【 遺書的妄言独白 】
◆/.7eWSlLFk




471 名前:遺書的妄言独白 ◆/.7eWSlLFk 投稿日:2007/05/20(日) 23:04:09.28 ID:nJP32Lem0
 キチガイと、言われるのです。何をしても、キチガイと言われるのです。
昔読んだ小説で、チャカポコチャカポコと、そんな物がありました。――キチガイと言われたのです。
 僕は、思います。僕自身は決してキチガイではないと、そう思います。
今こうして、この文章を書いている時も、ええそうです、僕はキチガイではありません。
 認めましょう、確かにそうです。僕は、ほんの少し他の人達と違う所があるようです。けれども、仕方のない事なのです。
僕が昼間からお酒を飲むのも、彼等から見たら怪しげなお薬を使用しているのも、全ては仕組まれたからなのです。
良いですか? 僕は、大変な恐怖を感じます。街に出た時に、人々が僕をキチガイと罵っているのが、解ってしまうからです。
 伸びきった前髪が、僕の目を覆っています。僕が、精一杯の思いで作り出した、彼等から身を守る為に作り出した防壁です。
けれども所詮、紙の様な物です、彼等の前には無意味なのです。瞳が、僕の瞳が犯される。
 気持ちが悪いと、彼等は笑います。僕をキチガイだと、笑っています。そうすると、止まらないのです。
僕自身が、僕の恥を思い出してしまうのです。小学校の頃の恥、中学校の頃の恥、高校の頃の恥。
そういった物が、僕の中に厳重に秘めていた物が、溢れ出て止まないのです。彼等は、まだ笑っています。
僕の恥を、僕の隠している恥を、知られたくない思いを見透かして、彼等は笑うのです。彼等は、僕の恥を楽しんでいるのです。
 もうここまで話せば、解るでしょう? 僕はお酒を飲まされるのです、薬を使わされるのです。
全ては、彼等が僕を犯すから。何かを使わなければ、僕は死にたくないから、その痛みに耐えられないから。
それとも、僕は生きていてはいけないのですか?



472 名前:遺書的妄言独白 ◆/.7eWSlLFk 投稿日:2007/05/20(日) 23:05:17.55 ID:nJP32Lem0
 今日もまた、キチガイと言われました。街を歩いていたら、お巡りさんに言われたのです。
二人組のお巡りさんが、何やら僕の事を犯罪者と勘違いしたのか、執拗に個人情報を尋ねられました。
僕はその時お酒を飲んでいたので、若干様子が妙だったのかも知れません。
瞳が、瞳が、彼等の瞳は僕の事を、まるで汚らしい何かの様に見つめていました。
 黒く、深い、不気味な瞳でした。西洋人形のガラス玉の目、まず感じたのはそれでした。
何も言わず僕を観察するような、不気味な目だったのです。僕はお巡りさんから逃げようとしました。
 だってそうでしょう。本当に、怖かったのです。
まるで自分がおとぎの国のアリスになった様で、きっと彼等は僕の事を捕まえて、非道い拷問をすると思ったのです。
 けれども、失敗しました。逃げようとした僕の、その肩に、全く痛くない、むしろ柔らかかったと思います。
お巡りさんの手でした。その感触に、僕は何かを勘違いしていたのだと知り、すみませんでした、と謝りました。
お巡りさんは訝しげな表情で、何やら二人で顔を見合わせていました。
 丁度その時、手持ちぶさたになった僕は、何と無しにお巡りさんの瞳を見たのです。
先程のガラス玉の目を、もう一度、見たのです。だって、あんなに優しいお巡りさんが、あんな目をしている訳が無いですから。
 そして、僕は気付きました。
あの目は、僕が怯えたあの瞳は、お巡りさんの優しい瞳に映った、他でもない僕自身の瞳だったのです。
僕は人間ではなく、何かの汚物であると、初めて気が付いたのです。そうです、僕は、僕の母親の汚物でした。
 僕は、間違いなくキチガイだったのです。
 当たり前の事でした。そうでなきゃ昼間から酒なんて飲む訳ないし、妙なクスリに頼る事だって有り得ないんだから。
もっと早くに、気が付くべきだった。



473 名前:遺書的妄言独白 ◆/.7eWSlLFk 投稿日:2007/05/20(日) 23:06:26.35 ID:nJP32Lem0
 勘違いしないで欲しいんだけど、僕は別に悲しい訳じゃない。
むしろ、とても晴れ晴れとした気分で、そうだな、喩えるなら冬の明け空にも似た、とても綺麗な心の色をしている。
柑橘系のガムを噛んだ時に、ふと口の中に起こる爽やかな気分、そんな物よりも遙かに素晴らしい、どこまでも突き抜けていけそうな気分なんだ。
 ロケットが大気圏を突破するような疾走感、頬を撫でる風は激しく、それは大荒れの台風の様に、僕の体内の真っ黒な汚れを吹き飛ばし、洗い流す。
こんな文章を書いている今も頬が緩んで仕方ない、と同時に、足の震えが止まらない。早く、早く行かなきゃ。手元にある車のキーが、僕の目から離れない。
 しっかりとイメージ出来る。
キーを回す、エンジンの音はいつもと変わらず重たげで、けれども今の僕にはその音が、何かとてつもない可能性を秘めた物に感じる。
早く走り出そうと、僕に語りかけている。何も考えず、ハンドルすらも手放しで、長く、長く、どこまでも続く一本道を、ペダルを思い切り踏みつけて駆け抜ける。
やがて、車に羽根が生える、突然ふわりと浮き上がる。嵐のような暴風が、僕の全身を掻き回す。
僕の視界は真っ白になって、その中に幾つも浮かぶ、小さな光の玉。ミドリ、アカ、アオ、ピンク、シルバー、透明な、シャボン玉みたいな、光の玉。
僕は、そして包まれる。何よりも柔らかな、その存在に包まれる。次の瞬間、玉がはじける、閃光、音のない、閃光。そして、僕は、僕はどうなるのだろう。
 妄想は、そろそろ止めにする。だって、キーも車も、そこにあるのだから、実際に試した方が良い。
 それじゃあ皆様、グッド・バイ。




                              了



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