【 超時空天使☆時子さん 】
◆BLOSSdBcO.




27 :No.08 超時空天使☆時子さん 1/5 ◇BLOSSdBcO.:07/05/27 19:33:02 ID:xMt+xUox
 N氏は大学を中退して以来、親の仕送りでアニメとゲームばかりしていた。
 復学する気も就職する気も無いN氏はいわゆるニート、流行の最先端を行く駄目人間である。
 本人も自分の情けなさを自覚してはいた。ただ、諦めているのだ。何をやっても上手くいかないのなら最初から
何もしないでおこう。いつか死ぬまで適当に暇つぶし出来れば良いのだ、と。
 そんなある日の事。
 いつものように明け方までゲームをやっていたN氏は、朝食を買いにコンビニへ出かけた。盗られて困るほどの
物もないが一応しっかり戸締りをした、はずだった。
 しかし豚トロ丼とコーラの入った袋をぶら下げて帰宅したN氏の部屋には、見知らぬ少女が立っていた。
「こんばんわ、私は超時空天使の時子と申します!」
 深々と頭を下げた拍子に長い黒髪が流れ、蛍光灯の青白い光を躍らせる。上げた顔には好奇心の強そうな
丸い瞳を輝かせ、瑞々しく張りのある唇は淡いピンク色で優しい笑みを彩る。ヘッドドレスからフレアスカートの
ワンピースを経て底の厚いエナメルシューズに至るまで、白いフリルの付いた黒い衣装で覆われた少女の全身に
視線を三度往復させた後にN氏は呟く。
「とうとう俺も神の領域に達したか」
 しみじみと感慨深げに頷くN氏に、ゴスロリ少女は苦笑で返す。
「残念ながら、妄想と現実の境界を超越出来るほどの器は無いようですね」
 果たして貶されているのか慰められているのか、とにかくN氏は時子と名乗る少女に疑問を投げかけた。
「妄想でないとしたら、超時空天使の時子さんがどうして僕の部屋に?」
 そう言うと時子は鷹揚に頷いて奇妙な口調で語りだした。
「我々超時空天使は人間界の様々なニーズにお応えする為、日夜努力を積み重ねております。
 今回は、とあるお客様のご要望により『一年』を提供する運びとなりました。つきましては、その『一年』を
貴方様にお譲りいただけないかとお願いに参った次第です」
 なるほど口調は事務的な内容に合わせたものであったか。得心のいったN氏であったが、肝心の内容の方は
さっぱり理解出来ていない。
「『一年』が欲しい、とはどういう意味なんだ?」
「依頼人は余命僅かのご老人でして、貴方の寿命を『一年』その方にお渡しする、という意味です」
 満面の笑顔で説明する時子だが、N氏の疑問はまだ晴れない。
「うーん……『一年』の事は分かった。だけど、どうやって僕の寿命を他人に移したりするんだい?」
 当然の疑問であろう。いかに空想世界に接する時間が現実世界のそれを遥かに凌駕するN氏といえど、鍵を
閉めた部屋に侵入されただけで自称・超時空天使という肩書きを信じる気にはなれない。

28 :No.08 超時空天使☆時子さん 2/5 ◇BLOSSdBcO.:07/05/27 19:33:19 ID:xMt+xUox
 N氏の問いに時子は誇らしげに胸を反らし、銀色の鋲が兎のドクロを描く皮製のバッグから何かを取り出した。
「では信頼関係の構築の為、デモンストレーションを行いますっ!」
 どうやって収納していたのか不思議なほどに長い、赤と黒の細い管が絡み合ったグロテスクな棒でN氏の
目覚まし時計を指す。
「えぇと、今からこの時計の時間を一秒ほどいただきます。秒針に注目しててください」
 そう言って時子は目を瞑って集中し始めた。
 かち、かち、かち、か――ち、かち、かち。
「うおおぅっ!」
 N氏は目の前に突然現れた目覚まし時計に驚きの声をあげた。時子は秒針に注目しろと言ったが、突然ワープ
してきた時計の秒針など確認するのは不可能である。
「完了です。三次元的に太陽を中心として固定したまま一秒飛ばしたので、自転と公転の影響を受けました。
 ちなみに貴方から『一年』を頂く際には三次元的にも安全を保障します。なにせ超時空天使ですから!」
 まだ激しく脈打つ心臓をなだめつつ、N氏は目の当たりにした事を信じられないでいた。手品か何かではないと
言い切れるほど自分の目を信頼してはいないが、しかし。
「……うん、よく分かった。僕の『一年』を譲ろう」
「わぁい! ありがとうございますっ!」
 手品であったとして何の問題があろうか。その場合は寿命が減らないだけだし、本当に一年程度無くなった
ところで構わない。それよりも大事なのは、
「ところで、もちろんタダじゃないよね?」
 そう、たとえ有っても無くても変わらないモノとは言え、代償が貰えるに越した事はない。まぁ自分には価値の
無い一年がいくらになるのかなど、期待するだけ無駄だろうが。
「ええと、仲介手数料を差っ引いて残り五千万円ほどになりますが、よろしいですか?」
「ごっ、五千万?」
「ご不満でしたら依頼人と交渉して参りますが?」
「いやいやいやいや、十分です!」
 値上げ交渉の余地があるにも関わらず、元来小心者のN氏は見たこともないような金額に腰がひけていた。
 N氏の回答に時子は満足げに頷くと、例のホラーな棒をN氏に向ける。
「それでは早速、貴方の『一年』を頂きます。報酬は、依頼人へ届けた後にまた持って参りますね」
「はい。頼みます」

29 :No.08 超時空天使☆時子さん 3/5 ◇BLOSSdBcO.:07/05/27 19:33:35 ID:xMt+xUox
 ――五千万円。それだけあれば、僕も変われるかもしれない。
 心の奥底にいる、今の自分を責める自分。N氏はその葛藤を乗り越える為の何かをずっと待ち望んでいた。
それを自分から探そうとしないのがN氏の欠点ではあるが、これはまさしく、天使がもたらした絶好のチャンスだ。
 時子は再び目を瞑る。強張った真剣な表情も、長い睫毛や筋の通った高い鼻、柔らかそうな唇によって一個の
芸術に昇華しているように感じる。N氏は、本当に久しぶりに、現実世界の物に感動を覚た。
「綺麗だ……」
 N氏の口からそう零れた瞬間、時子の持った棒が強烈な光を放った。
 オーロラのような虹色ではなく、あくまで白く輝きながら薄いヴェールとなった光は優しくN氏を包む。N氏が
驚きに言葉を失っている間にも光は幾重にも重なり、そのままN氏の体に溶け込んだ。
「んっ! くふっ、んあああぁぁっ!」
 皮膚の下を艶かしく撫で回されるような感覚にN氏は嬌声をあげた。背骨の中を痒みに似た痺れが駆け上がり、
脳の奥底で白いスパークを放つ。眼球の裏に温水が満たされたような甘い開放感が溢れ、全身から来た快感は
逆巻く奔流となって全身に襲いかかる。
「――時操申請。超時空天使・時子、本人の了承の下にこの者の時を預かります」
 誰に向けてか時子がそう宣言すると、快感にもだえるN氏の体から勢いよく一筋の光が飛び出し、時子の持つ
棒に吸い込まれた。
「ふうぅ……はぁっ、はぁ、はぁ……」
 強烈な刺激が去ると共に訪れた気だるさにN氏は膝を突く。
 なんとか体を起こして壁にもたれ掛かる頃には、時子も光を棒に吸収し終えて満足げな表情をしていた。
「お疲れ様です。無事にあなたの『一年』をいただきました」
「あ、ああ……」
 疲労困憊のN氏は頷くだけで精一杯。仕事が上手くいったからか嬉しそうな笑顔の時子は、N氏に頭を下げると
「では、私はこれから依頼人の所へ向かいます。次にお会いするのを楽しみに待っていてくださいね!」
 と言って窓から飛び出していった。
 ちなみに窓は閉まったままである。時子はまるで幽霊のようにすり抜けたのだ。
「これは、本当に一年寿命が縮まったらしいな」
 少しばかり後悔もあったが、それ以上に報酬の五千万円が現実味を帯びてきた喜びがある。
 光の替わりに鉛でも入ってきたような、重く鈍い体を引きずってN氏は布団にもぐり込む。
「あと数日で五千万か。何に使おうかなぁ?」
 とりあえず親にプレゼントでもするか、などと考えているうちにN氏の意識はゆっくりと暗闇に落ちていった。

30 :No.08 超時空天使☆時子さん 4/5 ◇BLOSSdBcO.:07/05/27 19:33:59 ID:xMt+xUox

 ――宵闇を曙光が貫く様は、何度見ても美しい。
 頬に深い皺を刻んだ老人は朝日にその険しい顔を照らされながら一人呟いた。
「お待たせいたしました!」
 ベランダに立つ老人の背中に陽気な声がかかる。赤い絨毯の敷き詰められた寝室に、いつの間にやら超時空
天使と名乗る少女が現れていた。老人はさほど驚きもせず、ゆっくりと振り返った。
「やぁ、時子さん。私の寿命は手に入れてきてくれたかい?」
 老人の問いに時子はにっこりと微笑み、バッグから長い棒を取り出した。
「はいっ。貴方の寿命の『一年』、確かにここに」
 山々の向こうから滲み出る光のごとく、暖かく橙に輝く棒。それはN氏の『一年』の価値を表していた。
 老人は慈しむようにそれを見つめると、時子に深々と頭を下げる。
「ありがとう。私は、何もかも君のお陰で上手くいったんだ」
「いえいえ。これも超時空天使の仕事ですから。でも、やっぱり感謝してもらえるのは嬉しいです」
 照れたように言う時子に、老人も嬉しそうに頬を緩めた。
「それでは早速、お渡ししますね。……お返し、と言うべきでしょうか?」
 軽く首を傾げながら老人に棒を向ける時子。溢れ出した光を吸い込んだ老人は、笑いながらベッドの傍らに
置いたアタッシュケースを取り出した。
「ははっ、どちらでも構わんさ。代金はこの中にある。あの駄目人間に届けてやっておくれ」
「はい。確かにお届けいたします!」
 しっかりとケースを抱える時子に老人は不思議そうに尋ねる。
「しかし時子さん、本当に代金は五千万円で良いのかい? 君はタダ働きになってしまうじゃないか」
 時子は小さく首を振ると、空を見上げながら言う。
 黒から青、赤を経て白に至るグラデーション。自然が作り出す偉大な芸術が丸い瞳に映っていた。

31 :No.08 超時空天使☆時子さん 5/5 ◇BLOSSdBcO.:07/05/27 19:34:15 ID:xMt+xUox
「私が超時空天使だと信じていただくため、時計の時間を一秒いただいた事を覚えてらっしゃいますか?
 あの一秒こそ、私への報酬です。――たった一秒でも、とても大切な価値がありますから」
 決して気を使っているのではなく、本当にそう考えているのだろう。時子の横顔から伝わる思いに老人は己の
過去を顧みる。
「私もあの頃は時間の価値などさっぱり分からなかった。だが今ならば時子さんの言うことが分かる。
 まぁ、それもこれも時子さんにもらったチャンス、この『一年』の代金のお陰だがね」
 老人の言葉に時子は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
 かつて駄目人間であったN氏は、自分の寿命と引き換えに手に入れた金を株で数十倍に膨れ上がらせ、その
資金を転用して慈善事業を積極的に行った。人員は積極的にフリーターやニートを採用し、生きる価値や目的を
見失っている若者の更生に努めた。
 そのN氏も年老い、今では知らぬ者の無いほど有名な社会福祉団体の会長に納まっている。
「時は金なり、とはよく言ったものだ。光陰矢の如し、少年老い易く学成り難し、ともな」
 老人は時子の視線の先を追う。
「それを分かっていただけた事が、超時空天使の本望です」
 時子と老人は、次第に白く染まりゆく空の中、消え行く星の儚い光を見つめていた。

                                                  <完>



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