【 信じたもの、信じなかったもの 】
◆u2WlwHjqBw
41 :No.11 信じたもの、信じなかったもの 1/4 ◇u2WlwHjqBw:07/05/27 22:37:10 ID:xMt+xUox
「あなたの時間を、七日だけ頂けませんか?」
彼は突然私の前に現れて、微笑みながらそんな事を言った。
彼は大罪を犯した。
そして報いとして、自らの時間を全て『審判団』に奪われたのだと言う。
この世界で審判団が咎人に与える事の出来る最高レベルの罰だ。
時間を奪われた人間は、どんな自由も許されず、魔法によって強制的な睡眠を永遠に与えられる。
事実上、廃止された古の極刑である「死罰」と変わらない。
だが彼の罪には同情すべき面もあった。それを鑑みて、審判団は情状酌量として彼に一つの道を残した。
他人に時間を分けて貰い、それを繰り返すことで自分の時間を手にする事が出来る――――。
条件は一人から七日、つまり一週間の時間しか貰えず、逆にそれ以下、一日だけ貰うという事も出来ない。
彼に分け与えるかどうかは完全に頼まれた側の自由で、もし彼が何らかの報酬と引き換えなど、
強引な手段で時間を貰おうとした場合、即この恩情措置は終了する。
そしてまず最初に七日間を与えられ、誰にも時間を分けて貰えず七日経った場合は、一年間ののち再び七日のチャンスを与える。
つまりは、七日以上は自分で何とかしろ、ということだ。
それが、彼に課された十字架だった。
私は開口一番、時間を七日もくれる相手なんて居るわけがないと言い放った。
時間を七日分け与えると言うことは、自分の寿命を七日縮めるのと同じことだ。
そう簡単に承諾するお人好しはそうは居ないだろう、少なくても私には絶対に無理だ、と。
そういった私に、彼は微笑みながら言うのだった。
自分は人を信じられずに罪を犯した。だから、今度こそはあなたを信じる、と。
42 :No.11 信じたもの、信じなかったもの 2/4 ◇u2WlwHjqBw:07/05/27 22:37:26 ID:xMt+xUox
何故かは判らないが、彼は私を気に入ったらしい。しばらく同行しても良いかと言ってきた。
私は他に仲間も居ない一人旅の身であり、誰に迷惑をかける事もないし、同行人がいると言うのは何かと便利だし、頼もしい。
会ったばかりの人間を安易に信用するのは危険だが、罰を受けた身で罪を重ねようとは思わないだろうし、
思っているなら既に生きていないだろう。
私は彼の同行を承諾した。私が彼に時間を分け与える事は無い以上、長くても一週間の旅にしかならないが。
一人旅が二人旅になってから三日が過ぎた。特に何事もなく、次の村を目指して街道を進むだけの平和な旅だった。
彼は親切で気の利く良い人物だった。道中助けられた事はあっても、迷惑を被ったりする事は無かった。
特に問題があるようには見えず、どちらかと言えばその逆だ。
何故彼のような人物がこのような酷い罰を受ける事になったのか。
興味はあったが、咎人は自分の罪や罰について語ることを禁止されている。無意味な同情などを集めさせない為だ。
彼のように事情を説明する必要がある場合は例外として認められるが、だからと言って罪を語ることが許される訳ではなかった。
彼と私はただ黙々と街道を進んだ。飯時には保存食を食べたり、魚を釣って食べたりした。
夜は交代で睡眠をとった。彼は自分は男だからと私より短い時間しか眠らなかった。
特に会話が弾んだわけでもない、味気ない旅。これでは一人旅と変わらないなと、彼と自分自身に呆れた。
だが、不思議と穏やかな旅だった。
43 :No.11 信じたもの、信じなかったもの 3/4 ◇u2WlwHjqBw:07/05/27 22:37:42 ID:xMt+xUox
そんな旅の四日目の夜。
目的の村に着いて宿を取り、一階の食堂を兼ねた酒場でくつろいでいた私達の前に、悲壮な顔をした夫婦が現れた。
夫婦は言った。あなた方は冒険者の方ですか、と。そうだと答えた私に夫婦は泣きついた。
息子が毒蛇に咬まれ毒に蝕まれている。治す為には特別な薬草が必要だが、それは怪物の出る山の上にしか生えておらず
自分達には手に入れる事は出来ない。どうか薬草を手に入れてきて貰えないだろうか。
私は言った。悪いが、それは出来ない。他を当たってくれ。
彼は言った。判りました。必ずや手に入れて参ります。心配せず待っていて下さい。
夫婦は私の言葉に絶望したあと、彼の言葉に飛び上がって喜び、私を何とも微妙な目で見た。
夫婦と私の両方を見た彼は、心配しないでください、自分一人でも大丈夫だと、双方に言った。
夫婦はその言葉に安心して去っていった。夫婦を見送ったあとで、私は彼に言葉を投げた。
目的の山には一日かかる。一日で薬草を探し当てたとしても、帰りでまた一日。それでお前の時間は無くなってしまうぞ、と。
返ってきた言葉は聞いたことのある言葉で、見たことのある微笑みと一緒だった。
――――私は、あなたを信じる。
44 :No.11 信じたもの、信じなかったもの 4/4 ◇u2WlwHjqBw:07/05/27 22:37:57 ID:xMt+xUox
彼に会ってから七日目の夜。彼は言葉通りに薬草を持ち帰った。
夫婦は涙を流して喜び、彼に家宝だと言ってそれは見事な金剛石の結晶を差し出したが、彼は丁重に断った。
どうしてもと言う夫婦に対して、彼は仕方なく美味い酒を一本くれないかと提案し、夫婦は村で最高の酒を大瓶で差し出した。
その酒を持って、彼に誘われて村の近くの湖に出かけた。村で最高だと言う酒は、なるほど、確かに美味かった。
ちびりちびりと酒を飲む彼に、もうすぐお前の時間が終わってしまうが、時間をくれる相手を探さなくて良いのかと
聞いたが、彼はあなたを信じると繰り返すだけだった。
結局、彼は最後まで穏やかに酒を飲んでいた。そして時間の切れる直前に、私に言った。
あなたを信じると言う私のエゴに、あなたを巻き込み、傷つけてしまってすまない。
私のわがままに、付き合ってくれてありがとう――――。
時間が切れた瞬間、彼は審判団の魔法でどこかに転送されていった。
彼の座っていた場所に座ってみた。手から落ちた木のコップと傍らの大瓶以外は温もりすら残っていなかった。
彼の真似をして、いつも豪快に飲む酒をちびりちびりと飲んでみる。意外と、こんな飲み方も悪くない。
半分以上残っている大瓶を眺めながら、無くなるまでは此処に居ようかと、ぼんやりと思った。
彼は判っていたのだと思う。だから、彼は私に謝り、そしてありがとうと言ったのだと思う。
彼が何に誤ったのか、どうして礼を言ったのか。
それを語る事は、私には、できない。