339 名前:【品評会】お江戸カウボーイ1/5 ◆bvsM5fWeV. 投稿日:2007/05/20(日) 19:22:24.64 ID:DjuVFOgS0
なんてこった、ここはどこだ。そう思ってかれこれ何日も経つが、その思いは今も変わらない。ここはどこだ?
ああ、俺は一体どうしたと言うのだろう――
あの夜、俺はいつものバーで保安官のスコットと一杯やって、その後ほろ酔い気分でそのままベッドに入った。
ここまではいつもと同じだ。
夜中、外がやけに騒がしいので目が覚めた。こんな時間に騒ぎが起きるのは大抵火事かギャングか痴話喧嘩だ。要する
に日常茶飯事の出来事って訳さ。ただ今回はちょっと痴話喧嘩にしては騒がしすぎると思って拳銃を装備して外に飛び出
たんだ。
だが俺が見たのはならず者でも火事でも嫉妬に狂った女でもない。そんなの比べ物にならない、もっと恐ろしい物だっ
た。何、さっさと言えって? ではお望み通りもったいぶらずに、簡単に言おう。
信じて貰えないかもしれないが、銀色の円盤が街を破壊していたんだ。
実に形容しがたい色の光線が円盤から発射され、その光線に触れた建物は砂のようにぼろぼろと崩れていった。
ああ。その時俺は悟ったね。こんな豆鉄砲じゃ勝てっこないって。
だから俺はすぐさまジョニーとともにこの街を一旦離れることにしたんだ。ジョニーってのは俺の相棒――この街でい
っとう速く走る名馬さ。
だが、ホームタウンが銀色の円盤になすすべもなく壊されるのは悔しかったから、どうせ効かないとは思いつつも、逃
げながら円盤に二、三発ぶち込んでやった。すると驚いたことに円盤はあっけなく墜落したのさ。それを見た保安官たち
も一斉に円盤めがけて狙撃したら、ものの数分で全ての円盤を撃ち落とすのに成功した。まるで巨大なクレー射撃を見て
いるようで、すごく気分が良かったね。
これにすっかり気を良くした俺は、円盤の中身を引きずり出してぶっ殺してやろうと思ってジョニーとともに墜落現場
に急行したんだ。だが、「そいつ」を見た瞬間、そんな気は完全に失せたね。
あれは少なくとも地球に存在する生物ではないとすぐに理解したよ。円盤の中から出てきたのは、そう。モンスターだ
った。巨大な脳みそらしきものがむき出しになっていて、それ以外のパーツは何百もの触手だけ。思い出しただけでも全
身が凍りつくようだぜ。
恐怖を感じた俺はついいつもの早撃ちの癖がでて、脳みそめがけて銃をぶっ放したんだ。そうしたら、奴は「ラニフン
ジャー」とか言って緑色の光を放ちやがった。ああ、そうさ。奴の身体が緑色に光ったのさ。
――記憶はそれっきり。気づけばこうして見たこともない「ここ」に居るって寸法。まあ死ぬよりはマシなんだろうが、
悪夢には違いないね。
「大越さん、この異人さん何て言ってるか分かりますか?」
340 名前:【品評会】お江戸カウボーイ2/5 ◆bvsM5fWeV. 投稿日:2007/05/20(日) 19:24:36.74 ID:DjuVFOgS0
「銀色のタコに乗って、鉄砲玉がピュオーっと飛んできたら俺はここに居た、と言っている」
「ああ、ということは分かるんですね。私には大越さんの言ってることが分かりませんけれど。私、異人さん見たの初
めてですし、どうしたものかと困っていたんです。しかもいきなりお馬と一緒に庭に出てきたもんですからもう……」
「俺が知っている言葉と随分違うからなんとも言えんがね」
「もしかしたら幕府がお迎えなすったエライ人かも知れないから、失礼の無いようにしなくてはいけませんね」
二人の会話がちんぷんかんぷんだったので、俺はオオコシに問い掛けた。
「ヘイ、ミスターオオコシ。彼女は何て言っているんだ?」
「ああ、アダムスさん。彼女はこの宿の娘さんですよ。彼女はアダムスさんが突然現れたのに驚いているようです」
あのモンスターの光を浴びてからの記憶が無いのだが、俺はジョニーとともにこの家に突然現れたらしい。
この街で言葉が通じるのはミスター・大越くらいなもので、他は誰も居ない。もし彼が居なかったら、俺はこの可愛ら
しい少女はおろか世界中と意思の疎通が出来なかったかもしれないのさ。ぞっとするねえ。
大越の計らいで俺はこの宿に居候することになった。
バクフがどうのとか言われても俺にはさっぱりだが、まあ構わない。なるようになるさ。そもそも俺の運は奴らが街に
来た時点で尽きていたのだからな。
ここにきて数日、あちこちを回った。大越の言う「エド」の街の人々はとても不思議な格好をしている。
まず服だ。彼らは一枚かそこらの布を身体に巻きつけて、それを紐で縛っているんだ。ズボンなんて無い。あんな格好
でどうやってトイレを済ませているのかと思うのだが、彼らはあまり気にしていないようにも見える。
そして、俺は江戸の男たちの頭に最も驚かされた。奴らは頭のてっぺんを完全にそり落として、後ろの髪の毛を束ねて
つるつるの頭頂部に乗せているんだ! 文章だけで説明しきれないのが悔やまれるが、少なくとも俺の人生であのモンス
ターを見た次に驚いたと言うことは明記しておきたいね。チョンマゲと言う髪型だ。
「アダムスさん。ちょっと頼みたいことがあるんですが、いいですか?」
宿の娘のオマチと一緒に朝食をとっている時、大越がそう言った。
大越には色々と世話になっているので、断る理由はどこにも無い。
「ああ、構わないよ。ただ久しぶりにジョニーと走りたいんだが、それでもいいかい」
「大丈夫です」
大越に案内されてやって来たのはこの街の警察所だった。江戸のポリスもやはりチョンマゲを装備しているのだが、一
般人のそれとは少しだけ異っていて、その違いこそがポリスとしての身分を表しているようだ。
奉行所に入るとクールな形をしたチョンマゲ男が俺たちを待っていた。
「おお、あなたが異人さんですか。御待ち申し上げておりました。私は飯川三乃介と申すものにて候。実はお願いした
341 名前:【品評会】お江戸カウボーイ3/5 ◆bvsM5fWeV. 投稿日:2007/05/20(日) 19:26:11.82 ID:DjuVFOgS0
いことがあってお招きした次第で御座います」
ああ、と言って大越が俺を紹介する。
「こちら、異人さんこと、アダムスさんです。聞けばお国ではカウボーイなる仕事をしていて、悪人を取り締まってい
たとの事です」
「は、拙者もそのようにお伺いしておりました」
姿勢を正して三之助なる男は俺をじっと見据える。
「実は今、与力が不足しているのです。今の状況では捕まる盗人も捕まりませぬ。そうして困り果てていた折にアダム
ス殿の噂をお聞きいたした。当方としてはそのカウボウイなる手腕をぜひとも貸して頂きたいので御座います」
俺にこの江戸の街で保安官のような仕事をしてくれと言うことか? 大越はイエスと答えた。
保安官ならスコットの仕事振りを毎日見ているからたやすいものさ。俺は三乃助の頼みを快く引き受けた。
「ありがとう御座います、アダムス殿。それでは早速ですが、お仕事があるので御座います」
恐らくこの男は俺が引き受けるのを見越して準備をしていたのだろう。少なくともそう思える程に出来すぎた展開だ。
まあいい。クレバーな男は嫌いじゃないからな。
「ほう、それはどんな仕事ですか」
「市中引き回しの刑です。罪人を馬でもって街の中を引き回す刑罰にて御座います。カウボウイ様のお手並み拝見した
く、お願い致します」
案内されたところに後ろ手に縛られた男がいた。お安い御用だ。俺はジョニーを呼び、颯爽と相棒にまたがった。
「どれくらい走ればいいのですか?」
「アダムス殿のお気に召すままで構いませぬ」
「合点承知した」片言だが俺は江戸の言葉を使えるようになったのさ。合点承知。最高にクールな響きだ。
男めがけて縄を投げつける。
投げてから思い出した。懐かしい。フロンティアの乾いた風とバーボンの味が鮮やかによみがえる。
手綱を引き、ジョニーとともに一陣の風になる。もっとも、俺が走るのは西部の荒野ではなく、江戸の街なのだが。
ジョニーも久しぶりに走れてかなりゴキゲンだ。もし西部に戻ることが出来たのなら、俺はスコットに言ってやりたい。
俺は江戸の街を走り抜けた、お江戸カウボーイだってね。
そうこうするうちに三ヶ月が過ぎて、俺は完全にエドポリスとしての地位を確保した。さらに江戸の食い物は美味いし、
オマチも可愛らしい。ついに俺はこのまま江戸に居てもいいと考えるまでになったのさ。
だが、運命って奴は俺の人生の邪魔をするのが趣味らしい。
ああそうさ。また、あの銀色の円盤が飛んできやがったんだ。今回は清々しいまでに晴れ渡った朝にな。
342 名前:【品評会】お江戸カウボーイ4/5 ◆bvsM5fWeV. 投稿日:2007/05/20(日) 19:27:27.20 ID:DjuVFOgS0
主よ。私は一体何をしたと言うのでしょう?
いつぞやと同じく、空は真っ赤に染まっている。これは幸運と言うべきだろうか、円盤の数はそれほど多くなかった。
俺は即座に二つのことを決断した。
この江戸とオマチを守る。
奴らを撃ち落す。
「ジョニー!!」
あの晩に家から持ってきた銃弾を全て装備した。銃弾の尽きる時が俺の命の尽きる時だ。
俺の意思が通じたのだろう、ジョニーはこれまでに無い速度で宿を飛び出した。
昼飯に毎日のように通った蕎麦屋が。酷く甘口の酒しか出ない飲み屋が。オマチと一緒に行った団子屋が。思い出と共
に残像を残しながら俺の後ろへ流れていく。そして改めて実感する。ジョニーは俺の最高の相棒だと。
円盤の真下にたどりついて、狙いを合わせる。早く撃て。奴らがあの光を出したらお終いだ。
俺は真っ赤な空に向かってありったけの銃弾を放つ。
銀色の飛行体が派手に傾いだ。案の定機体は脆い! 追い討ちをかけるべく弾を装填すると、円盤から耳なじみのある
言葉が聞こえてきた。
「アダムスの旦那、お待ちになってくだせえ! 決して怪しいもんじゃございやせん!」
なんと銀盤から聞こえてきたのは江戸の言葉だった。だがなぜ俺の名を?
「その銃をお収めになってくだせえ。すぐそちらに参ります」
円盤が俺の前に着地した。銀盤のつるつるした表面に俺の姿がくっきりと映る。
すると突然蓋のようなものが開いて、脳みそ野郎が飛び出てきやがった。いつ見てもファッキンなモンスターだぜ。
俺がすかさず銃を構えると、
「お、お待ちになってくんなまし。アダムスの旦那には誠に申し訳ないことをしやした。先だってのあれはうちのセガ
レのしでかした事でございます。奴にはよく言い聞かせておきましたんで、どうか許してやってください。あっしらは旦
那を元の世界に戻すために参上したのでございます」
そんなグロテスクな格好して江戸の言葉使うたあ、どういう了見だ。俺も江戸の言葉で言い返してやった。
「馬鹿にすんのもたいがいにしやがれ! 手前らが怪しくなかったら江戸に岡引は要らねえんだよ!」
「すいやせん、ととにかく、わしらは旦那を元の世界に戻すために参上したので御座います!」
触手しかないモンスターもひれ伏すことが出来るらしく、身体が全体に縮こまったように見える。
「本当に西部に戻れるのだろうな。てめえ、また緑色の光がびゃーってなったらタダじゃ済まねえぞ!」
「へえ、そんなことは決して御座いやせん!」
343 名前:【品評会】お江戸カウボーイ5/5 ◆bvsM5fWeV. 投稿日:2007/05/20(日) 19:29:12.97 ID:DjuVFOgS0
この脳みそ野郎はこないだの化けもんとは大違いで、話も通じるし、やたら腰が低い。
俺の運命なんてのはあの日既に尽きていたんだ。
だからこれは最後のチャンスかもしれない。俺はこの銀色の円盤にベッドした。
*
「そしてお前はその賭けに勝ったって訳か」
「ああ、その通りさ」
信じられないね、と言ってスコットは肩をすくめる。
そう、俺は賭けに勝った。だから今こうして場末の酒場で数ヶ月ぶりのバーボンを啜っているんだ。これで鯖寿司があ
ればパーフェクトなんだが、残念ながらここは江戸じゃない。
「お前がオマチに惚れていたってのはよく分かったが、オマチが実際に存在するのかも、そもそもエドなんて街が本当
にあるのかも怪しいね」
「つまり俺は夢を見ていたとでも言いたいのか?」
「ああそうさ。そんな話信じられないよ。確かに君があの日以来消えたのは事実だが、街では円盤を見て真っ先に逃げ
出したチキン野郎ってもっぱらの噂なんだよ」
「なら、証拠を見せてやろう」
俺はかんざしと刀を取り出した。
「これは別れ際にオマチからもらったかんざしだ。江戸の女はこれで髪を飾るのさ。キュートだろう?
そしてこれは刀。江戸ポリスの魂さ。三乃助というナイスガイから譲り受けたんだ」
スコットは息を漏らした。
「ワオ、こんなの見たことが無いよ。たとえどこかの骨董屋から買ってきたとしても、これは珍しい!」
この数ヶ月でスコットの皮肉は切れ味を増したようだ。そうか、ならば仕方が無い。
「君はどうしても俺の話を信じようとしないんだな。それならば最後の証拠を見せようじゃないか。これが、先程言葉
じゃ説明できないと言ったチョンマゲさ」
そう言って俺がカウボーイハットを取ると、スコットはおろかバーにいた全ての男たちが唖然とした表情を浮かべる。
男たちは完全にチョンマゲにノックアウトされたようだ。
「分かったよ。君を疑って悪かった。ああ、信じるよ。だから、エドの話をもう少し聞かせてくれないか?」
俺は世界一クールなこの言葉を使う。
「合点承知だ。教えてやろう」 ――了