【 ストーンヘッドつむじちゃん 】
◆KARRBU6hjo
73 名前:No.18 ストーンヘッドつむじちゃん 1/4 ◇KARRBU6hjo 投稿日:07/05/13 23:51:57 ID:jEMWqZX3
やる気が起きないので、俺は詰まれた木材に腰をかけ、ただひたすらぼうっとしていた。
目の前では新谷が腕とノコギリをぎこぎこと上下させ、木材を黙々と切断していく。
俺がそれを黙って眺めていると、しばらくして新谷は腕を止め、こちらを見て不服そうに顔を歪めた。
「お前、少しは動けよ」
「いやだ」
即答する。
「何で俺が働かなければならんのだ」
俺の言葉を聞いて、新谷があからさまに溜息を吐く。そして、ノコギリをがしゃんと脇に置いて、俺の前に座り込んだ。
「つむじちゃんのために決まってるだろ」
今度は俺が溜息を吐く番だ。
春川つむじ、通称つむじちゃん。
明後日の学校創立記念祭の下準備の仕事を引き受けてきた張本人であり、二年二組を指揮する我らがリーダー。
そして、デコでメガネで委員長キャラという、ある種マニアックな人気を男子に誇っているお方である。
目の前の新谷はその中でも最たる例で、ほとんど彼女に心酔していると言っても過言ではない。
俺はそんな友人の堕落した姿に諦めを覚えながらも、俺は新谷に反論する。
「あんな石頭のどこがいいんだか、俺にはよく分からんね。大体、今回のコレだって、つむじちゃんが勝手に引き受けてきた仕事だろ」
つむじちゃんは、よくこういった仕事を引き受けてくる。そして、一度決めてしまった事は絶対に覆そうとしない。
点数稼ぎとかそういうのではなく、単純に真面目なんだという事は俺にも分かるが、勿論クラスの全員が納得している訳ではない。
結構な人望がある反面、つむじちゃんに反感を持っているヤツも少なくないのだ。正直俺もそんな一人である。
そんな反つむじちゃん同盟での彼女のあだ名が、『ストーンヘッドつむじちゃん』。
大抵、魔法少女かよ、似合わねぇ、年齢考えようぜ、などという話で盛り上がる。
そんな俺たちの会話を尻目に、新谷たちつむじちゃん派は目を細めて、分かってねぇよなぁお前ら、と嘯くのが常であった。
74 名前:No.18 ストーンヘッドつむじちゃん 2/4 ◇KARRBU6hjo 投稿日:07/05/13 23:52:21 ID:jEMWqZX3
「あの性格がいいんだろ。ああ理想の委員長」
新谷はどこか遠くを見て語る。「分かってない」といつもこいつは言うが、正直あまり分かりたくない世界だ。
「っていうか、委員長って言うのは間違ってるだろ」
「何を言うか。あの風格、あのオーラ、何処から見ても委員長だ」
「でも委員長じゃねーし」
ウチのクラスの委員長は山本博次という名前の男子であり、間違っても春川つむじではない。
というか、つむじちゃん本人に向かって委員長と言うと怒られる。
クラス中に委員長委員長と崇められるのは少しだけ同情を禁じえないが、まぁ、俺にとってはどうでもいい話ではある。
その後俺たちは共に木材の上に座り込み、春川つむじについての議論を白熱させていた。
何やら不穏な空気に先に気が付いたのは、新谷の方だった。
先ほどまで騒がった校庭がやけに静かだ。何より、誰も木材を取りに来ない。
新谷と顔を見合わせ、立ち上がる。校庭が見渡せる場所まで出ると、端っこの方に、クラスの連中が固まっているのが見えた。
「何かあったのか?」
「行ってみよう」
二人で小走りに駆け出す。
人だかりが近づき、その場で展開されていた光景が見えてくるにつれて、俺は現実感を失っていった。
耳につくようなガラガラ声が、何かよく分からない事をまくし立てている。
その声の主は、一人の男だ。
薄汚い格好をしたその男は、稀にこの辺りに出没する、厄介な類の変質者だった。
昼間から酔っ払い、学校の近くをうろうろと歩き、生徒に向かって罵声を浴びせる。
一度警察が呼ばれた事もあって、しばらくはなりを潜めていたのだが、ここに来て、今度は校庭の中にまで這入り込んだらしい。
それならば、別に問題はなかった。ただ酔っ払いが這入って来ただけである。
だが、男のすぐ傍に人がいる事が、問題だった。
すぐ傍というか、男に、後ろから包丁を突きつけられて、動けない人物がいる事が。
「つむじちゃん……!?」
紛れも無く、それは、春川つむじだった。
75 名前:No.18 ストーンヘッドつむじちゃん 3/4 ◇KARRBU6hjo 投稿日:07/05/13 23:52:59 ID:jEMWqZX3
大体の経緯はこうだ。
酔っ払い、何かの歌を大声で歌いながら、男がずかずかと校庭に入って来て作業を邪魔し始めた。
それを、果敢にもつむじちゃんが注意しに行ったのである。
で、結果はあの通り。男は急に血相を変え、つむじちゃんに刃物を突きつけて、何かを喚き散らしだした。
……無謀というか、何と言うか。確かに「らしい」が、今はそういう問題ではない。
「誰か、警察には連絡したのか?」
「今、大森が職員室に行ってるらしい。まだ待つしかないよ」
男の血相は以上だ。何を言っているかはほとんど聞き取れない。
すぐ傍であの罵声を聞き続けているつむじちゃんは、顔を俯かせて、手を握り締めて立っている。
頭が冷える。一体、どうしたらいいのか分からない。
俺は他の連中と同様に、立ち尽くすしかなかった。
流石にあの状況じゃ、つむじちゃんも怖ろしいのだろう。
握り締めた彼女の手が、ぶるぶると震えているのが分かる。
「ありゃあ、怒ってるな」
――と、隣で、新谷が唐突にそんな事を言い出した。
「何?」
「つむじちゃんだよ。すげぇ怒ってる」
新谷の言っている事が良く分からない。怒ってるって、何にだ?
「こんな状況で何も出来ない自分に。ハラワタが煮えくり返ってる」
俺の疑問に答えるように新谷は言う。目はつむじちゃんを見つめたままだ。
「あ、そろそろブチ切れる」
そして、新谷のそんな声の後、
「ホ、」
つむじちゃんの口から、そんな声が漏れ、
「ホアア――――――ッ!!」
ごずん、という鈍い音が、校庭に響き渡った。
76 名前:No.18 ストーンヘッドつむじちゃん 4/4 ◇KARRBU6hjo 投稿日:07/05/13 23:53:38 ID:jEMWqZX3
その瞬間、その場の全員が、あんぐりと口を開けて停止した。
崩れ落ちる男。包丁がその手から落ちて、からんと安っぽい音を立てる。
そして、額から血を流しながらぜえぜえと荒い息をするつむじちゃん。
頭突きだった。
春川つむじ、渾身のヘッドバッドだった。
「おい、みんな、押さえつけろ!」
新谷の声が響く。その言葉で、みんな我に帰った。
そして、うめき声を上げて立ち上がろうとする男に向かって、クラスの全員が突進したのだった。
「うあぁぁあー」
警察署からの帰り道、春川つむじはそんな声を上げながら、頭を掻き毟っていた。
「どうしよう、明日から、あいつらにどんな顔すれば……」
失態だ。滅茶苦茶恥ずかしい。想像しただけで、耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。
あいつらは、多分茶化すだろう。また「ストーンヘッド」とか言って。
もうちょっと威厳を持ちたい。自分は生徒たちから尊敬される人間になりたいのだ。
なのに、頭突きは無いだろう、自分。あと、「ホアア」とか。
これから数日間、厳しい戦いになりそうである。尊厳を持って生徒たちと接しないといけない。
石頭とかからかわれても、毅然とした態度で臨むのだ。
彼女はそう決心し、日の傾いてきた帰り道で、空に向かって拳を握り締めた。
春川つむじ、二十五歳。
メガネでデコで委員長キャラの、教師。
正真正銘、二年二組の担任である。
密かに、今日の一件でクラス内の支持率が上がっているのは、彼女はまだ知らない。