【 テンマ 】
◆/7C0zzoEsE




483 名前:テンマ (1/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/05/20(日) 23:18:28.04 ID:qFVkO6yW0
 いつもと変わらず強い風が吹き荒れる。
僕の肩まで程ある髪がさらっと流れた。
 何気なしに谷底を覗き込むと背筋が凍って冷や汗が流れた。
 風の谷に住んでいて高所恐怖症なんて僕以外に聞いたことが無い。
普段地に足が着いている時はまだ安心するけど、
自分の体が高い位置にあると実感すると、もう駄目。
 鳥に乗って空を飛ぶなんて、そんな当たり前の事すら僕には不可能。
ニ分ほど空中遊泳を楽しめば意識もぶっ飛ぶだろう。

 家に帰ると、大鷹のカンクロウが僕の頬を舐めて出迎えてくれた。
爺ちゃんの自慢の乗り物だ、僕にもひどく懐いている。
 だけど、僕はその立派な背中に跨ることも出来ない。
「……ごめんね」
 カンクロウの喉を撫でてやると、ゴロゴロと猫撫で声をあげた。
「なんだか、カンクロウ元気ないかな? 具合でも悪いのか?」
 カンクロウは、何ともないように大きな両目で僕を見つめた。
まあいいや、勉強でもしよう。鳥にも乗れなくて、頭まで悪いとここでは生きていけない。
「拓也! この小心者が!」
 ドアを蹴破るような音が聞こえた。
年の癖にあまりに元気な爺ちゃんは、僕の首根っこをむんずと掴むと、
また風の吹き荒れる外へ引っ張りだした。
「カンクロウ、来い! 今日こそ拓也を空に慣らしてやるぞ」
 僕は半分涙目で彼に従うままだった。
 寒さが肌に沁みる。
手前は崖。およそ八メートルほど幅の向こうに道があった。
「勇気の谷……谷に住むものならここを飛び越えれんでどうする。
下の世界に通じる道はここしかない。この谷から出たかったら嫌でも飛び越えるのだな
そもそも、こんな初心者コース小学生でも越えて当たり前で
わしも二歳の頃にカンクロウに乗って飛び越えて周りを驚かせたものじゃ。それにわしは云々……」

484 名前:テンマ (2/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/05/20(日) 23:20:12.74 ID:qFVkO6yW0
爺ちゃんが何か、延々と語っていたが、
聞いているような余裕は無かった。
 膝ががくがくと笑っている。爺ちゃんが話しに夢中になってる今のうちに……。
 身を翻して走り出した。が、服の裾をひしと掴まれていた。
「逃がさんわい、ほれ飛んで来いかい!」
 そのままカンクロウに跨らせた。
「ほれ、目を瞑ってろ。一瞬じゃ」
 無理! ひゅっと風が頬に当たった。足が宙を浮いている。
「爺ちゃん嫌だ! 無理!」
 カンクロウの背中から飛び出した。が、それはちょうど渡っている最中だった訳で。
僕は叫び声もろとも谷底に吸い込まれていった。
「やりおったわい……まあ、上昇気流で死ぬことは無いじゃろうが」
  爺ちゃんのカンクロウを呼び寄せる口笛が微かに聞こえた。

 どれだけの間、気絶していたのだろうか。
草のクッションに寝転がっていた。体の節々が痛む。
 見渡す限り、周りはただの森。
「爺ちゃんが来るまで待ってるしかないのか……」
 もう嫌だな、空を飛ぶなんて。
僕は身震いした。
 森の中には見たことも無いような生き物が住んでいる、
と前に同輩が僕を脅していたから。
――ブルルッ。

 何か地を這うような、くぐもった声が耳に聞こえた。酷く重低音で、今まで聞いたことのない声。
その声に向かって歩き出した。
なんだか見つけなければいけないような、そんな変な気がする。

485 名前:テンマ (3/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/05/20(日) 23:21:32.46 ID:qFVkO6yW0
 草を掻き分けた。
そこには僕の体ほどの化け物……いや恐ろしくはないが、へんな生き物が震えていた。
 翼も無くて、嘴もない。声も低いし、毛の色は白。そして四本足。
「何だろ、こいつ……」
 整った毛並みに触れると、そいつは怯えながらも撫でられていた。
気味の悪さを越えると、逆に美しい。

「おお、拓也無事じゃったか、探したぞい」
「ひどいよ、爺ちゃん。まあいいや、なあこいつ何?」
 爺ちゃんは少しそいつを眺めたが。首を捻る。
「見たこと無いのお。下の世界から来た上ってきた奴かもしれんわ。
長老なら知ってるだろう。しかも怪我しとるじゃないか、運んでやろう」

 カンクロウは僕と爺ちゃんと、そして変な生き物を抱いて飛び上がった。
とんでもない重さなのに、軽々しく。谷の風で鍛えられ肥大した両の翼を羽ばたかせて。
 しかし、いつもよりもずっと疲労が溜まっているようで、なんだか少し不安になった。

 長老の家は、谷の村の外れにある。
「それで、長老様こいつはなんなのです?」
「ふむ……これは、【ウマ】じゃな」
 初めて聞く種類だった。
「ウマ……という名の鳥なのですか?」
「いや、ウマはウマじゃ。お主は若いから知らぬだろうが、
この世にいる動物は人間と鳥だけでは無いのじゃぞ」
「変な名前」
 僕はクスッと笑った。
「これも何かの縁じゃ。大鳥に負けぬ良い乗り物になるやも知れん。
生き物との出会い、これもまた縁。拓也、しっかりと面倒みるのじゃぞ」
「はい!」

486 名前:テンマ (4/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/05/20(日) 23:22:13.80 ID:qFVkO6yW0
 ウマの怪我は大したことが無くてあっという間に元気になった。
僕に誰よりも懐き、言う事なら何でも聞いてくれる。
 僕がウマに跨っても、こいつは苦手な大空に飛び上がったりしない。
何よりも速く地面を走るのだ。しかし、そんな様子を見て馬鹿にする同輩も多かった。
「やあ、拓也。鳥に乗れないからってそんな変な生き物にのって満足かい?」
僕には自慢の乗り物で、とても満足だった。

 そんな中、谷全体にある異変が起こり始めていた。

――初めの一頭が倒れてからはすぐだった。
人間達には気付かない水平線で、鳥たちの間で疫病が着実に蝕んでいたのだ。
 まともに空を飛べる鳥が、この谷のどこにもいなくなってしまった。それは谷の人間達には由々しき事態だった。
「爺ちゃん! カンクロウが!」
「もう駄目じゃ……ちゃんと看取ってやらねば……」
「そんな! ……何か方法は無いの?」

 爺ちゃんはうな垂れていた。
「特効薬は下の国にしか無いじゃろう……。
だが鳥が無くて、乗り物なしで向こうに行くのなんぞ不可能じゃ」
 皆、絶望に襲われた顔で青ざめていた。
 向こうの国と交流が無く、鳥もいないと村人は干からびていくだけ。

 僕は、長年連れ添ってくれたカンクロウが苦しんで死んでいく姿を、
ただ眺めているだけではたまられなかった。
「行こう、ウマ」
 僕は跨って、風を切るように走り出す。それに気付く元気がある者はどこにもいなかった

487 名前:テンマ (5/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/05/20(日) 23:25:20.73 ID:qFVkO6yW0
 村を越える道には。
「この勇気の谷を越えないと、向こうには行けない」
 僕は、ウマと目を合わせた。
 飛べる? 
ウマはヒンと頼もしげに鼻を鳴らす。
 十歩ほど助走距離をとって走り出す。僕はウマの背中を掴んだ。
三歩、二歩……一歩。大きく足を踏み出して、
高く、高く――飛んだ。


 僕は強く瞑っていた目を見開いた。
風が強く僕の顔にぶつかる。でも怖くない。
ウマに乗っていれば、怖くない。
 初めて自分の生まれ育ってきた、谷の全体像を見た。
ほんの一瞬だったけど。やっぱりここでウマと住んでいたいな。

 ウマの体は自分よりもずっと大きい幅を飛び越えて、
向こう岸に着地した。
 なによりも、なによりも速く飛んだ。
 
「お前は、僕の自慢の乗りも――……いや、家族だ」
 僕は優しくウマの首に抱きついた。
ウマはまだ興奮して、鼻息を荒く鳴らしている。
「さあ、行こう」
 下の世界の明かりが遠くでチカチカと光っているのが見えた。

 後に僕らは、風の谷に住む空を走る勇者として有名になるが、
そんなことはどうでも良く、僕は空を飛べて嬉しかった。           
                                (了)



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