【 締め切りまで 】
◆dT4VPNA4o6




70 :No.17 締め切りまで 1/4 ◇dT4VPNA4o6:07/05/27 23:38:40 ID:xMt+xUox
 某日、寺井は自宅のPCの前でしかめ面でディスプレイを睨んでいた。
 画面には書きあがった『文才無いけど小説書く』の週末品評会へ投稿するための作品、
だが彼は目の前のPCから投稿することが出来ない。
 何でこんなことになってるんだ、そう思いながら時計に眼をやる。時刻は午後十時四十分、
投下予告締め切りまで一時間をきっている。
 仕方なく彼は携帯電話を取り出した。取り出しながら深々とため息をつく。
 何でこんなことに、と、何度も同じことを考えながら。

 事の発端は二週間前にさかのぼる。

 正確には二週間と数日前、品評会のお題が発表された。
 お題を見た瞬間寺井は、これはイケルと思った。毎週のごとくお題を見てはあーでもない、こーでもないと
足りない脳みそを回転させているのだが、今回のお題は彼にとってうってつけだった。もっとも、思いついた
ネタが面白いかどうかはまったくの別問題だが。
 だが、翌日思わぬ事態が発生した。『文才無いけど小説書く』がある板である『ニュー速VIP』が停止したのだ。
 盛り上がり続ける『ニュー速VIP』の勢いにサーバーが耐え切れなかった結果だが、とにかくその週の品評会は
来週に持ち越しとなった。もっとも彼はさして気にすることも無くむしろチャンスと考え、脳みそを珍しくよく回転させ
構想に没頭した。
 更にその翌日、今度は彼自身に事件が発生した。
 PCが壊れたのだ。正確にはHDDのクラッシュだがとにかく動かないのでどうしようもない。事実上彼の専用機とは言え、
一応は家族共用のPCは父親に報告された後、二日後家電量販店に修理のため出された。

 この時はむしろ今週壊れてよかったと寺井は考えていた。HDD内部のあらゆるデータの殆どはバックアップを
とっていなかった為消滅してしまったが、嘆くほどのことではない。品評会が延期したことを幸運だと考えていた。
 とは言え、PCが壊れてしまったためネットで資料を見ながらの執筆は出来ない。自室でほこりをかぶっている友人からの
払い下げである七、八年前のPCでメモ帳に書き始めていた。
 なお、このPCに回線つなげればネットが出来るのだが火急の用も無かったのと面倒であったこともあって、この提案は
寺井の脳内で却下された。これが後の悲劇、いや喜劇につながる事になるとは彼は思いもしなかった。

 投下予告締め切りまで、あと二週間と二日

71 :No.17 締め切りまで 2/4 ◇dT4VPNA4o6:07/05/27 23:39:01 ID:xMt+xUox
 執筆を始めたものの生来追い詰められないと動かない性分が災いして、執筆作業は進まなかった。本格的に執筆を始めたのは
結局翌週木曜日になってからだった。なおこの週の制限レスは十レスと非常に長かったこともあり、彼はそれなりの分量を意識して
キーボードを叩いていた。最悪日曜日までにPCが帰ってこなくても友人の家から投下すればいい。この時はまだそんな風にのんきに構えていた。

 土曜日、事態が動いた。PCが帰ってきたのだ。寺井の予想より幾分早かったが、これで締め切りだ延びたと彼は考えた。寺井は直ぐにでも
使いたかったが彼の妹と父親が何か設定を操作しているのを見て便利屋扱いされるのを恐れて自室に引きこもった。
 この判断が間違っていたことに気づくのはそう時間はかからなかった。

 その深夜、帰ってきたPCを起動させ早速専用ブラウザの導入を行おうとした寺井だったが、インターネットエクスプローラーが画面に写すのは
『画面を表示できません』の文字だけだった。
 設定ミスを怪しんだ彼は、回線の繋ぎ直しや接続ツールの再インストールまで試みたが事態が好転することは無かった。
 その時焦る彼の脳裏にある事が浮かんだ。それはPCを購入してまだ日の浅い頃、ウィルスソフトはおろかファイアーウォールすら起動させてなかった
彼のPCがスパイウェアの進入を許したことが有った。その時とまったく同じ症状だった。
 しかし、修理から帰ってきたばかりのPCにスパイウェアなど入っているのだろうか。第一ネット接続が出来ないなら父親が寺井にその事を伝えるはずである。
 結局、ネット接続を諦めた彼はとりあえず執筆だけは行うことにした。だが、予想外の事態に苛立ちを募らせた彼の手は一向に進まず、
午前四時まで粘ったものの結局完成せぬまま。彼はその日の作業を打ち切った。
『明日、ウインドウズ自体の再インストール。しかる後にスパイウェア抹消。これでも釣りは出るだろ……』
 
 見通しがいかに甘いか寺井が気づくまで、あと六時間。

 投下予約締め切りまで、あと十九時間。

 翌日、寺井は昨晩の件と再生案を父親に提案した。だが、父親の答えは『却下』だった。
 曰く、お前もPCに関しては素人なのに偉そうな口を利くな。私がやっておくから触るな。との事だった。
 寺井は憤慨したが頭の悪い彼は口論で父親に勝ったことが無い、仕方が無いので父親に任せることにした。直すと言うのならやってもらった方が
手間が省ける。どうせサポートセンター頼みだろうがこの際どうでも良い。そう考えた彼は、昼食の後友人の一式の所に出かけた。作品はフロッピーに格納し、
一式宅のPCを借りて完成させ、その後そのまま投稿とその時彼は企んだ。

 フロッピーが時代の遺物であることお思い知るまであと三時間。
 投下予約締め切りまで、あと十時間。

72 :No.17 締め切りまで 3/4 ◇dT4VPNA4o6:07/05/27 23:39:28 ID:xMt+xUox
 一式のPCのフロッピードライブは壊れていた。なぜ直さないとお門違いながらも詰め寄る寺井に一式は
「いや、使わんし」
 と一言で片付けた。そう言われてしまったらどうしようもない。
 事ここに至って、やっと寺井は焦りだした。このままでは品評会に投下できん、いやそれ以前に完成するのか? それなりに分量をこなしているが、
まだ完成には程遠い。
 苛立ちを見て取ったか一式が何を苛ついてるのかと聞いてきたので、愚痴を含めつつ寺井はこれまでの顛末を説明した。
 聞き終わると一式は苦笑しつつも、何か出来ることあったら連絡してくれと寺井に言った。
「なんなら、電話でオレが書き起こして投稿してやるよ」 
 とにかくこの場での執筆は不可能なので寺井は用事と世間話もそこそこに退散することにした。ちなみに頭が悪い上に、無駄にケチな彼はネットカフェ
で完成させるという思いつきはまったく浮かばなかった。それに父親の発言にまったく疑問を挟むことも無かった。つまりPCは回復していると考えていた。

 投下予約締め切りまで、あと六時間。

 帰宅した彼を待受けていたのは非情な現実だった。父親は結局ネット接続の回復に失敗していた。ウインドウズの再インストールはしたとの発言を受けた
寺井は、オレにやらせろと強硬に主張したがその意見が通ることは無かった。
 いよいよ寺井は遅い絶望を感じ始めた。
 いかん、これは、非情に、マズイ、どうすんのよ。
 だが、その後の彼の行動はいつもの愚鈍さにあるまじき判断力で執筆を再開した。投稿如何はとにかく完成してから考えるべし。そう考えた彼は
すさまじい勢いでキーボードをたたき出した。

 投下予約締め切りまで、あと四時間。

 時刻は午後十時四十分、ついに完成、推敲もまあそれなり。
 しかし、どうやって投稿する。ネットは使えない携帯からなど論外だ。結局彼は一式に頼ることにした。
 電話に出た一式は、
「おう、ほんとにかけてきたか、はっはっ。待ってろ準備するから」
 と本当に請け負った。これで何とかなる寺井は少し安堵した。
 甘かった、たった数行書き起こすのに約十分を要した。これではとても七レスに及ぶ長編など無理だ。絶望する寺井に一式が提案した。
「持ってきてくれたら、アップするがなあ」
 寺井はその行動を躊躇した。彼の親は門限や深夜の行動にうるさい。この時間の外出など何を言われるか分からない。だが他に道は無い。

73 :No.17 締め切りまで 4/4 ◇dT4VPNA4o6:07/05/27 23:39:47 ID:xMt+xUox
 殆ど期待せずに寺井は外出許可を親に申し出た。以外にも許可自体は簡単に降りた、拍子抜けしながらもこれで何とかなると考えた寺井は早速
フロッピーでなくCDに完成した作品を焼きつけた。だがいざ行かんとした彼に思いもよらぬ言葉が投げかけられた。
「この大雨の中、どうやっていくのよ?」
 雨? 雨だと? そんなバカな。そう思い外に出た寺井を待っていたのは豪雨だった。
 バイクで行くとの提案は、あっさり却下された。だが電車では終電が終わってしまう。ならば車か。そう思い貸してくれと頼んだが、
「お前、免許取ってから運転したこと無いのに、何をいっとるか」
 これまた却下された。
 だが、ここで諦めたら最早ゲームオーバーである必死に親を説得し何とか許諾を得ることには成功した。
 因みに、理由は最後まで親には伝えなかった。これほど必死になる理由が、小説作品の投稿、などとは少なくとも家族には知られたくない寺井だった。
 
 時刻は十一時を回り投下予約が始まっていた。ここで寺井は外道の策に出る。
『現在帰宅中、予約するけど最後に回してください』
 BNSKユーザーの風上にも置けぬ極悪非道のレスを携帯から行い、彼は車を発進させようとして――ブレーキを踏み忘れギアチェンジに五分を要した。
 
 寺井以外の住人の投稿が終わるまで、約三十分。

 夜、雨、山道、久々、の四重苦に悪戦苦闘しながらおっかなびっくり何とか一式宅に到着したとき、時刻は十一時三十分を回っていた。
 ニヤニヤしながら出迎えた一式にトリップのパスを教え全てを託した彼は再びおっかなびっくり山道を帰っていった。
 帰宅した後携帯からスレを覗くとどうやら滞りなく投稿できたようだった。

『しかしこれな事態になるなど思いもよらなかったなあ。これからはもっと余裕をもって書かないと。つーかそうじゃないと
推敲も出来ないし、よし、これからは締め切りの一時間前には書き終えるぜ。』
 柄にも無く殊勝なことを考える寺井であった。
 
 数ヶ月後

「うおおおおおやっべええ、全然終わらねえ! つーかもう二十分じゃねえか! あああああおわった予約! 予約! 予約!」
 等と叫んでいるのはまた別の話。

 つーか予約! 予約! 予約!              <終わり>



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