【 ウロボロスの円環公園 】
◆p0g6M/mPCo




32 :No.09 ウロボロスの円環公園 1/5 ◇p0g6M/mPCo:07/05/27 21:38:17 ID:xMt+xUox
 この濃霧に覆われた公園を見て、僕ある錯覚を覚えた。
 空は薄暗いがラピスラズリのように綺麗で、人の気配も無く周囲の草木たちもまるで眠っているか
のように、音を立てずに点在している。そしてこの街をしんみりと覆う濃霧は、ファンタジー出てくる
森林さながらに幻想的であり、どこからか魔物が出てきそうな、そんな風景であった。
 この光景に僕は慨視感を持っており――というのは僕がこの町外れにある公園に訪れたのは実
に一年ぶりであり、以前来たときも確か、この公園は霧に覆われていたからである――霧の相乗
効果のお陰か、今この公園は時が止まっているかような感覚を覚えた。同時に偶然がここまで一
致すると、流石に恐怖心を抱かせる。だが、今存在しているこの公園の木も落葉も遊具も霧も、自
身の眼前に映るのは全て現実性をおびたものである。それだけは確かである。
 現実と非現実、実像と虚像。そこが似て非なるモノなのだろうか。
 なんだか頭の中もやもやしてきたので、スイッチを切り替えて妄想を終了した。 
 眼前を観ると、前方にはこの広い庭場で両腕を広げて深呼吸をしている、白地のワンピースを着
た少女が佇んでいた。
 少女は背後のベンチに座っている僕の視線を察したのか、両腕を後ろに回して振り返る。
「いやあ、新鮮な空気っていうのはホント美味しいよねぇ」
 そう言って僕のほうへ近づいてくると、彼女は自らの白い両腕を天に仰いだ。
「なんかこう、体内の気孔が活性化してエネルギーを一斉に放出できそうな、そんな感じ」
 少女は空を観て、軽い口調ですぱ〜きんっと言った。
「でも、ここには人どころか鳥の囀りさえも聞こえませんよ? 残念だけど……あやめさんに気は集
まらない」
「何言ってんのよタカ君。これは地球全体、星一つに存在する生命体のエネルギーを吸収できるん
だよ? つまり、人々に呼びかけなくてもここの草木達のエネルギーを貰えばいいのさ」
 確かにそうだったかも知れない。しかし――内容を忘れていても、トークの主題となっている単語
が出ていないのにちゃんと会話になっているのが、なんだかおかしかった。
 少女はその大きくてつぶらな瞳を細めて、僕の頭を軽く小突く。
「全く、君はそんな有名なことも忘れていたのか! ちょっとウチに来なさいっ。どの様な条件で気
が集まるのか、DVDを観て解説してあげるから」

33 :No.09 ウロボロスの円環公園 2/5 ◇p0g6M/mPCo:07/05/27 21:38:47 ID:xMt+xUox
 そういって彼女は強引に僕の腕を引っ張り挙げた。何だかおかしな方向に進んでいる。
「は、はは……」
 その細腕からは意外だが、結構力があった。本当にそのまま出口に向かっていったので、
流石の僕も彼女の横暴を拒んだ。
「ち、ちょっとあやめさん! いくら何でも、この唐突な展開は早すぎますって」
 そういうと彼女はぴたりと立ち止まり僕の方を振り向き、こういった。
「ふふ……タカ君って、ホント昔から変わらないね」
 そんな弱気だと、友達どころか女の子にも馬鹿にされちゃうぞっと言われたが、事実その通りな
ので何も言えなかった。僕は貴方こそ昔のままだと、心の中で呟いた。
 彼女――あやめさんは僕より二つ上の高校二年生であり、昔から近所付合いの仲だったが兄弟
のいない僕は本当の姉のような存在だと、今も思っている。数年前に引っ越した僕にとって彼女と
会うのも半年振りだった。
 約束事があってあやめさんに呼ばれたのだが、何故この場所に呼んだのかは分からなかった。
普段なら遠い場所なら面倒だからと断っていたが、集合がこの公園だと聞いて了承してしまった。
郊外にある公園が好きだからというのが表面の理由だが、本当は、この場所で彼女に逢いたかっ
たからである。
「それを言うなら、あやめさんこそ変わっていませんよ」
 その姿も、と言おうとしたが確実に怒られるので思いとどまった。しかし彼女自身は、乱暴だがそ
の可愛らしい振る舞いと、高く柔らかな声質で身長が低く、昔から変わっていない肩まで掛かって
いる黒髪をしていたので、一見すれば中学生、ヘタをしたら駅で子供切符を買えそうな程に幼く見
えた。そこで僕は再びある思いがよぎった――彼女自身ももしかしたら時が止まっているのではな

いかと。さっきの鳥山明ネタと名前の語調も似ているせいか、頭の中でアラレちゃんが浮かび上が
る。成長しない存在、ロボット。もしかしたらあやめさんも――。
 くだらないことだが、そういう風に想像してしまった。でも、キーンといって腕を伸ばして走ってもそ
んなに違和感はないのだろう。

34 :No.09 ウロボロスの円環公園 3/5 ◇p0g6M/mPCo:07/05/27 21:39:04 ID:xMt+xUox
「いやいや……何でそこでにやけるの?」
 その言葉で僕は我に返った。視線の先のあやめさんは、まるで変質者を観るような侮蔑の視線を
まじまじと送っている。最早紅潮せずを得なかった。
「い、いや、それはあれですよ! そういうヘンなことじゃなくって、まるで時間の止まったような人だ
なとっ」
「何が言いたいのかよく分からないけど、とりあえず君がおかしなこと考えてたっていうのは分かっ
た。私も男の子の妄想なんかに興味ないから、これ以上言及はしないよ」
 そこで僕は深くうなだれる。完全に自己嫌悪に陥った。 
「そんな事よりほら、約束のこれ」
 あやめさんは右ポケットをまさぐり、中からスーパーファミコンのカセットを取り出して僕に渡した。
以前貸したやつだが、普通こういうのはバックかポーチに入れてくるのではないかと思う。
僕はそのことを問うと、彼女は細かいことは気にするな、と言った。
 やはりこの人は昔から変わっていない。そして今度は左のポケットから懐中時計を出した。
それは光沢が無く指針も動いてなかったが、表面は傷一つ無く綺麗なものだった。確か、これは。
「……もしかして、これは一年前あやめさんにあげたやつじゃ」
「ええ。でもここに来た途端なんか電池が切れたのか、壊れちゃったみたい」
 確かに一年前、あやめさんの誕生日プレゼントとしたものである。当時僕からこの公園に呼び出
して、この時計を渡したのだ。なんでわざわざ懐中時計なのか、腕時計でもいいじゃないと
愚痴を零されたが、最終的には微笑んで『ありがとう』と言ってくれた。
 その言葉で彼女に対する何とも言えない思慕が募り、同時に当初の目的となった発言権が
かき消されたのだ。しかし、それは僕に勇気が無かっただけなのだ。
 その想いに、僕自身が大量の水を注ぎ込み――限りなく薄めてしまった。
 本来はいつもの、年上のお姉さんとしての関係を強く望んでいた僕。
 でもその真相は――。
 時計を僕に渡すと、あやめさんはくるっと踵を返し両手を後ろに廻す。微風が、彼女の服を靡いて
いる。その姿のあやめさんは濃霧の中に溶け込んでいるような、妙な錯覚を覚えた。
「ねえ、タカ君はウロボロスって怪物を知ってる?」

35 :No.09 ウロボロスの円環公園 4/5 ◇p0g6M/mPCo:07/05/27 21:39:22 ID:xMt+xUox
 その名前は僕の貸したゲームに出現する召還獣だった筈だ。攻略法のことを聞いているのかと
思いそう問うた。
「うん。確かにこのゲームにも出てくるけど、実際に記述されている本来の意味ということよ」 
 ゲーム系統の作品はよく神話などに影響されているが、それは知らなかった。彼女が言うに、
ウロボロスとは龍の姿をしており、自らの尾を咥え円の形になったその姿が、無限大のシンボルに
なったという。終わりの無い永続性を持ち、不死で完全なる象徴でもあるそうだ。
 これも――僕が思うこの風景に共通している。そして彼女は言った。
「一年前に懐中時計をくれた時、ある事が決まったの。でもそれは未だに対象者が未熟だから思
いとどまっている」
 言ってることがよく分からなかった。彼女は言葉を続ける。
「だから……私がこの場所、この公園で時を止めたのよ」
 この人はゲームのやりすぎで、オカルトやSFにでもハマっているのか。
 だが、その言葉で何所か、心の中の紐が解れたような気もしたのだ。彼女の茫洋とした言動は
昔から分かっており、何か意味があるのかと。
 ウロボロスとの関係に何かあるのかと、そう考えてる内に眼前にはあやめさんがいた。彼女はそ
の大きな黒瞳で僕を見つめているので、自分の顔が再び紅潮していくのを覚えた。
 そして僕に例の懐中時計を渡すと、その柔らかい声で、僕の耳元に呟いた。
「……そろそろ勇気を出しなさい。私も、そんなに長く止めることはできないわ」
 その台詞で、僕の心の紐が一気に引き千切れたような気がした。注がれた水が排水され、
一年前の想いがはっきりと浮かんでくる。ここは現実だ。どのような結果になろうと、今言わなけれ
ば確実に後悔する――そう思った。
 僕はあやめさんの眼を見据える。彼女も、それに答えた。
 声が震えるが、今なら言える。
「僕は好きだから、そ、その、つきあってく……ださい」
 刹那、僕は反射的に眼を逸らしてしまったが、彼女は再び僕を見据える。
「何が好きだって?」 
「あや……めさんだよっ」

36 :No.09 ウロボロスの円環公園 5/5 ◇p0g6M/mPCo:07/05/27 21:39:37 ID:xMt+xUox
 胸の鼓動は激しく轟いているが頭の中は妙に落ち着いている。
 そして恐る恐る彼女の顔を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「ちょっと遅かったけど……うんっ、いいよ」
 そこで僕は大きなため息をついた。ようやく言えた言葉だが、それは最高の舞台とシナリオが用
意されていたからである。僕は深々と頭を下げ、彼女にお礼を言った。
 あやめさんは――僕の気持ちを、以前からわかっていたのだ。だから今日この場所で会う約束を
し、時を止めたという暗示をかけた。僕の気持ちを奮起させるために懐中時計という舞台装置も用
意したのだろう。もしこの結末を彼女が事前に知っていたのなら。
 あやめさん自身が――この空間を支配する、ウロボロスだ。ある意味凄い人である。
 僕はその旨を告げたが彼女は『さあ?』の一言で済ませた。
「ただ偶然性を重ねて君の感情を喚起させ、告白する必然性を高めただけだよ。この世に絶対な
んてものはないし、私もここまで上手くいくとは思わなかったわ」
 その論理的な回答は実験されていたようにも聞こえるが、仕方が無かった。一年前のあの日に
彼女も僕のことを意識していたのだろう。それをわざわざ今日という日のために待ってくれたのだ。
 「でも、その……僕の気持ちに答えてくれたのなら、どうしてあやめさんから告白してくれなかった
んですか?」
 そう言うと、彼女は不快を催した顔を浮かべる。本当によく感情が表に出る人だ。
「全く……女の子に告白させるつもりなのかな、君は。私はね、相手が攻めて攻めて攻めてくれな
いとねっ、答えてあげられないタイプなのよ」
 そんな感じには見えないのだが、そうなのだろう。人の内面なんて見た目だけでは理解出来ない
ものだ。そして彼女は懐中時計に指を差した。見てみると、指針が再び動いていたのだ。
「うわっ……こりゃ、あやめさんマジで時を操れるんですか」
「もちろん。なんたって私はウロボロスだからね! ここまで来て帰れってのも難だし、ウチでゲーム
でもやろうかっ」
 彼女はそう言うと、再び僕の腕を引っ張っていく。今思えば何だかあっけなく終わってしまったよう
な感じがするが、これはこれで――僕等らしいのだろう。

<了>



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