【 艦内全面禁煙となっております 】
◆K0pP32gnP6




23 名前:艦内全面禁煙となっております (1/5)  ◆K0pP32gnP6 投稿日:2007/05/19(土) 22:07:04.12 ID:HLM9ZBOb0
 俺が三十三歳にして汎用宇宙戦艦・サンセノイの艦長になったのは、ある夢を叶えるた
めだった。
 宇宙の平和を守るだとか、遠い宇宙を旅したいだとか、そういう夢では無い。
 簡単に言えば、子供の頃に見たアニメに出てきた宇宙艦の艦長の真似だ。
 艦長席でパイプをふかしたい。それだけ。
 しかし、俺の夢はまだ叶ってはいない。 
 宇宙規模の人種の坩堝である地球の船は地球人だけで運用されているわけではない。
 だから煙草の煙が致命的に苦手なやつらも、艦内には結構いるわけだ。ゆえに艦内禁煙。
 しかし、俺はいつか地球人だけのクルーを揃えて見せる。
 そんなガキくさい夢を、誰にも気取られないように。
 

 艦長に就任して半年。
 縦長の操舵室。その最上部にある艦長専用席に俺は深く座っている。
 未だにこのフカフカなリクライニングチェアには馴れない。
 さらに、いつも横に秘書みたいな女がいて、気を抜く事も出来ない。
 メインモニターには、艦の前方の様子が映し出されている。
 戦艦は小さい隕石やら宇宙塵やらを反重力ユニットで遠ざけて進む。
「十キロメートル先より、未確認物体。反重力ユニットを無視して飛来」
 下の方の席で水色の肌をした観測員が言う。彼は地球人ではない。
 反重力ユニットを無視する物質はそんなに珍しいものではない。
「大きさはどの程度だ。衝突して問題の無いサイズなら無視。あるサイズならレール砲の
使用を許可する」
 俺はできるだけ低い声でそう呟いた。そういうキャラだから。
「ギリギリ、許容範囲内ですが。一応、レール砲を当てておいた方がいいのでは?」
 彼は俺のほうを振り返りながら――振り返るといっても、ほとんど上を見る状態だが。
 俺は軽く目を瞑り、思案するそぶりを見せる。しかし答えは決まっている。
「任せる」
 低い声で一言。しかし、内心は撃って欲しくはなかった。
 レール砲一発でも次に地球に戻った時、何枚も書類を書かなくてはならなくなる。

24 名前:艦内全面禁煙となっております (2/5)  ◆K0pP32gnP6 投稿日:2007/05/19(土) 22:08:28.41 ID:HLM9ZBOb0
「了解しました」
 彼はそういうと、機関員と兵装員に連絡を始めたようだった。

 数分後、そろそろレール砲が発射される頃か、と諦めかけていると、突然鳴った。
 アラート。
 メインモニターが艦の断面図に切り替わった。
「艦後部で熱反応!」
 地球人の操舵員が大声言う。
 それとほぼ同時に、メインモニターの図の後部に赤い点。
「レーダーに攻撃反応ナシ。内部の火災か何かだと思われます」
 水色の観測員が冷静に言った。 
 火災。地球上で船が海の上にいた頃からの災い。大概のモノは中からのダメージに弱い。
「レール砲の発射は中止。艦後方の乗員を総員退避」
 艦内が、騒がしくなり始めた。

「総員退避完了!」
 その声が操舵室に響いた時、メインモニターの図の後ろ半分が赤くなっていた。
 さらに操舵室は避難して来た乗員でいっぱいになっている。
「F区画以降の密壁を全面閉鎖。さらに空気の供給もストップ」
 ここまで火が広がってしまうと消化剤が足りない。
「自然に鎮火するのを待つんですか?」
 観測員が俺の方を見ながら不思議そうな表情で言った。
「いや、閉鎖後、区画毎に宇宙空間に十秒ずつ開放。内部の空気ごと外に逃がせ」 

 区画閉鎖は思ったより手間取った。
「予定時刻より五分ほど遅れましたが、完了しました。これで艦前部は安全です」
 操舵室にいる全員――正確には俺以外、から溜息が漏れた。
 常に冷静な艦長を演じるのも大変である。
「後方区画、Fから順に十秒ずつ開放。空気ごと火を逃がせ」
 俺がそう指示し、一つ目の区画を開放したのとほぼ同時。

25 名前:艦内全面禁煙となっております (3/5)  ◆K0pP32gnP6 投稿日:2007/05/19(土) 22:09:37.45 ID:HLM9ZBOb0
 メインモニターの断面図の前半分に赤い点が一つ。
「前部に熱反応!」
 次の瞬間、艦が大きく揺れた。
 ざわめく操舵室。
 青白い観測員の彼が口を開いた。
「大丈夫です、さっきの未確認物体が衝突しただけです。あれ、火は?」 
 モニターを見ると、赤い点は一つ残らず消えていた。

 火は全て消えた、という事だろうか? いや、まだF区画しか開放していない。
 では、火事ではなかったということだろうか?
 しばらく思考していると、艦内放送が流れた。
『ワレワレは宇宙カイゾクでアル。大人シク最高司令官をダセ。コノ船の最後尾で待ツ』
 火事、F区画の開放、未確認物体の衝突。そして海賊の浸入。全てが繋がった。
「放送はF区画からだと思われます」
 モニターの図のF区画が黄色く塗りつぶされる。
「侵入者は五人。いずれも摂氏二十八度程の生体温度。青色人種と判別」
 艦の断面図の最後尾、L区画に青い点が五つ追加される。
「僕と同じ種類の人達ですね……」
 青白観測員が悲しげに言った。

「目的はこの船の奪取。最初の要求は私の身柄か」
 こんな時まで冷静を装う自分が嫌になる。
「対艦内兵器の使用許可を」
 地球人の操舵員が静かに言った。
「それは出来ない。F区画に奴らの乗ってきたボートが残っている。恐らく失敗した場合
は自爆する気だろう」
 操舵室が静まる。
「まさか……行く気じゃないでしょうね?」
 そう言ったのは青白い観測手だった。
「私が彼らの所へ行く。その隙に、F区画内から海賊のボートを外に破棄しろ。破棄後の

26 名前:艦内全面禁煙となっております (4/5)  ◆K0pP32gnP6 投稿日:2007/05/19(土) 22:10:35.13 ID:HLM9ZBOb0
対艦内兵器の使用は許可する」
 操舵室にいる全員が俺を見る。そんなに見るな。
「それと、その床下にある箱を出してくれ」

 俺は宇宙服で右手には箱を持ち、F区画に来ていた。
 早速後悔し始めているが、今の俺の様子もモニターされているはずなので、後ろには退
けない。ていうか、俺、この後死ぬかも知れないんだよな?
 それなら戻って命だけでも、と思う。
 しかし、それだと夢を叶える機会が無くなりそうだし、そもそも無事に地球に戻れるか
もわからない。
 戻るべきか進むべきか。海賊の旧式の球型ボートの横を通りながら、俺は考えていた。

 考えてる間にG区画に到着してしまった。
 これの区画以降は、空気の供給はストップされてはいるが、空気自体はある。
 二十四時間はこのままでも大丈夫なはず。そこまで生きていられるかわからないけど。
 とりあえず、宇宙服を脱いだ。 L区画へ向かって歩き始める。

 地球にいる友達とか家族とか、色々な事を考えていた。
 そして、いつの間にかK区画とL区画の間の扉の前。まだ帰れる。しかし。
 俺は扉の横のパネルに手を置いた。
 ゆっくりと扉が開く。
「オ待チしてオリまシタよ。艦長」
 カタコトの青白い男。
 他に光線銃を構えたブルー男が三人。ブルー女が一人。首領格はその女らしい。
「あんたは下がってな。私が話すよ」
 ブルーレディ船長(もう自棄だ)は流暢な地球語を話した。
「いいかい? 私達の目的はこの艦だ。黙って非常用ボートで出ていくなら、命は見逃す」
 命は見逃す、か。しかし、この艦の非常用ボートは総定員が全乗務員の半分以下だ。
「さっきの熱反応は、お前らの仕業か?」
 話を誤魔化し、少しでも海賊のボートを破棄するまでの時間を稼ぐ。

27 名前:艦内全面禁煙となっております (5/5)  ◆K0pP32gnP6 投稿日:2007/05/19(土) 22:11:54.40 ID:HLM9ZBOb0
「ああ、そうだ。地球製の戦艦はハッキングし易くてねぇ。レール砲を向けられた時は焦
ったけどさ」
 やはり、未確認物体はさっきのこいつらのボートだったか。

「ところで、その箱はなんだ?」
 俺が右手に持ってる箱を見ながら、ブルー女海賊は言った。
「これか? これには俺の夢が詰まっている。死ぬ前に、夢を叶えたくってね」
 壁に付いている赤いボタンを力任せに殴る。
 俺と海賊五人の間に、透明なガラスが降りてくる。
 箱を床に置き、パイプを取りだし、火をつけ吸う。
 夢、完了。
 ガラスの向こうで女海賊(青)が何か叫んでいるが、聞こえない。
 その声に促されるように、青男三人は光線銃をガラスに照射。
 貫通も時間の問題だろう。
 しかし、もういい。俺は夢を叶えた。ここは艦長席ではないけど、そこは妥協する。

 光線がガラスを貫通した。その光線がさらに俺の太ももを掠めた。火傷、血。
 ガラスの向こうに目を向ける。
 五つの青い顔が嘲るように笑ってる。
 しかし、その表情は少しずつ苦悶に変わっていった。
「お前、何を、した」と、口の動きだけで女海賊が言う。

 艦内放送が響いた。
『海賊ボート、破棄完了!』
 さらに、操舵室の完成が聞こえる。
『艦長! 煙草なんて物騒なもの、何で持ってるんですか! 絶対に、僕の前で吸わない
でくださいよ!』
 青白観測員の声。
 艦長席でパイプをふかすという俺の夢は、まだしばらく叶いそうにもないな。



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