【 末期依存症患者 】
◆NODOKAiFx2




411 名前:のどか ◆NODOKAiFx2 :2006/04/30(日) 19:15:43.87 ID:HRc56T2m0
 僕は、この街が好きだ。ずっとこの街で生きていきたい、と子供の頃から思っている。
 実際、小・中学校、高校はこの街にある学校だったし、大学もこの街から通える範囲だった。
学校で行くような遠足や修学旅行は、この街から離れなければならないのでむしろ苦痛でさえあった。
 就職したのはこの街の市役所だ。元々頭の良かった僕は、すんなりと市役所の財務課に入ることができた。
親に依存するつもりなど全く無い僕は、市役所の近くのマンションを借りた。僕が思っているよりもこの街は広く、
政令指定都市としてもかなり大規模な人口を誇っている。そのお陰でマンションの近くにはショッピング・モールや
レストランが多く、マンションから少し歩くだけで魅力的な店を幾つも見つける事が出来る。
 大学時代に知り合った、僕と同じく人生の全てをこの街で過ごしてきた彼女をマンションに招く。
窓から遠くに見えるビルの灯りを眺めつつ、彼女とワイングラスを傾ける。ソファーで隣に座る彼女を抱き寄せ、
ゆっくりと上着のボタンを外していく。ゆっくりとした布ずれの音が部屋を支配している。
彼女の体が露になる頃、彼女の手が僕に伸びる。それは僕を包み、ゆっくりと愛でていく。同時に僕も彼女に手を伸ばし、僕を
求める彼女の内に指を絡ませていく。彼女の声が僕を支配し、欲望のままに彼女を愛していく。
 彼女の内に僕の存在がある時間だけは、この街から離れてもいいと思った。でも、彼女と一緒にこちらの世界に
戻ってきた時にはもう、そんな考えは吹き飛んでいた。
 彼女との関係も七年目に入り、遂に結婚する事となった。式は、この街から車で一時間半程の丘にある教会で執り行われた。
青々と茂る草原と、純白の教会も相まって、日光が本当に眩しい。殆ど雲の無い青空に、寄り添うようにくっつく二つの雲を
見つめながら、彼女と一緒に他愛も無い例え話をした。彼女は行動の一瞬一瞬が眩しく感じられるほど美しく、それと同じほど
可愛らしかった。この街で生きていくのに相応しい女性、そんな考えすら湧き出た。

412 名前:のどか ◆NODOKAiFx2 :2006/04/30(日) 19:16:02.16 ID:HRc56T2m0
 結婚から二年、僕の市役所勤めは五年目に突入した。財務課という職場において、僕の存在はそれを構成する大切なパーツとなった。
財務課の構造を支える役目を終え、市役所から自宅へと続く並木道を部下と歩く。四車線の車が紅白の星を描き、遠くのビルの灯りと
相まって幻想的な雰囲気さえ醸し出す。ああ、この街で生まれてよかった。そう思いながら玄関をくぐる。
 市役所勤めも十年目を迎え、僕は住み慣れたマンションからより広い、そして高い所に位置する高級マンションに引っ越した。
もちろんこの街の、である。そこからは美しい夜景が見え、二人の子供も喜んでいた。長男の方は何か乗り物に乗っているところ、
長女の方はおとぎの国にいるところを想像しているのだろう。妻と笑いあいながらそれを見つめる。
家族を護るために頑張っていこう、と思った。それはつまり、妻と二人の子供に僕に依存することを求めているのだろう。
三人の内で、僕の存在が僕にとってのこの街と同じ様になってくれればいい。生きていく中で、誰かに依存されるというのは
本当はとても幸せな事なのではないか。きっとそうなのだろう。
 十年目、というキリのいい年に市議会議員に立候補した。財務課の皆は応援したし、上司を失う事で全ての部下に昇格のチャンスが
ある事もあってなんとしても当選させる、という気概に満ちていた。
 僕のこの街への愛は、どうやら市民の皆様に伝わったようだ。当選した僕はこれまで以上にこの街に貢献するようになった。
正直な所、勤務時間がさほど変わらなかったので家族にとって僕が市議会議員だろうが財務課の課長だろうがどうでもよかったようだが。
 それからはあっという間だった。二年間の修行を経て、僕は自分の能力を最大限に発揮してこの街に貢献した。
それに報いるように僕は出世していき、遂に市長の椅子の真横まで来た。
 現職の市長の後押しを受けた僕は、可能な限りの愛情をこの街に注いだ。

413 名前:のどか ◆NODOKAiFx2 :2006/04/30(日) 19:16:31.86 ID:HRc56T2m0
 市長になってから、この街が今よりもっと好きになった。家族には勝らないが、殆ど同じ位だと思う。
長男も、長女もこの街にある中学校に通っている。どうやら第二の僕が誕生しそうだ。相変わらず僕に依存してきているが、
結局のところ依存するつもりが無いと自分では思っていた子供の頃の僕となにも変わらなかった。
 思い返せば、辛い時には僕の方が家族に依存していた。家族は僕に依存し、そして気付かぬままに僕も家族に依存していた。
でも、これからはもっと依存する人が増える。依存される人も増える。
 僕は、この街の市長だ。僕の好きな街を、上から見守る役目を授かったのだ。これからは僕が依存される番だ。
でも、辛い時は僕が皆に依存するだろう。そうやって皆で頑張っていきたい。この街に住むものとして。
そういえば、僕の師である前市長からこんな事を言われた。
「ほう、ずっとこの街で。君は、どうやらこの街に依存しているみたいだね。依存症って奴かな、はは。」


 僕は、依存症だ。この街に対する依存症だ。
 でも、それが悪いとは思わない。窓から見えるこの街が生きている証、無数の灯りを見つめているとそう感じる。



BACK−生存と依存◆8vvmZ1F6dQ  |  INDEXへ  |  NEXT−ある学生の持論◆xhmYOOn0Oc