけてしまおう。これ以上、古賀くんみたいに真に受けてしまう人がいても後味が悪いし。
 私が片づければ終わることなのよ。多分。
 そう自分に言い聞かせると、私は布団に潜り込んだ。


 横断歩道に私の悲鳴が響き渡る。
 ブレーキを踏み損ねたのか、もしくは居眠りをしていたのか、
今となってはそれを知る術も持たない私は、巨大トラックに跳ねられた。
 滑稽な程吹き飛ぶ私。
 視界の片隅に入ったのは、冷めた瞳の少女。そう、死神と名乗る少女だった。


 目を覚ました。 
 ベットが軋み悲鳴を上げる程の勢いで起きあがる。
「今のは……夢?」
 とても熱く、心臓がドクドクと忙しなく動いているのが分かる。
しかしそれに反して背中に伝う汗はやたらと冷たい。
 ふと、机の上を見ると、破り捨てた筈の死紙が何ごともなかったかのように置かれていた。
「今見た夢……それがあなたの未来よ」
 その机の隣には風景のように気配の無い、例の少女が立っていた。 
「私の未来?」
「そう……あなたの最後」
「分った。なら私は明日家から一歩もでない」

80 :No.19 死紙の死神 4/5 ◇InwGZIAUcs:07/05/27 23:58:11 ID:xMt+xUox
「それでもあなたは――」
 私は少女の言葉を待たず、言い返した。
「絶対死紙なんか回さない!」
「……」
 少女夢と同じ冷めた瞳で私を見下ろしている。が、その瞳が少し揺れている事に気付いた。
「何故? その紙を届ければ死は免れるのに、なんでそこまで拒むの?」
「私は! ……私は、他の人の嫌がる事はしたくないし苦しむ所を見たくもないの」 
 少女は目を見開いた。まるで私を珍しいモノでも見るかのような瞳は年相応にも見える。
「あなたは……」
 少女は机の死紙を手に取った。
「私は……私は不慮で死ぬ人を助けたい」
 少女は話を始めた。
 そして私はこの死紙の連鎖の意味を知った。


――自覚している、開き直ってもいる私はもう迷わない。
しかし周りの死神達は、私を酔狂だと罵った。
死神なのに人を助けるなんて事は禁忌に等しいから仕方のない事だ。
私は考えた。私は人の命を救う連鎖を。
死ぬ予定の人間に、その死を回避出来る行動をとれるよう、違う死ぬ予定の人間を探させ死紙を渡してもらう。
そうすれば、死ぬ予定の人間も死を回避できるし、新たな死ぬ予定の人間も行動する。
その際、死ぬ予定の人間に「死」の恐怖を煽れば、確実に連鎖は続くだろう。
死神という立場上、死の恐怖で人間の恐怖を煽っているという建前を置くこともできる。
記憶も消せば感謝もされることはない。けど、私はそれで満足できる偽善者だから……


 次の日、私は○○○県×××市△△町五の十二番地に住む武田信二さんを尋ねた。
 死紙はすんなりと手渡すことができ、私は速やかにその場を去った。
 私は思う。死紙の死神の少女は私と同じ偽善に戸惑う仲間……友達になれたかもね。


81 :No.19 死紙の死神 5/5 ◇InwGZIAUcs:07/05/27 23:58:27 ID:xMt+xUox

――今日は変わった人間に出会った。
あなたがその死紙を渡さなければ、そこに書かれている人間は死ぬことになる。
これは死を回避できる紙。だから届けて欲しい。あなたも……死なずに済む。
そう説得したら、納得してくれた。良かった。
それに私みたいな人間もいるのが少し嬉しかった。
……友達になりたかったな。


 さらに次の日。
 私は自分が何故○○○県×××市△△町へ行ったのか思い出せなかった。
 学校さぼってまで何しに行ったんだっけ? 
 まあいっか。
 道に落ちてる空き缶拾いがてら、今日も大学へ行こうかな。

 終わり



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