【 選択 】
◆p0g6M/mPCo




442 名前:【品評会作品】選択(1/4) ◆p0g6M/mPCo 投稿日:2007/05/20(日) 22:40:09.27 ID:lcwxBYX00
 陽が沈み空が蒼黒に染まってゆき人々の影法師が一日の内に一番ぼんやりと映りだす、
そんな逢魔刻の事であった。
 某所。薄暗くぼろぼろと朽ちかけた建物は、普通の人から見れば怨念や怨恨、
忌々しい怨霊共が吹き黙っている、まるで地獄への入り口のような場所であろう。
 そう思っても仕方が無い――そこは重罪を犯した者が辿り着く最後の境地、処刑場なのだから。
 そこで私は死んだのだ。首を吊ったとでもいうのか、首の骨を折り絶命したと形容した方が明確
であろう。縄を首に括り、そこから絞首台から落下し、その強い衝撃によって圧迫された己の首は
頚椎に損傷を起こし、そこで私は絶命した。
 正に刹那であった。苦しみも何も無い、いわゆる即死だ。
 だが屍となった後でも我が魂、いやこれは精神とでも言うべきか。身体は勿論動いてはくれない。
ただ、意識ははっきりとしていた。五感が全て機能しなくなった私の身体は、傍から観れば縄括っ
た無様なマリオネットのようであった。
 その後に数人の刑務官がやってきて、私の遺骸を黒いビニールで包んだ。同時に私の視界も溶
暗としていき、眼前は黒いビニールから僅かに差し込む光だけが見える。
 動けぬ私の精神はどうなるのだろうか。肉体が火葬されれば意識は消えてゆくのだろうかと、
そんなことを思考している時であった。
 何やらガラガラと音を立てて近寄る者がいる。ビニールの先は赤黒く光っているが、
これは火が燃え上がっているのではないか?
 どうやら死刑囚は迅速に火葬されるらしいと、ただ傍観としている私は思った。 

443 名前:【品評会作品】選択(2/4) ◆p0g6M/mPCo 投稿日:2007/05/20(日) 22:41:18.16 ID:lcwxBYX00
 突如ビニールが引き裂かれた。
 そこには紅蓮に燃え盛る炎を纏った大八車と、それを牽いている主。その主は口は裂けており、
攣り上がった眼付きで私を睨んでいた。その恐ろしい容貌は正しく人型をした化猫であり、怪異なる
存在である。心の中で私はある直感を示した。
 ――私を何処へ連れて行く? お前は何者だ。
「汝の逝く先は地獄だ。そして我は地獄に住まう獄卒の悪鬼羅刹である」
 一瞬これは夢でありたいと思ったが、死刑宣告されたあの日から私の自由は完全に絶たれてい
る。そこには夢も糞も無く、そこで既に私は死んでいたのだ。
 ただ私の精神がこの世から離れ、今はあの世との境目にいるだけである。 
 化猫は言葉を続けた。
「只今から汝を地獄へ誘おう。逝く道は常に悪路だ、覚悟を決めよ」
 そう言うと化猫は私の死骸を燃えている大八車に乗せた。不思議とその骸は燃えることは無く、
周りはぱちぱちと音を立てるだけであった。
 処刑場から離れると化猫は空を飛んだ――いや、飛んだというよりも空を歩いていると言った方
がいいだろう。空は既に暗くなっており、星一つ出ていない暗澹とした夜であった。
「……お前の名前を教えてくれ。知っているかもしれない」
 私はのそのそと車を牽く化猫に聞いた。
「我に名は無い。人間という者は執拗な程に名に拘るが、汝らには火車と呼ばれている」
 火車。それは確かに奴の言う通り、火の車を牽く地獄の鬼である。また妖怪としても確認されて
おりこの化猫の姿は、昔見た画図百鬼夜行に載っていた火車に酷似している。
 今度は奴の方から問うてきた。
「否、その様な事など論ずる必要は無い。汝には先述すべき事があろう」

444 名前:【品評会作品】選択(3/4) ◆p0g6M/mPCo 投稿日:2007/05/20(日) 22:42:07.99 ID:lcwxBYX00
 地獄逝きのことであろうか――私はそう言った。どうやらその通りだったらしい。
 私の犯した罪。それは帝に牙を向け謀反を企てるという、大逆罪であった。
 アナキズムを夢見て、非戦論を掲げた平和主義を目的とした集団に私は存在してた。
 そして帝を爆殺するという計画が発端したが、結局それは曖昧のまま実行されずに終わり、
我々は政府に捕らえられた。
 そして言い渡された判決は全員死刑という、象が蟻を踏み潰すような結末となった。
 強大な国家に刃向えばマイノリティの理想論など木っ端微塵に粉砕される。
 判決が決定した後、身を持ってそれを知った。
 私は殺人など行っていない。唯一犯した大逆罪という罰が余りにも重かったのだ。
「人間の理など我には知れたこと。要は汝は誰も殺めていないのだ。よって地獄逝きというのは
我の義に反する……なれば汝に選択を与えるとしよう」
 鬼が義を持つというのは可笑しな話だが、要はあの世とこの世の倫理観が違うのだろう。
太古から存在する罪の軽重のみで、未だにあの世は構成されているのだ。
 後に発生され、人々が作り上げた罪というのに奴は対応出来ていないということか。
 火車は話を続けた。
「このまま地獄へ逝くか、死骸を四方八方にばら撒きその醜態を晒すか」
「地獄へ逝くのは御免だ。私の骸を撒くがいい」
「……故にその魂は地獄へ導かれることは無く、下界の弔いによって魂もろとも滅するか、
果ては野晒しとなりて永遠に佇むことになるのか。これは運のみで決まることだ。
汝が望む結末には成らぬかもしれん。それでもいいか」
 とにかく町中に死骸をばら撒けばいいこと。誰かが弔ってくれる筈だ。
 私は早々に了承を出した。火車は近くの町に私の骸を撒くと、何もせずともその身体は四肢が
切断され、腸が飛び散っていった。その光景は無残なものであったが、
一時の恥としてここは堪えることにした。
 骸は地に落ち、街道を歩く人々は悲鳴を上げる。そして人々が集まり、彼らは私の骸をまるで
虫けら観る様子であった。

445 名前:【品評会作品】選択(4/4) ◆p0g6M/mPCo 投稿日:2007/05/20(日) 22:43:19.28 ID:lcwxBYX00
 暫くすると警官隊が来て骸を回収すると、再び私は黒いビニールに包まれた。
 視界が明るくなる。光の正体は警官の持つ懐中電灯だった。
 そこで私は周りを確かめる。そこは残飯や畜生の死骸が捨てられたゴミ捨て場だった。
 私は、畜生と同類だったいうのか?
 ふざけるな――と心の中で思ったが、勿論警官どもには分からない。
 ここで永遠の時を過ごす。
 そんなことは有り得ぬ。
 
 そう思う内に数日が経った。
 死骸を鴉が貪り喰い、周りに蝿がたかっている。
 最早私には耐え切れぬ情景であった。
 これでは――この場所こそが地獄ではないか。
 誰も彼もに忘れ去られ、永遠にこの場所へ佇むというのか?
 私は誰も殺してはいない。ただ帝に剣を突き立てただけだというのに。

 数ヶ月が経った。
 私の身体は、もう骨と化している。
 線香の一本だけでもいいんだ。
 誰か私の魂を消してくれ。
 誰か私を――

<了>



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