【 前衛芸術家 】
◆sTg068oL4U




348 名前:前衛芸術家(1) ◆sTg068oL4U :2006/04/30(日) 16:37:46.71 ID:+H+zNfF70
男はただ一人、黙々と釘を打ち付ける。
縦横1cmの間隔を正確に保ち、鼠色の五寸釘をびっしりと敷き詰める。
木製の壁は段々釘で満たされたゆく。そうして四方八方全てを釘で一杯にする。

朝の7時から夜の12時まで、食事の時間を除き音は止まない。
気の遠くなるような作業を、ストイックに何万回も繰り返えす。

実際は食事や睡眠の時間も惜しい。納期にはまだまだ余裕がある、
それでも釘打ちを止めたくない、いや止められないのだ。
しかし職業となった今では、過労を恐れるマネージャーが常に自分を監視している。
決まった時間に作業を止めないと、無理矢理現場から出されてしまう。

「釘打ち」のきっかけは些細なことだった。
当時同棲していた彼女との関係は冷え切っていて、
一緒に暮らしていながら、何事にも相手の顔色を窺う様な有様だった

349 名前:前衛芸術家(2) ◆sTg068oL4U :2006/04/30(日) 16:38:32.11 ID:+H+zNfF70
そんなある日、ぼくは部屋で棚を直していた。
そこへ帰ってきた彼女が
「釘を打つ音って楽器みたいね。小気味良くて楽しい」
と笑ったのだ。

何とか気持ちを繋ぎ止めたかった僕は、「釘打ち」に熱中した。
最初は自分で本棚を作ったりと実用も兼ねていたが、
しばらくするとただの板に釘だけを打つようになる。

釘を打つときの音色、リズム、テンポ・・・・・・
最も小気味良く美しく、胸躍る叩き方とは?
これらをくまなく研究し、納得がいくまで何度も釘を叩き潰した。
ホームセンターをハシゴし、いろんな釘とトンカチの組み合わせを試した。
建設中の家の前に何時間も立ちつくしては、日没までその音に聞き入った。

彼女は出ていってしまったが、「釘打ち」を止めることは出来なかった。
彼女が戻ってきてくれるとは思わなかったが、叩いていないと落ち着かない。
ただ、トンカチを振っている間だけ、最後に見た彼女の笑顔が瞼にチラつく。

350 名前:前衛芸術家(最後) ◆sTg068oL4U :2006/04/30(日) 16:39:27.64 ID:+H+zNfF70
数年後、テレビ局の人がやってきて、取材を申し込まれた。
ただ釘を隙間無く打った板と殺風景な部屋をみせただけなのに、
OAをみたら「自称前衛芸術家の貧乏生活」を笑う番組になっていた。

数日後、小綺麗な男が部屋を訪ねてきた。
クリエイターだのコラボだの横文字を並べる男がいうには、
新しく作るカフェの壁一面に、釘を打って欲しいとのことだった。

「釘を打ってお金になるなら」
とその小綺麗な男に付いていって以来、
僕は本当に芸術家と呼ばれる様になった。
映画のセットやらカリスマがプロデュースする新しいお店やら、
自分でも訳の解らぬまま釘を打ち、その度に賞賛された。
釘を打つ音をサンプリングして音楽に使ってくれたミュージシャンもいた。
それは単純に嬉しい。

アイドルから文化人まで、僕のファンを公言する人は多い。
例の小綺麗な男を介して、沢山の人が僕に会いに来る。

でもその中に彼女は居ない。

終わり



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