【 Fantasticholic 】
◆NpabxFt5vI




362 名前:Fantasticholic ◆NpabxFt5vI :2006/04/30(日) 17:07:58.62 ID:SuvFKPxq0
 僕の彼女は依存症だ。
 コーヒー? 酒? タバコ? 麻薬?
 コーヒーは僕も好きだし、酒は僕だって呑むさ。そりゃちょっとはね。タバコは苦手だけど、
まだ僕も彼女も未成年ってトコとか差し引いても、タバコもドラッグも本人が吸いたいなら、いい。でも、違う。
 恋愛?
 願ったり叶ったりだ。何が哀しくて、交際暦六ヶ月も経って、キスのできる雰囲気にもならないんだ。
 左隣に居る彼女にばれない様に、ため息をつこうと右を向く。隣のお姉さん着てる服セクシーだな。
 ごきり、と鈍い音がして、視界がスライドする。あ、よそ見してるのがバレた。
「ほらほら、出てくるよ」
 全然ばれちゃいない。それはそれで僕に関心がないようにも思えた。頚椎が痛い。折れたかもしれない。
頚椎の破片が出てきそうだ。そんなわけはないか。
 ドーム型の球場。ドームで見るなら僕は野球かサッカーだと思うのだけれど、いずれにしても、フィールドの
ど真ん中にピラミッドみたいに鎮座する箱型のステージやら、オベリスクのごとく聳え立つスクリーンやら、
スフィンクスのように四方八方を威嚇するステレオやらがひしめくここでは、出来てせいぜいキャッチボールか
踏み台昇降だ。
 花火が炸裂する音と共に、ステージ全体に煙が撒き散らかされる。一斉に響き渡る異教の祈り――
もとい、黄色い悲鳴。
 ステージ奥からワラワラと踊りだしてくる少年たちは、まるでゴミのように小さく見える。気のせいか。
 不安になって隣を見ると、彼女はもう既にさっきまでの面影はなく、熱心な信者になっていた。
 彼女は一つ上の先輩で、容姿は中の上くらい。仲間内では、彼女の友達の友達(表現がややこしいが、
彼女の友達、三方ユキノは、上の上、ていうか特上)の話題が出てくるときについでに出てくる程度だった。
 ユキノ先輩は、高嶺の花を絵に描いたような人で、落ち着いた雰囲気の誠実そうな、いかにも清楚、な美人だ。
僕もすれ違う度に彼女を視線で追っていた。ユキノ先輩ではなく、『ユキノ先輩の友達』でしかなかったはずの
彼女に惹かれた理由は、分からない。男性アイドル依存症だと知った今となっては。
 それも特定のグループではなく、各グループに一人ずつお気に入りがいる。一人で活動する奴もチェックしてる。
 不機嫌な顔をしているわけにもいかず、楽しんでいる表情だけを貼り付けて、ぼんやりと思っていた。
告白なんてしなけりゃ良かった。こんなものなら、恋人なんて居なくて良かった。一生要らない。
 異教徒の祭りが終わるまでの間、僕は居心地の悪さを隠そうと仮面のような笑顔を浮かべていた。
 妥協して、諦めて、現実を受け入れること。これが、成長すること、強さなんだ、と言い聞かせながら。

363 名前:Fantasticholic ◆NpabxFt5vI :2006/04/30(日) 17:08:21.73 ID:SuvFKPxq0
 ミイラの群れのように、女の子達が帰途につく。男はほとんど見かけない。僕はきっと浮いているだろう。
 異様な宗教的な熱気の中から、冬の夜の冷たい現実的な空気に晒されて、頭が冷えたのか、疑問がわいた。
 どうして僕の彼女は彼氏であるはずの僕を差し置いて、『王子様』に入れ込んでいるのだろう?
 なけなしの勇気を振り絞って告白して、彼女が喜ぶからと彼女の好きな王子様たちの知識も仕入れた。
二人で何処かに出かけたくて、今回のチケットを買った。でも、もう限界かもしれない。
 何かを諦めるしかない。諦めて妥協することでしか、人は大人になれないのだ。
(……あきらめる?)
 高校受験でも諦めて2ランク落とした。身長が低かったから高校では、バスケ部に入るのを諦めた。
肥り易いから、大好きなハンバーガーも諦めた。僕は諦めてばかりいる。せめて恋愛くらいは諦めたくない。
 考え事をしながら、彼女と話して、ゆっくり家路につく。二人とも地元だったから、ここまでは徒歩だった。
 二人でゆっくり歩いていたから、夜道に二人だけになった。
「ねえ」
 彼女が数歩先で振り返った。
「何でゆっくり歩いてるの?」
「君のことを考えてたから」
「アッ、マーイ!」
 嫌いな芸人のネタで即応された。微妙にモノマネが上手いのがまたムカついた。ため息をつく。
「どうして、そんなに楽しそうなんですか?」
「楽しかったから。ナマのアキト君、カッコ良かったよね。良かった」
 泣きたい。そりゃそうだ、たまたま生まれ持ったカッコ良さだけが取り得の奴らだ。そんなものがいいのか?
「その人、ずっと年上の女優と不倫してるらしいですね」
 口をついて出た言葉に目を丸くした先輩を認識してから、自分の言葉を聞いたような気がした。
「どうして、そんな事言うの? 噂なのに」
「本当みたいじゃないですか」
 自分の声の低さに、はっとした。同時に、先輩が皮肉げに笑った。
「はーん……嫉妬してるの?」
 眼差しは哀れみに。彼女の低俗な幻想を、剥ぎ取ってあげなくちゃいけない。
「先輩にとって、僕は何なんですか?」


364 名前:Fantasticholic ◆NpabxFt5vI :2006/04/30(日) 17:08:41.75 ID:SuvFKPxq0
「何かな?」
 はぐらかそうとしてる。足が震えそうで、全身に力を籠めた。
「どうして、僕の告白にオーケーしたんですか」
「君が、そこそこかっこ良くてかわいかったから」
 そこそこ、に悪意を感じる。もういい。言葉で切りあうつもりなら、望むところだった。
「先輩にとって、今日見た男の中で僕は何番目ですか?」
「本気で嫉妬? やめときなよ」
「何でですか」
「敵わないから」
 籠めたばかりの力が肩から抜けた。 
「そりゃ、メルヘンチックな幻想の王子様には敵いませんよ、でも不倫なんかする奴よりは僕のほうが上です」
「何が上なの?」
 嘲笑の仮面の下、声の内側に怒気が聞こえた。今度はこちらが嘲笑する。先輩の浅はかな幻想を。
「誠実さです」
 先輩の表情がぐしゃぐしゃに崩れた。あっけない。嘲笑や冷笑ではなく、本当に滑稽だと言いたそうに、
先輩は声をあげてひとしきり笑った。
「君が? 誠実?」
「ええ、違いますか?」
「違う。君は私が君を見ていないと気が済まないんだ?」
「僕の彼女だからでしょう! 僕が彼氏だからでしょう! 話を逸らさないで下さい!」
「ほら、君は恋愛に幻想を抱いている」
「何処が幻想ですか! 僕は現実を見ている!」
「君は現実なんて見てないよ。だって、私は、君のことが好きだったんだもの」
「今さら嘘をつかないで下さい!」
「本当よ。でも、どいつもこいつも、何時も、私の事をユキノのオマケとしてしか見てないの」
「僕は見てない!」
「私の事をね。君が私に望んだ恋愛は幻想そのもの。ユキノが見せる幻想そのもの!
 ユキノの事を勝手に諦めて、妥協して私を代用品にしようとする君が、君の何処が誠実なの!?」
「……そんなことを言う人だとは思わなかった」



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