【 罪よりも深い愛 】
◆InwGZIAUcs




88 名前:No.22 罪よりも深い愛 1/5 ◇InwGZIAUcs 投稿日:07/05/14 00:35:45 ID:x5/6vw1F
――とっても好きな人がいます。でもその彼には恋人がいます。
ちょっぴり切ないです。でもそれでいい。遠くから見つめているだけで幸せなのです。

 今から始まるのはそんな少女のお話。


 どこまでも青い空、雲の海。私たちのいるここはお空に浮いています。
澄んだ空気がとても綺麗で、草木も水もよく映えます。
 私たちはここを天界と呼んでいます。
 下の大地に澄む下界の人達は、私達の事を神様とか天使様とか言っているそうですが、
あまり興味がありません。
 今私にとって一番大切なことは、好きな人の事だけなのです。

 その日も彼は恋人と一緒に日向ぼっこをしていました。
 私はその姿を影からこっそり見ています。
 とても幸せそうな彼を見ているだけで幸せな気持になれるのです。
 隣には、春の日差しを思い浮かべてしまう程暖かい笑みを浮かべている彼の恋人……少し胸が苦しいです。
「幸せそうですね、あの人達」
 いつの間にか横に並んでいた蛇さんが呟きました。
 私は驚いてその場に尻餅をついてしまいます。
 何故なら蛇さんは、人を殺す毒や術をもった魔物、殺されてしまうかもしれません。
 幼い頃はそれとは知らずよく蛇さんと遊んでいたのですが……お母さんにとても怒られたのを覚えています。
「恐れないで話を聞いて下さい」
 私を見る蛇さんの目は、どこか嬉しそうでどこか悲しそうでした。
 私は首をコクコクと縦に振り、蛇さんの言葉に耳を傾けます。
「提案なのですが、そこにいる彼の恋人……彼女を石に変えてしまっては如何でしょうか?」
「え? でもそんなことしたらここを追放されてしまいます」
 そうです。そんなことは許されません。
「もし、犯人があなたと誰も知ることなく、誰も気付くことなく石できるとしたら?」
「え? でもそんなのできっこない……」

89 名前:No.22 罪よりも深い愛 2/5 ◇InwGZIAUcs 投稿日:07/05/14 00:36:20 ID:x5/6vw1F
「私と契約すれば出来ます。可能です。なに、野良バジリスクのせいにしておけば良いのです」
 蛇さんは言い切りました。
 バジリスクとは、石化させる光を目から放つ蛇さんの事を言います。
 その光を浴びると、たちまち石になってしまうのです。
「因みに私もバジリスクです。ここにもこうして私がいるくらいなのですから、不自然なことはないでしょう」
「でも、蛇さんは何故私が彼を好きだと知っているのですか?
それに何故わざわざそんな事をしてくれるのですか?」
「私とあなたが似ているからですよ。いずれ……解るでしょう」
 私はもう一度彼とその恋人の様子をうかがいます。
 しかし丁度その時、二人は口づけをしていました。朝の日差しのように爽やかな、あっさりとしたキスでした。
 私は目を背け、蛇さんを見つめます。
 蛇さんは私の腕に絡まり、ゆっくりと言葉を紡ぎました。
「契約を……」
 私の首は縦に動いていました。

 その日の夜。
 私は夜空を眺めている彼の恋人を見つけました。
 どこかへと、いえ、彼の所へと出かける途中かもしれません。
 周りに人の気配はなく、好機は今だと思いました。
 私は後ろから近寄り、声を掛けます。
「あ、あの」
「はい?」
 彼女は振り向き、そして、私の姿を見た瞬間悲鳴も上げず石になってしまいました。
 そう、蛇さんと契約したことにより、私を見た人はたちまち石になってしまうのです。
 恐怖に顔を歪ませた彼女の石の像に、私も恐怖します。
「ごめんなさい」
 私はそう言い残し、走って家に帰り毛布に潜り込みました。

 次の日の朝。

90 名前:No.22 罪よりも深い愛 3/5 ◇InwGZIAUcs 投稿日:07/05/14 00:36:39 ID:x5/6vw1F
 私は二階の窓から見える行き交う人々の多さに驚きました。
 どうやら、バジリスクを退治する兵隊さん達が、あちらこちら草の根をかき分けているようです。
 案の定、石化した女性の事で、天界は大騒ぎ。
 私は自分のした事の恐ろしさに震えました。
 そんな時、私の家を見上げた兵隊さんの一人と目が合います。
 すると、たちまちその人は石になってしまいました。
 周りの人たちは驚いて、「近くにいるぞ!」「気をつけろ!」「しかし石化の光は無かったぞ!」などと
罵声を轟かせています。
 そして一番驚いたのは私です。
 契約はまだ切れていませんでした。迂闊でした。
 彼女が石になって彼は一人……やっと私が側にいてあげられるのだという事しか頭になく、
契約がいつまで続くのか蛇さんに聞くのを忘れてしまっていたのです。
「いつまで寝ているの?」
 お母さんがやってきました。
「だ、だめ!」
 慌てて扉を閉めようとしました。しかしそれは、一歩遅かった私と丁度扉を開けた母が鉢合う形になってしまい、
私の姿を見た母はたちまち石へと変わっていきました。
 誰か助けてと泣くこともできません。
 もし泣いて誰かが来てしまったら、その人も石へと変わってしまうからです。
 だけど……もう。

 私が混乱して外に助けを求め走り出すのにそう時間はかかりませんでした。
 水面に落ちた小石が波紋を広げていくように、兵隊さんやその騒ぎを聞きつけて来た人たちが石になっていきます。
 そしてついに、天界で身動きをする人は居なくなってしまいました。
 私はずっとその中心で泣いています。
 すると、昨日の蛇さんが私の元へとやってきて、こう言いました。
「ごめんなさい」
 私は蛇さんに問いつめます。
「なんで! なんでこんな事に!」
「あなたと一緒です」

91 名前:No.22 罪よりも深い愛 4/5 ◇InwGZIAUcs 投稿日:07/05/14 00:36:58 ID:x5/6vw1F
「わ、私と?」
「はい。あなたが彼を独り占めしたかったように、私もまたあなたを独り占めにしたかった」
 私はその言葉に目を丸くしました。それに蛇さんの気持が痛い程分ってしまう分、私は何も言えません。
「昔、あなたが幼かった頃、私はよくあなたと遊んでいたのですよ?」
 私は幼い頃、何も知らずに蛇さんと遊んでいた日々の事を思い出しました。
「あの時の……」
「そう、私はその時からあなたの事がずっと好きでした。ずっと見ていました」
 首を下げる蛇さん。
 私はようやく解りました。ずっと私を見ていたから蛇さんだからこそ、私の事が解るのですね。でも……
「私はあなたの事を愛せません……そして同時に気付きました。
彼の恋人を石にしてしまった私は、彼に愛されないということを……」
「そうですか……卑怯な事をして汚れてしまった私は、
そしてあなたも……愛しては貰えないということですね?」
 蛇さんは悲しそうに笑いました。私も同じような顔をして笑いました。
 そしてこれからの事を考えます。
「皆を元に戻す方法はありませんか?」
 それは今私が蛇さんに聞かなくてはいけないこと。
「あります……それは――」

 天界にいつもの日常が戻りました。
 私は石像となって高い丘の上からその日常を眺めています。
 蛇さんが告げた皆を戻す方法、それは石化の呪いを一点に集中させることでした。
その対象となるのはまだ石になっていない「人」。
当然私以外の「人」は石になってしまっているので、その呪いの対象は私以外いませんでした。
 意を決して私は石になりました。永遠かもしれない時間を石となって自分の罪を償います。
 石になる時、蛇さんは言いました。

92 名前:No.22 罪よりも深い愛 5/5 ◇InwGZIAUcs 投稿日:07/05/14 19:46:22 ID:x5/6vw1F
「もっと綺麗な存在に生まれ変わって迎えに行きます。それまで少し待っていて下さい」
 私はその時蛇さんが好きになったのかもしれません。
 何故なら、それ以来ずっと石の中で蛇さんの事を考えているから……。 
 蛇さんが生まれ変わった頃、私の罪が消えた頃、きっと私を石から解放してくれると信じて待っています。



 どこまでも青い空、雲の海。私たちのいるここは空に浮いています。
澄んだ空気がとても綺麗で、草木も水もよく映えます。
 僕たちはここを天界と呼んでいます。
 僕は図書館で歴史の本を読んでいると、バジリスクの恋という昔話を見つけました。
 それは天界を巻き込んだバジリスクの呪いと少女の話でした。
 何故かその物語が気になり学校の先生に尋ねると、
本当に丘の上に干からびた蛇の絡みついた石像があるそうです。
 僕は今日それを見に行こうと思います。
 何故か行かなければならない気がしたのです。
 では、行ってきます。


 その日。 
 丘の上の石像が一人の少女へと戻る奇跡が起きました。
 途方もない時を経て、彼女を知る人など一人もいません。
 青年は蛇の生まれ変わりだったのか? その後二人はどうなったのか?
 それはまた別のお話。
 
 以上が、人知れず終わりを告げる少女のお話でした。

 終



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