【 融通のきかない人が泣く話 】
◆VXDElOORQI




84 名前:No.21 融通のきかない人が泣く話 1/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/05/14 00:17:17 ID:/EBvVQSv
 下駄箱から校門まで全速力で走るコウジを他の生徒達は「またか」という思いを視線に乗せ、コウ
ジに送る。
 視線を送られたコウジは受信を拒否するというよりも送信されたことにも気付いていない様子で、
ただ校門だけを見つめ、もつれそうになる足を前へ前へと踏み出している。
「遅い。一分遅刻」
 フラフラになりながらもなんとか校門までたどり着いたコウジを待っていたのは、そんな冷たい言
葉だった。
「い、一分くらい勘弁してくれよ」
 コウジは乱れた息を整えながら、上目遣いでその冷たい言葉の発生源を見る。
 そこには腰まである漆黒の長髪を後頭部で纏め、ポニーテールにしている女子生徒、アキの姿があ
った。
「ダメ。四時半に校門って言ったのはあんたでしょ。決められたことはちゃんと守りなさい」
「神様仏様アキ様、どうか一つお見逃しを」
 両手を合わせ頭を下げるコウジにアキの整った瞳から冷ややかな視線が、艶やかな唇からは冷たい
言葉が放たれる。
「ダーメ。それに私、無神論者だし」
「あ、さいですか……」
 回答としては若干ずれているような気がするアキのその言葉で、コウジは許しを乞うことをやめる。
 一度決めたことは絶対に曲げない、融通のまったくきかないアキにこれ以上、なにを言っても無駄
ということをコウジはよく知っていた。
「ほら、もう行こっ。遅れたからコウジを奢りだからね」
「また財布が軽くなる……」
 アキは小柄な体を元気良く動かし、ポニーテールを揺らす。コウジは肩を落とし意気消沈とした様
子で、ファーストフード店に向かうのであった。

「――でさ、その子にもついに彼氏出来たんだって」
「ふーん」
 残りの少なくなったジュースをずるずるとストローで啜るコウジは、アキの話に気のない返事を返す。
「ちょっと聞いてるの?」
「聞いてるよ。ところでさ、お前は彼氏作らないの?」

85 名前:No.21 融通のきかない人が泣く話 2/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/05/14 00:17:51 ID:/EBvVQSv
「えっ」
 いきなりの質問に目を白黒させるアキ。
「で、どうなの? 彼氏。作らないの?」
 コウジの質問にアキは顔を真っ赤に染める。
「そ、そんなのあんたには関係ないでしょ! そういうあんたはどうなのよ!」
「俺? 俺はいるよ。好きな子」
「そ、そうなんだ……」
「おう」
 それきり会話は途切れ、二人を沈黙が包み込む。
 その沈黙を破ったのはコウジだった。
「帰るか」
「うん」

 次の日。
 昨日のリベンジよろしく、同じように四時半に校門前で待ち合わせをしたコウジは余裕を持って四
時には校門前に到着していた。
「遅い」
 腕時計で時間を確認すると時計の針はもうすぐ五時をさそうとしていた。
 決められたことを絶対に守り、約束を破るなんてことは今まで一度もなかったアキが遅刻。
 そんなコウジにとっては非常事態同然の状況に、嫌なことばかりが頭をよぎる。
 五時を過ぎ、校内に探しに行こうとしたとき、やっとアキが校門に姿を現した。
 その姿を見て、安心したコウジは声をかけようとして驚いた。
 アキは、泣いていた。

「落ち着いたか?」
「……うん。ありがと」
 いつものファーストフード店ではなく、公園のベンチに座り缶コーヒーを啜る。
「今日ね、告白されちゃった」
 コウジがなにがあったのかを聞く前にアキは自分で今日あったことを話し始める。
「生まれて初めてだよ告白なんて。真顔でさ私に向かって『好きです』とか言っちゃってるの」

86 名前:No.21 融通のきかない人が泣く話 3/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/05/14 00:18:26 ID:/EBvVQSv
 アキはあははと乾いた笑みを漏らす。
 コウジはそれよりもアキがこれまで告白されたことがなかったことに驚いた。アキの容姿は
コウジの目から見てもかなり可愛い部類に入る。
 小柄な体に整った顔立ち。活発な性格とモテない理由はない。
 そんなコウジの思いを知らずにアキは話を続ける。
「最初はね。ビックリしちゃって。少し舞い上がってたかもしれない。相手の顔もろくに見れなくな
っちゃってさ。それで深呼吸して、その人の顔を見たらね。あの人だったの」
「あの人?」
「昨日、話した友達の彼氏。それでまたビックリしちゃって、悲しくなって、怒りたくなって、そし
たら涙が出てきて、もうわけわかんなくなっちゃって、その場から逃げ出して、教室に戻ったの」
 コウジはなにも言えなかった。
 アキはずずっと鼻をすすると話を再開する。
「しばらく教室にいて、コウジとの約束を思い出して、それで教室出たの。思い出したらまた涙出て
きて、でもそんな顔、コウジに見せたくなくて、それでもコウジが待ってるのが窓から見えたから……」
 話は終わったのか、アキは俯きそれきりなにも言わなくなった。
 アキは融通がきかず、お堅いところがあるので、なおさらショックだったのだろう。そんなことを
考えながらコウジは頭の違うところでアキにかける言葉を考える。
「……男の人ってみんなあんなのなの? コウジもそうなの? 昨日言ってた好きな人の他にもいる
の? 好きな人」
 アキがボソリとそんなことを呟いた。
「俺が、俺が好きなのはア……いやその人だけだよ」
 コウジは本心をぐっと飲み込む。ここで言うのは卑怯だ。コウジはそんな気がした。
「そっか……。じゃあコウジは信じる。いつかその恋を実らせて私に紹介してね」
「ああ」
「約束したからね? 約束は絶対守らないといけないんだよ? わかってる?」
 アキは少し元気を取り戻した様子で、コウジを顔を覗き込む。
「わかってるよ。お前、頭固くて、融通きかないからな。ちゃんと守るよ」
「よろしいっ!」
 アキは缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に放り込むと勢いよく立ち上がった。
「じゃ帰ろっか」

87 名前:No.21 融通のきかない人が泣く話 4/4 ◇VXDElOORQI 投稿日:07/05/14 00:18:54 ID:/EBvVQSv
 コウジに振り向いたアキの笑顔はいつもの輝きには少し劣ったが、それでも十分魅力的な笑顔だった。
「ああ」
 コウジも苦笑いを浮かべて立ち上がった。
 ポニーテールを揺らしながら先を歩くアキを見ながら、コウジは内心で先ほどした約束が果たされ
ないことをアキに謝った。
 アキ本人にアキを紹介することは出来はしないのだから。

おしまい



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