【 ある男、休暇をとる。 】
◆cfUt.QSG/2




17 :No.05 ある男、休暇をとる。 1/1 ◇cfUt.QSG/2:07/05/27 00:51:09 ID:xMt+xUox
 ある男が、休暇をとることにした。
 男はある大手の貿易系会社の重役で、朝は六時半に起床し、七時半に家を出て、八時から始業。そして、六時には仕事を終え、帰宅するのが常であった。
 あまりに型にはまった生活だったために、時間に縛られない自由な生活を、ほんの少しでもいいから送りたいと考えていた。

「ええ、何年ぶりでしょうか。ハワイにでも、ええ」
 いつものように家に帰りテレビをつけると、いまやお昼の顔となった大物芸能人がそんなことを言っていた。何年も前から同じ番組に毎日出演しているために、休みがないのだと以前どこかで言っていた記憶がある。
「ハワイ……か」
 程度の違いこそあるが、その芸能人と男にはいくつかの共通点があった。年齢が近く、毎日決まった時間働き、休みは無い。財産はあり、妻や子供もない。
 つまり、仕事さえなければ自由だという点で、その芸能人と男は同じなのだ。
 男はその芸能人にシンパシーを覚え、そしてあることを決定した。

 一ヶ月後、男は空港に降り立っていた。決断の日から仕事を上手く調整して手に入れた自由という名の幸福。
 ハワイだ。きらきらと輝く海に、広く白い砂浜。全てが魅惑的。
 ホテルのチェックインまでは時間があったので、しばらくあたりを歩き回ることにした。
 ショッピングモールを回り、民芸品店を覗き、アメリカンサイズのハンバーガーを楽しみ、海岸で潮風を浴びた。
 職業柄、外国人とのコミュニケーションが必須なおかげで、言葉の壁には困らない。もっとも、ハワイでは日本語でもある程度は生活できるが。
 夕刻六時。ホテルのカウンターでチェックイン。部屋へと向かう。
 窓からのぞむハワイもやはり美しく、男は満足していた。
 ホテル内の高級レストランで優雅な食事をとり、ふかふかのベッドで旅路の疲れをとった男。忘れないうちにと、モーニングコールを頼むことにした。
「モーニングコールを六時半に頼む」
「かしこまりました」

 受話器を置き、男は気付いた。
「六時半……やはり時間からは逃れられないのか」



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