【 決定的な差 】
◆kxrJVlZ8OE




7 :No.02 決定的な差 1/4 ◇kxrJVlZ8OE:07/05/26 12:36:47 ID:igeIzhVC
 私は姉よ! 弟のくせに生意気! あんたは弟でしょ、姉だからいいのよ
姉の言う事は絶対! 私は姉、あんたは弟、分かる?
 これらの台詞は生まれて十七年間、どれほど聞いたか。
「あんた弟でしょ、だから早く私に醤油を渡しなさい」
 そして今日も、定番の台詞を姉の口から聞く事になった。
 朝っぱらから、騒ぐ姉に付き合うのもめんどうなので醤油の入った瓶を渡す。
姉は勝ち誇った様子で醤油を目玉焼きにかけた。姉を見ているとまるで鏡を見て
いるみたいな錯覚に襲われる。
 似ているのは二卵性双生児だから仕方がない、だが二卵性にしては似すぎている。
背丈は俺の方が五センチ、いや十センチは大きいが、姉と同じ髪型にして女装でもすれば
完璧に姉妹になる。それに姉は胸が無いから、男に変装すれば誰も気付かないだろ、
これは死んでも口に出して言えないけど。
 姉、父、母の順でようやく回ってきた醤油を目玉焼きにかけて、食べようとした時だ。
「ちょっと待って」
「なんだよ」
 正面を見ると、テーブルに体を乗り出した姉は俺の目玉焼きの黄身の部分を箸で割った。
すると割った所から、とろりと半熟の黄身が流れ出す。
「やっぱり半熟じゃない。それ、私の目玉焼きと交換ね」
「いや待て。交換ね、はおかしいだろ。交換しましょ、だろ普通。それに夏海の目玉焼き
食いかけじゃん。交換できるはずないだろ」
「夏海ってなによ、夏海って! お姉様って呼びなさい」
「双子なんだから姉も弟もないだろ。そんなにこだわるなよ」
「でも、私は姉で、夏樹は弟よ。これは一生変わる事のない事実!」
 細めた目で軽く笑いこちらを見下してくる。しかもご丁寧な事に椅子の上に立ち、
名の通り見下してきた。
さすがに我慢の限界に達し「おま」と口にしたところで父が、
「そこまでにしないか二人とも、朝食ぐらい静かにしたらどうだ」
 父の一言で喧嘩に終止符がうたれ、後は何事もなく食事を終えた。俺の目玉焼きが姉の
食いかけと入れ替わっていた以外は。

8 :No.02 決定的な差 2/4 ◇kxrJVlZ8OE:07/05/26 12:37:03 ID:igeIzhVC
 食後、洗面台を先に使うのはいつも姉である。無駄に突っかかって喧嘩をしたくないので
俺が姉に譲っている。こんな心遣いをしてやっても一度たりともお礼など言われていない。
むしろ気付いていない。
 そもそも兄弟の定義はなんだ。先に産まれたから兄、姉、普通の兄弟でなら分かる。だが
双子でこれらを決定するのはどちらが先に産まれたかのほんの少しの差。そんな差で死ぬまで
変わらぬ記号を背負う事になる。
納得がいかない、できるはずねー。よりにもよってなんであの姉なんだ。姉と言うかあの
性格問題なのか、それとも俺がいけないのか俺がもっと柔軟に姉に接する方がいいのか……
駄目だ。それではただの下僕じゃないか。
 俺が考え込んでいる間に姉は洗面所から出てきた。
姉を見るといつもより大人びて何処か気合が入っているように思えた。

 学校から帰宅後、机に向かいノートの字を走らせる。勉強は嫌いな方だが、一生懸命に勉強
するのはある悲願のためだ。姉は学校だろうが何処だろうが同じテンションで俺に絡んでくる
のでできれば一緒にいたくはない。だから中学最後の夏休み、遊ぶ間も惜しんで猛勉強して姉
では受かりそうもない高校に受験して見事合格、そして姉も合格していた。
 結局同じ高校に通い、二年連続同じクラスで席は隣同士、呪いとしか思えない。大学まで同じ
とは思えないが万が一に備え勉強し、大学は絶対に姉とは別の所に行くと決めた。
 だが勉強を妨害するかのように、ガチャガチャとドアノブが回る。
「夏樹、いるんでしょ。ねぇ。夏樹」
 姉の声だ。
「今勉強中だから用があるなら後にしてくれよ」
「いいから、早くドア開けなさいよ!」
 大声、ドアノブの回す金属音、ドアを叩く乾いた音、うるさすぎて集中できん。
ドアを開ければ勉強どころじゃなくなるし、ここは……耐え抜くしかない!

9 :No.02 決定的な差 3/4 ◇kxrJVlZ8OE:07/05/26 12:37:20 ID:igeIzhVC
 持久戦に突入して十分ほど経ったら急に騒音が止んだ。ようやく諦めてくれたか。
 静かになり勉学に勤しもうとした時、ガチャッと開くはずのないドアの音が静けさを取り戻した
部屋に響く。ドアの方に振り返ると姉が立っていた。
「な、なんで開いたんだよ……」
 どうしてドアが開いたか、その答えは姉の右手にあった。
――姉さん、俺の部屋、合鍵なんてあったんですね。
 目にも留まらぬ速さで腕伸び、胸倉を?まれ引き寄せられる。
いつもと同じで俺に八つ当たりかと思いきや、姉の口から予想外の言葉を耳にする。
「なんで私は妹じゃないのよ! 夏樹はなんで弟なの? 私より先に産まれてこいよ馬鹿!
ってかなんで姉は駄目なのよ、そんなんで決めるな馬鹿! あぁもう馬鹿馬鹿!」
「ちょちょ、ちょっとは冷静になれ!」
 胸倉を?まれ、揺らされている俺にはこれを言うのが限界たっだ。
「もういい、寝る!」
 急に胸倉を離され、頭を床にぶつけた。頭がくらくらするし痛い。姉は俺のベッドに寝ている。
静かになればいいか、それに無闇に話しかけてとばちりを喰うのはご免だからな。

「駄目だ。後ろが気になって集中できない」
 寝たと見せかけて不意打ちをしてくるんじゃないのか。後ろに姉が居るだけで不安になってしまう。
本当に寝ているか確かめるためベッドを覗き込むと、
「……姉で悪か」
一瞬驚いたが寝言みたいだ。よほど疲れていたのだろう、よく寝ている。姉もいろいろ大変なのか
もしれないな。
 寝やすいように電気を消して、部屋を出て行った。

10 :No.02 決定的な差 4/4 ◇kxrJVlZ8OE:07/05/26 12:37:36 ID:igeIzhVC
 翌日、姉の様子はかなり変だった。あまりにも大人しい、父も母もかなり心配している。
 学校に着いても様子は変わらず、机に顔を伏せているばかり、さすがに心配で姉の親しい
友達に何か知らないかと聞いたところ、姉が元気のない理由が分かった。
 昨日、三年生の先輩に告白し、そしてふられた。ふられた理由が『姉よりも妹が好きなんだ、
だからごめん』と言われたらしい。姉である事にこだわってきた夏海にとって、好きな人に姉より
も妹なんて言われたら落ち込むだろう。それを聞いた夏海はその先輩を思いっきりぶん殴って帰った
らしい。だから昨日はあんな事を言っていた訳か。
 それにしても、その先輩……グッジョブ! これで姉だの弟だの騒いでいた夏海も少しは静かになる
だろう。でも可哀想でもあるし、慰めの言葉ぐらいはかけてやるか。
「そんなに落ち込むなよ。お前から元気を盗ったら何も残ら――」
「そうよ!」
 急に立ち上がり叫んだ。
「姉が好きな奴を好きになればいいのよ。これなら失敗しなくて済む。夏樹もそう思うでしょ!」
「は?」
「そうと決まれば、姉が好きな奴で私の好みの人を探さないと」
 こいつ、全然こたえてね!
 色々と口走りながら教室を出て行く姉にすごく不安な気持ちを抱き急いで後を追った。



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