【 尿管結石 】
◆tokoa5BeTo




66 名前:No.16 尿管結石 1/4 ◇tokoa5BeTo 投稿日:07/05/13 23:42:09 ID:jEMWqZX3
 わき腹の違和感を気にしながら、ぼんやりと授業を聞いていた。初めはそれでよかった。体を動
かすとチクチクして、授業に身が入らない。それだけだった。後になってから、下着の内側にねっ
とりとした汗が浮かんでいるのに気がついた。ただごとではないという気になり教師に体の不調を
訴えた。
 ユイが立ち上がり、教室は沈黙した。視線を引き寄せながら静かに前に進み出た。
「すみません、おなかが痛くって」
小さな声で告げた。教師はただ頷いただけだった。なんだか気遣われたような気がした。詳しく詮
索してはいけないことなのだと思ったのだろう。
 教室を出てから痛みが増した。ほとんど進まないうちにユイはしゃがみ込んだ。痛みに眩暈がし
てしばらくは何も見えなかった。はいつくばってでも保健室へ行こうと床に手をつくが、動けなく
なった。額から汗が垂れた。
「おい、大丈夫か」
呼びかける声が聞こえた。扉が開く音がして、足音が近づいた。
「結ちゃん、大丈夫?」
シノブの声に顔をあげた。心配そうに見ていた。シノブのほかに教師もたっていた。
「大丈夫?トイレ行く?」
無言で首を振った。
「保健室?」
ユイがうなずくと、シノブはやさしく背中をさすった。少し気を落ち着けてからシノブに支えられ
て保健室へ行った。

67 名前:No.16 尿管結石 2/4 ◇tokoa5BeTo 投稿日:07/05/13 23:42:36 ID:jEMWqZX3
 保健室まで来た時には、痛みはやわらいでいた。随分と疲れを感じた。だるい体をベッドに横た
えシーツに顔をうずめた。シノブはユイの足から上履きと靴下を丁寧に脱がし、布団をかぶせた。
小さな丸椅子をベッドの横に置き、薄いクリーム色のカーテンを引いた。それから椅子に腰をかけ
ると、しばらくのあいだ何も言わず黙っていた。
 部屋には二人だけしかおらず、静かだった。シーツは洗剤の清潔な香りがして心地よかった。二
人を囲んだカーテンはうっすらと透け、辺りをぼんやりと白ませた。なんだか暗いような、明るい
ような、不思議となつかしい場所にいるような気分だった。ユイの控えめな吐息と、時計がゆっく
りと針を動かす音だけが辺りに満ちて、時間の流れを薄めていった気がした。時折、遠く、グラウ
ンドから歓声が聞こえた。
 額に手が当たった。熱が出ているのか、体中が熱い。シノブはスカートのポケットからミニタオ
ルを取りだし、ユイの前髪をそっとかき分け軽く押し当てていった。
「私、保健の先生呼んでくるね」
シノブが耳元で囁き、立ちあがった。行ってほしくなかった。シノブの足音が遠ざかった。不安に
なった。消えていた痛みが戻った。息が途切れ途切れになって漏れた。
「痛い……」
シノブが駆け寄った。
「大丈夫?痛いの?」
「うん……痛いよ……」
 刺すような、締めつけるような痛みが内側にうずまいている。何より不快だった。いっそ気を失
いたかったが、奥深くにねじ込まれる痛みはゆっくりゆっくりと続く。うっとうしい、そう思った。
狂いそうなほどのうっとうしさで、もがいた。
 うずくまったユイの背中を、もう一度シノブの手が撫ではじめた。シノブも戸惑っていただろう。
何をしていいか分からず、ただ撫でた。ゆっくりと、ブレザーの上からシノブの手が触れた。

68 名前:No.16 尿管結石 3/4 ◇tokoa5BeTo 投稿日:07/05/13 23:43:33 ID:jEMWqZX3
「やめて」
シノブの手をはねのけ、シーツをつかみ、ベッドをがむしゃらに叩きつけて気を紛らわせた。ユイ
の意思と関係なくうめき声がもれ、涙が出た。
「すみません、誰か!来てください!……先生!」
シノブの声がずいぶん遠く聞こえる。やけに周囲がはっきりしない。夢でも見ているような、自分
が切り離されて置いていかれたようにも思えた。それなのに、意識ははっきりと痛みを感じとって
いる。
 足音がかけ寄った。ユイのとなりにしゃがんだ。白衣を着ていた。
「大丈夫。ほら……落ち着いて。どこか痛むの」
「さっき授業中におなかが痛くなったみたいで……横になってからは落ち着いてたんですけど、ま
た……」
先生はシノブの言葉には答えず、ユイに呼びかけた。
「この辺り?どう、痛いかな」
「やめて、触らないで!」
いくら喚いても足りなかった。スカートはくちゃくちゃになってずれた。首すじや頬を汗が流れ、
シーツに染み込んだ。もうどうでもよかった。
先生は声をひそめシノブに言った。
「救急車、呼ばないとだめみたいね。あなた、担任の先生を呼んできてくれる?……そうそう、ク
ラスとお名前を教えておいて」
「えっと……2の5の、管野結さんです」
「ありがとう。じゃ、お願い」
それから、シノブは戻ってこなかった。

 しばらくして、部屋の外で担任と保健の先生が話す声が聞こえた。痛みはやわらいだり、増した
りと波をうってやってきた。担任は一度だけ入ってきてユイに声をかけた。ほとんど聞き取れなか
った。石尾が心配してたぞ、そう最後に付け足し、出て行った。そんなことは言われなくてもわか
っている。結は救急車に乗せられ、病院へ行った。

69 名前:No.16 尿管結石 4/4 ◇tokoa5BeTo 投稿日:07/05/13 23:44:18 ID:jEMWqZX3
 検査の結果、尿管結石だと診断された。入院の必要もなく、痛み止めが出ただけだった。ユイは
気が抜けてしまった。あれだけ大騒ぎをして、救急車に乗るほどの騒動を起こしたのに、休んでい
れば治るとのことだった。それでも二日間は学校を休んで痛みに備えたが、二日目には痛みは消え
さり、結石もいつのまにか消えた。
 休んでいた間に、シノブと、その他何人かの友人が見舞いに来て、ずいぶん気まずい思いをした。
体の具合は大したことはなく、薬を飲めば治るとだけ説明しておいた。

 学校へ戻る前の晩になり、たくさんのことが頭によぎった。ユイはベッドの中で物思いに沈んだ。
二日前から今日まで、それと明日のことを漠然と思い浮かべる。シノブの心配そうな顔が浮かんだ。
シノブの手をはねのけたことを思い出した。タオルがそっと額に触れる感触がまだ忘れられなかっ
た。なんだかこの三日間が、自分にとってどういう意味があったのか分からなかった。確かに死ぬ
ほど苦痛だと思ったし、死ぬほど苦痛だった。でも何かおかしな気分がした。今となっては、クラ
スメートやシノブの前であんなに苦しんでみせたことが、ユイには馬鹿馬鹿しい気がしてならなか
った。



BACK−小石の証明 ◆ZRAI/3Qu2w  |  INDEXへ  |  NEXT−座石禅 ◆/7C0zzoEsE