【 魔法の箒家 】
◆InwGZIAUcs




498 名前:魔法の箒家 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/05/20(日) 23:32:16.07 ID:n3itsDtj0
 とある晴れた日の事。
 ところは空飛ぶ手作り箒屋さん。
 その店主であるレイシアの元に一件の奇妙な依頼が舞い込んできた。
「とにかく高く飛べる魔法の箒を作って欲しい。ついでに家をくっつけて欲しい」
 高度をどうこうする程度のオプション的な注文であれば、問題無く事は進むはずだったのだが、
どうにもこうにも後半の部分が問題すぎた。
 レイシアは眉間にしわを寄せて、依頼の手紙と小一時間程睨めっこを続している。
「うーん……なんで家が必要なのかしら?」
 詳しい事はもうすぐ来店されるであろう依頼主から聞ける筈だが、
シンシアはどう答えたものかと頭をクルクル回転させていた。
「偉い方の考える事は解らないわ〜」
 あまり緊迫感のない間延びしたレイシアの声。依頼主は地元の大貴族ブルス家であった。
 時間は、過ぎていく。
 するとカランという銅鐘の音がレイシアの耳に届いた。
「い、いらっしゃいませ」
「お邪魔する」
 ぎこちなくお辞儀をするレイシアの前には、一人の小さな少女が立っていた。


 レイシアの家は代々手作りの箒を扱ってきた。
 それこそ、空を飛ぶものから地面を綺麗にするものまで多種多様である。しかし、
やはり人気なのは、免許さえとれば誰でも乗ることの出来る箒。つまりは空飛ぶ魔法の箒だ。
 少し前に亡くなった母親の後を継いだレイシア。少女と言える年齢だが、
大人顔負け腕利きの魔女であり箒職人である。人柄も、多少ドジというか天然ボケだという短所もあるが、
人当たりも良く、近所の評判は極めて良い。むしろ、その天然ボケを見に来るファンすらいる。
とても修行中とは思えない彼女の評判に、離れて暮らす父も舌を巻いた。
 しかし、流石に今回の依頼にはレイシアも驚き困り果ててしまっていた。
 なにせ現れたのが、自分より圧倒的に小さな少女だから無理もない。
 貴族独特の美しい金髪が白と青のドレスによく映えていた。
十数年もすればとても美しい女性になるだろうとレイシアは思った。

499 名前:魔法の箒家2/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/05/20(日) 23:33:55.35 ID:n3itsDtj0
 しばしの沈黙の後、ようやくレイシアが切り出すことができた。
「えーと……この手紙でご依頼されたブルス家……のお嬢様でよろしかったでしょうか?」
「そう。その手紙は私、マリーが出した」
「あ、私はレイシアって言います。えーとご依頼の件なのですが……お家を箒に載せるのですか?」
「うむ」
 満足そうに、どこかわくわくしているマリーを見て、レイシアは苦い笑みを浮かべた。
「私の店は、箒こそ古今東西扱っていますが、流石に家自体は扱ってないのですよ」
「心配はない。家の方はこちらで用意させる」
 その言葉を聞き返そうとした時、大きな地響きと揺れがレイシアの家を襲う。
 まるで巨大な象が十頭程一緒に横に倒れたようである。
「え? え? え?」
 混乱するレイシアをよそに、マリーはドアを開け放った。
 そこにいつものお店の庭の面影はない。
 あるのは高級そうな一軒の家だけだ。
 そう、マリーは言葉通り家を持ってきてしまったのだ。
「あ、あ、あ」
 言葉にならないレイシアは半泣きでその場にしゃがみ込んでしまう。
「さあ遠慮はいらない。報酬もたくさん出そう。この家を空に飛ばして欲しい」
 ニコッと笑う上品な笑顔と裏腹に、とても猪突猛進なお嬢様に、怒鳴る気にもなれなかった。


「すみません」
 レイシアに丁度九十度で頭を下げているのはマリーの執事なる男だった。
 長身で白い髭を生やした紳士という言葉がしっくり当てはまる身なりをしている。
「はい……事情は大体飲み込めました。出来るかどうか解りませんが、精一杯頑張ります!」
 そうやって両手でぐっと握り拳を作って見せた彼女に、その執事は微笑んだ。
 執事の話によると、あのマリーというお嬢様は先日母親を亡くしたらしい。
そのことでずいぶんと鬱ぎ込んでいたのだが、ある日、家付きの箒が欲しいと駄々をこね始めたのだ。
それは無気力になっていた彼女に、何か希望が見えたのかと思い、執事は彼女のお父様と相談して、
マリーに付き合うことにしたのだという……。

500 名前:魔法の箒家3/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/05/20(日) 23:36:31.08 ID:n3itsDtj0
「すみません……では、また後日お伺いいたします」
 執事に連れられて、マリーは帰っていった。
 レイシアは空を見上げて瞳を輝かせる少女を思い出し、箒で飛ぶ家を完成させようと意気込むのであった。


 季節が少しずつ変化していた。
 寒々しい葉の無い木々の道をくぐってやってきたマリーの家も、今は青々とした若葉に囲まれている。
「よ〜し! こんなものかな?」
 レイシアは額に浮かんだ汗を拭う。
 この魔法の箒家は、家の土台に穴を空けてとてもとても長い箒を通して固定し、
空間安定の魔法(家のバランスを保つ魔法)、浮遊の魔法(箒と家を浮かせる魔法)を何重もかけて、
ようやく完成するのである。そしてレイシアは今そのどちらも終わらせ、後はテスト飛行のみを残すのみ。
 そんな時である。マリーがレイシアの元を訪れた。


「箒は出来たか?」
「あとはテストだけですよ〜」
「そうか」
 やはりわくわくしながら家を見つめるマリー。
「それでこの箒はどれくらい高く飛ぶのだ?」
「そうですね。百メートルは上がると思いますよ」
「ん? んーそれは高いのか?」
 尺度をまだ知らないマリーは首を捻る。
「はい!高いですよ」
「そうか」
 マリーは満足そうにそれを見上げた。


 完成の日がやってきた。
 その日は、マリーは当然のこと、例の執事もマリーのお父様もレイシアの庭先へとやってきた。

501 名前:魔法の箒家4/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/05/20(日) 23:39:39.03 ID:n3itsDtj0
 レイシアがその魔法の箒家で飛んでみせると、マリーはとても喜んだ。
「レイシア……ありがとう」
 マリーが照れくさそうに言う。
「いえ、このようなことも箒で出来ることが解っただけでも私はとても有意義な仕事ができたと思っています。
私こそありがとう」
 レイシアは微笑んでそのマリーを見つめ返した。
 するとマリーは、お父様の元へとかけより、もじもじと呟いた。
「お父様……あの家の中に入って下さい」
「なんでだ? マリーよ私は忙しいのだ……これだけのためにいられる時間はもうあと僅かしかないのだよ?」
「そんな……でも、でもあれに乗ってお母様に会いに行くのですよ!」
「……すまない。時間だ。また夜の食事の時に会おうマリー」
 お父様はそう言い残しその場を去ってしまった。
 マリーの瞳は揺れ動き、「お嬢様……」と駆け寄る執事を振り切って彼女は走り出してしまった。
 その先には魔法の箒家。彼女は突きだした箒の柄に乗って、空中に浮いたのである。
 何もかもが唐突で、誰一人その場を動けなかった。
 マリーを乗せた魔法の箒家はどんどん上昇していく。
 箒自体は誰でも乗って浮くことができるが、完全に扱うには免許が必要であり、
その免許を習得する過程を行っていないどころか、その年齢にまで達していないマリーが乗ること、
それはそのまま墜落を意味していた。
 米粒程マリーの姿が小さくなった頃、それを追いかける一つの影が走った。
 それは、箒に跨ったレイシアであった。 


「マリーちゃん!」
 嵐のような風の抵抗がレイシアの長い髪を容赦なく乱れさせていた。
 あっという間の出来事で、マリーは箒の上で気を失っているようだ。
 バランスは崩れ、マリーの体は宙へと放り出される。
 レイシアは懸命にその手を伸ばし、マリーの腕を掴んだ。が、バランスが上手くとれずレイシアも
自由落下の速度で落ちていく。しかし、なんとかレイシアはバランスを保とうと藻掻いた。
 そして地面が間近になった頃、そこには木の葉の用に舞い落ちる二人の姿があった。

502 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日:2007/05/20(日) 23:42:36.66 ID:n3itsDtj0
「……わ、わたしは母様に会いたがった。お本で、死んだ人はお星様になるって……
だから、お父様と一緒にお母様に会いにいき、いきたかったの」
 空中で暴走を始めた魔法の箒家を見て、慌てて戻ってきたお父様に泣きじゃくるマリー。
「そうか……すまなかった」
 お父様はそれだけ言うと、黙ってマリーを抱きしめた。


 次の日。
「ごめんなさい……レイシア」
 だいぶ落ち着いたマリーがレイシアの元を訪れた。
「んーん……それよりも私、私とそっくりな事したマリーちゃん見てびっくりしちゃった」
「私と?」
「うん。私も昔お母様が亡くなった時、あなたみたいに空へと登っていこうとしたの……沢山勉強してね」
 レイシアがその若さで腕利きと評判な理由はここにある。
「それで?」
「お父様に怒られちゃった」
「私もあの後怒られちゃった」
 二人は笑った。それはまるで中の良い姉妹のように……。


終わり



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