【 実話ではありません 】
◆iFmfLs1Qnc




70 名前:【品評会作品】 実話ではありません 1/5 ◆iFmfLs1Qnc 投稿日:2007/05/19(土) 23:41:30.52 ID:77aboU2O0
 俺は、電車やバスのような、自分で運転出来ない乗り物には乗らない。
 どこへ行くにも自分の足、自分の車、自分の馬。馬なんて持ってないが。
 他人が運転する乗り物では、せいぜい知人の車くらいしか乗らない。
 何故か。
 他人に依存する交通手段は信頼できない、とでも言えば某眉毛の立派な超一流スナイパーっぽいのだろうが、
俺に寡黙キャラという設定はない。彼も最初は饒舌だったのにな。
 あ、ちょっと待ってくれ。第三波が来た。
 ええい、意識するな。気にしたら負けだ。
 思考を飛ばして受け流せ。他の事を考えるんだ。
 なんて事は無い。俺なら大丈夫。そう、きっと大丈夫なんだ。

 ――鎮まれ、俺の腸!

 俺は、乗り物に乗ると、腹痛に襲われる。
 自分の車であれば、ほぼ大丈夫。日本という国のコンビニ事情は素晴らしいから。
 知人の車でも、まだ大丈夫。恥を忍んで訴えれば同情してもらえるから。
 しかし電車やバスは、そうもいかない。俺一人の為に寄り道してくれるほど人情に厚くないから。
 途中下車すれば良いじゃないかって?
 確かに電車ならよほど寂れた無人駅でもない限り、トイレくらいある。バスならば運賃が余計にかかるのを
覚悟すれば、何とかなる。
 だがしかし。そのどちらも、頭に『満員』とつくと事態は一変する。
 息苦しさと周囲からの圧力で、留まる事を知らず高まる衝動。
 身をよじることすらままならぬ鉄壁の布陣の中、脂汗をかきながら顔を青くする俺。
 溺れる者が藁を掴むように出口を求めるが、無常にも閉ざされる自由への扉。
 決壊寸前の濁流を必死に押さえ込みつつ辿り着いた天国は、満員の赤マーク。
 ちょっと先走って溢れ出した何かを気にしつつもようやくの解放、ところが神がいなかった。
 ……これでも途中下車すれば良いと言えるか?
 そんな訳で、公共交通機関から最も縁遠い人間を自負していた俺なのだが。
 今現在、愛車が故障した為に仕方なく乗った電車の中、やはり腹痛に襲われているのであった。

71 名前:【品評会作品】 実話ではありません 2/5 ◆iFmfLs1Qnc 投稿日:2007/05/19(土) 23:42:20.19 ID:77aboU2O0
 次の駅まで十分ほどか。
 なんで快速急行に乗ったんだろう。各駅停車ならいつでも降りられたのに。
 十分という苦痛を堪えるには長すぎる時間。
 さらにそれを乗り越えた先にも問題が三つある。
 一つ目、この人垣をどうするか?
 これは次の駅で降りる人数による。運の悪い事に俺は車両の真ん中まで押し込まれている。ここからドアまで
すり抜けるのは、体調を考えると不可能に近い。周囲の人間も大勢降りてくれると助かるのだが。
 二つ目、次の駅のトイレの位置は?
 俺は滅多に電車に乗らない為、いちいち各駅のトイレの位置など覚えていない。もし見つけるのに手間取ったり
満員だった場合は、駅の外まで出る事にしよう。駅前にコンビニくらいあるだろ。
 三つ目、紙はあるか?
 今朝は車の故障などで慌てていて、ポケットティッシュを確認していない。多分鞄の中にあるはずだが、もし
トイレ内にも鞄の中にも無かった場合は……まあ、全部漏らすより万倍マシだろう。
 さて、方針は立った。
 あとは残り十分、この地獄に耐えられるかどうかだ。

 自分で言うのも何だが、俺はよく頑張ったと思う。
 誰だって一度は経験した事があるだろうが、腹痛の影響は全身にくる。
 頭から血の気が引き、呼吸が浅くなり、冷や汗が出て、足がガクガクと震える。
 そんなものを相手に、逃げ道のない、助かる見込みのない闘い。
 いっそこのまま倒れてしまいたいとすら願うが、押しつぶされそうなほどすし詰めの車内ではそれも不可能。
 だがそれもあと一分足らずの我慢だ。
 俺はよく頑張ったよ。
 抑揚の無い鼻にかかった声で、もうすぐ駅に到着する旨のアナウンスが流れた。
 気の効いたことにどちらのドアが開くかまで教えてくれた。
 すみません、と周囲の壁に声をかけつつ狭い隙間をくぐり、指定されたドアの前まで辿り着いた。
 ああ、『解放』とはなんと甘美な響きであろうか。
 失って初めて価値の分かるモノは、確かに存在する。
 ――例えば、希望とか。

72 名前:【品評会作品】 実話ではありません 3/3 ◆iFmfLs1Qnc 投稿日:2007/05/19(土) 23:43:04.02 ID:77aboU2O0
 鼓膜を震わせる甲高い音。
 慣性に従い動く人波。
 押しつぶされる俺。
 やばい、腹が限界だ。
 だが大丈夫。
 きっと今のは駅に停車した証拠だ。
 ぱしゅうぅぅぅ、と空気の抜ける音と共に電車は完全に停止。
 さあ、開け天国の扉!
 …………開けよ。
 あれ、駅のホームが見当たらないのですが?
 もしかしてアナウンスされたドアを間違えたかと思ったが、反対のドアも開いていない様子。
 待て、どういう事だ。勘弁してくれ。
 腹が、肛門が限界なんだよ!
 助けてくれっ!

『えぇ、ただいま、踏み切りで人身事故が発生した為、停車いたしております。お急ぎのところ、まことに申し訳――』

 もう、だめ。

 おかあさん。
 いままでそだててくれて、ありがとうございました。
 ぼくは、もうだめです。
 さきだつふこうを、おゆるしください。

 かしこ。
                                                  【\(^o^)/オワタ】



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