【 小石の証明 】
◆ZRAI/3Qu2w




63 名前:No.15 小石の証明 1/3 ◇ZRAI/3Qu2w 投稿日:07/05/13 23:31:53 ID:jEMWqZX3
 時は慶長、所は江戸。道行く人々を傍目に幸太郎は考える。はたして自分は道端の小石なのであろうか。
 幸太郎は人間ではない。犬でも猫でもない。小石である。どこの道端にもあるような小石である。
しかし、幸太郎はそう考えてはいなかった。鏡で見たこともないのに、自分が何であるかわかるのであろうか。幸太郎は腑に落ちなかった。

 ひょっとしたら、妖怪かもしれない。他の石に話しかけてみても、返事が全くないからだ。犬猫にも話しかけてみたら、
逃げ出してしまうがちゃんと声は聞こえている様子だし、人間にも声をかけたら同様の反応があったからである。
しかし、通りかかった若い坊主に話しかけてみても退治されなかったことから、自分は妖怪ではない。
 もしかしたら、自分は小石ではなく草木かもしれない。小石は喋れなくて、自分は草木であるから喋れるのではないか。
しかしこの考えはすぐさま打ち消された。なんというか、自分の本能が自分は小石であると訴えているのである。
自分が小石でないと考えれば考えるほど、自分が小石であると認識していくのだ。
それでも幸太郎は自分は何者であるか考えていた。

64 名前:No.15 小石の証明 2/3 ◇ZRAI/3Qu2w 投稿日:07/05/13 23:34:38 ID:jEMWqZX3
ある日のこと。幸太郎がいつものように自問自答していると、目の前に人間が寄ってきた。坊主の身形をしている。
 坊主は口を開いた。
「お主は何者か?」
 幸太郎は驚いた。今まで人間から話しかけられたことは一度もなかった。もし幸太郎が人間であったら、目を見開いているだろう。
「あの時は不気味に思った。なにせどこからともなく声が聞こえてきたのだからな」
 どうやら以前に声をかけた坊主であるらしい。しかし、何故声の主が自分だとわかったのか。問いただしてみたところ、
実は格好を変えて何度もこの道を通っていたという。そのうちに声が小石から出ているとわかったそうな。莫迦な坊主だと幸太郎は思った。
「それで何の用か?」
「なに、お主がどうして道行く人々に声をかけているのか気になってな」
 坊主はにっかりして答えた。
「自分が何者であるか、それを確かめたく…」
 幸太郎は坊主に自らの疑問をぶつけた。坊主は道行く人々の気味悪がった視線を気にせず、最後まで話を聴いた。
 幸太郎が言い終えると、坊主は目を瞑った。途端、目を見開き口を開いた。
「お主は小石だ。間違いなく」
「それは真か?」
「真だ」
 坊主ははっきりと言い放った。幸太郎はそれを聞いて安心した。ようやく自分は何者であるかがわかったのだ。
幾月かぶりの安心に幸太郎の心は満たされた。

65 名前:No.15 小石の証明 3/3 ◇ZRAI/3Qu2w 投稿日:07/05/13 23:39:24 ID:jEMWqZX3
しかし、幸太郎の心に再び疑念が湧いた。ひょっとして、この坊主は自分を騙しているのではないか。
そう思った途端、幸太郎の心は再び“疑”に覆われた。
「真に自分は小石か?」
 幸太郎は再び問うた。僧はムッとした顔になり立ち上がった。そして幸太郎をむんずと掴み、川へと投げた。そして坊主は言った。
「どうだ幸太郎。これでもお前は小石でないと言えるか?」
 坊主の言葉は、幸太郎に届いてはいなかった。川の中で、幸太郎は石でなくとも川の中にいても平気な者はいるかを考えていた。



BACK−転がらない ◆hemq0QmgO2  |  INDEXへ  |  NEXT−尿管結石 ◆tokoa5BeTo