【 魔法の箒 】
◆aQgYMMWzC6




368 名前:【品評会作品】魔法の箒(1/4) ◆aQgYMMWzC6 投稿日:2007/05/20(日) 20:51:20.05 ID:/URy++a70
「今朝、教会の集会で聖書を読んでる時お告げがあった。『汝大空の覇者となり巨悪を打ち倒すべし』と」
「それは夢だ、教会で寝る癖は直した方がいい」
 太陽が沈み、月の光と虫の声が夜の闇を優しく照らし街の家から暖かな明かりが漏れ、
その中で一日を終えた人々が家族で団欒する、そんな時間
 大柄な男と黒髪の少女が小さな木製のテーブルを挟んで何やら話していた。
「ハァ、お前に信じろというのは無理だったか、まあいい」
 男は大げさにため息をつくと、少女が男に出したお茶を飲み干した。
「大空の覇者を名乗るには、大空の覇者にふさわしい何か空飛ぶ乗り物が必要だ。
魔女のお前なら何か心当たりがあると思ってな」
 どうやら黒髪の少女は魔女らしい。流れるような長い髪を白い紐で一本に括っている
全身を覆う黒いローブと対照的な白砂のような肌が特徴などこか冷たい雰囲気をもつ少女だ。
男の話は聞いているようだが、視線はなにやら常人にはとても理解できないような文字が羅列された本へ向いている。
「飛空挺でも乗ればいい」
 少女が関心なさそうに答える。本をめくるたびに揺れる黒髪がなんともかわいらしい。
「あんな高いもの乗れるか。俺の懐具合を知らんとはお前の知識もたかが知れてるな」
 少女は、魔道の探求とお前の懐具合になんの関係がある、と心の中で突っ込みつつページをめくる。

369 名前:【品評会作品】魔法の箒(1/4) ◆aQgYMMWzC6 投稿日:2007/05/20(日) 20:52:46.58 ID:/URy++a70
「気球はどうだ?あれなら飛空挺より安くつく」
「あんなもんでプカプカ浮いている大空の覇者がどこにいる」
 男はわかってねぇなー、といいながら勝手に少女の分の茶を飲み干した。
「お前の持っている怪しげな道具の中に何かないのか?
 魔法の箒とか空飛ぶ絨毯とか身に着ければ大空を舞えるマント的なものとか」
 少女は書から目を離し、数秒虚空を見つめた後
「箒なら私の寝室に立て掛けてあるな」
とまるで今思い出したように口に出した。
「それを早く言え、借りてくぞ」
 と、男はうれしそうに立ち上がろうとしたが、少女に手で制された。
 男はしぶしぶ席につく。
「ただで貸すわけにはいかん。魔女の持ち物を貸すのだ、それなりの見返りを貰う」
 魔女にただでものを頼めるわけがない、なんらかの代償が必要なのはこの世界の常識だ。
男もそこら辺の常識はわかっているらしく数秒考えた後あっさり認めた。
「見返りか……いいだろう、大空の覇者は寛大だ、要求を言え」
 だれが『大空の覇者』だ、と少女は内心苦笑しつつ、男に何を願うか考えた。
交換条件を持ち出したものの、男に何を頼むか考えてなかったらしい。
 魔女仲間から鉄仮面と称されるほど普段無表情なこの少女には珍しく、眉間に皺をよせて考えている。
 今一番欲しいものは――

370 名前:【品評会作品】魔法の箒(3/3) ◆aQgYMMWzC6 投稿日:2007/05/20(日) 20:54:32.55 ID:/URy++a70
「お前の魂をも『却下』だめか……」
 またしばらく考え込んだ後
「明日、隣の森へ薬草摘みに行くからその荷物持ちを頼む」
 最初の願いからみて、もっと吹っ掛けられると身構えてた男にとっては少々拍子抜けだった。
「お、おう、そのくらいお安い御用だ。なんせ俺は大空の覇者だからな」
「わっはっはっは」と内心、少女になにを要求されるかびびってたのをごまかすように大笑いする
 少女も男が笑ってるのを見ておかしくなったのか、普段の鉄仮面が嘘のように微笑んだ。
「ふふ、そうだな」
 微笑んだその顔は天使のようにかわいらしかったが、男が笑いを止め、珍しそうに眺めているのに
 気づくとすぐに普段の鉄仮面に戻り、照れ隠しのように書に視線を戻した。
 (流れ星みたいな奴だな)
「明日の朝、私の家まで来い。朝食と薬ぐらいはご馳走してやる」
「薬?まあいい、明日大空の覇者となった俺の姿を楽しみにしてるんだな」
「わかったからさっさと行け、今夜は忙しい。私の寝室は三階にある。寝室の窓から飛ぶがいい」
 少女は視線を書に固定したままシッシッとネコを追い払うように手をふった
「おう、ではまた明日な」
 ドタドタと男が階段を駆け上がる音が聞こえる。
 数秒後、寝室にたどりついたのか廊下を駆け上がる音がピタリと止んだ。
「やれやれ、やっと静かになったか」
 どうやら少女も書を読み終えたらしい。目の付け根を指でほぐし背筋をのばす。
「ただの箒一本で明日の荷物もちが手に入るとは、我ながらいい契約をした」
 あの男なら騙されたと知っても約束を違えることはないだろう。そもそも騙してないし。
 さて、そろそろ三階から落ちてくる時間だろうし薬箱の用意をせんとな。
「フフ、明日が楽しみだ」
 パタンと本を閉じたと同時に、男の叫び声が聞こえた。

(完)



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