【 石ころ、宝石 】
◆RfDa59yty2




40 名前:No.10 石ころ、宝石 1/4 ◇RfDa59yty2 投稿日:07/05/13 21:49:28 ID:vAiQ2zJY
「石みたい」
帰り道、何気なく立ち寄った河原。
真っ赤に染まった空を見上げ、ポツリ、ひとり呟いた。
その声を拾う人間はいない。小さな小さなあたしの声。心地よい初夏の風にひらひらと靡く制服のスカートと同じように
風に吹かれ、その声は消えていく。
感傷的なわけではなく、ただ、そのまま思ったことが唇から漏れてしまっただけ。
目線を落とし足元に転がる様々な形、大きさの石を見詰める。一つローファーで蹴り飛ばし、それが落ちてもまだ、
その飛んでいった方向を眺めていた。
「…石みたい」
もう一度、今度は自分で確認するように繰り返す。

何が、と問われれば答えは一つ。
あたしが石のようだ、ということ。
別にその意味は堅物だとか重いとか、そういう意味ではない。何と言うべきなのだろう。
ただ単純に言うのならば、自分の『存在』が石のようだと。
それはきらきら輝く宝石ではなくて、道端の、小さな石っころ。
誰かにとってどんな存在でもなく、あってもなくても変わらない、そんな。
高校に友達がいないわけじゃない。親との関係が最悪ってわけでもないし、ましてや人生に絶望なんてしていない。
適度に楽しく暮らしていて、平凡だけれど幸せなんだろう。
でも、あたしは誰かにとって特別なのだろうか、と考えれば答えはたぶん否、だと思う。そこだけが、
あたしの心にのしかかる重石。
親にとって可愛い娘だとして、でももしあたしがいなくなっても出来のいい兄と可愛い可愛い妹がいる。
たとえ嘆いてくれたとしてもそれは一時だ。あたしがいなきゃ生きていけないわけじゃない。それは言い切れる。
円満な家庭、でもあたしはそこにまったく依存できない。
家族が一番大事、とか、言えない。どうしてだろう、仲は良いんだけどな。

41 名前:No.10 石ころ、宝石 2/4 ◇RfDa59yty2 投稿日:07/05/13 21:49:59 ID:vAiQ2zJY
学校で馬鹿話して大笑いしたり、一緒にご飯を食べたり登下校したり、そんな女の子逹は大勢いる。
はっきり言って、あたしは男女共に喋る子も多いし、周囲から明るく元気な友達の多い人間とみなされている。
そういうキャラを演じてるわけではない。無理なんてしてないし、学校にいる間楽しく過ごせている。
でも一人になると、ふと考えてしまう。
彼女達にとって、あたしは都合のいい時にだけ話したり遊んだりする相手で、結局、自分達が一人にならない為に一緒に
いる人間なんじゃないかって。
なんてネガティブ。でも、間違ってないと思うんだ。
人間、殆どがそう生きてるはず。本当に大事な相手なんて一握り。それ以外は、都合良く使う相手に過ぎないのだろう。
河原にある石や、道端にある石と同じ。
気が向いたら川に投げ込んだり、イライラしたら蹴り飛ばしたり。ちょっと形や色が綺麗なら拾ってみたり。
でも、殆どの場合道端の石なんてあってもなくても気付かない。何も思わない。
ふと目に付いたってなんとも感じないだろう。
いてもいなくても関係ない。まるであたしのようだ。自嘲気味な乾いた笑みが浮かぶ。
もし少し気に入っていて、拾った石だとしても、結局は石。失くしてしまっても少しショックなだけだろう。
死にたい、死のうなんて思わない。でも死んでも構わないとは思う。…痛いのは嫌だけれど。
あたしがいなくなっても、きっと何も変わらないから。
あたしが石でしかない一番の原因は、こんな思考の、他人に見えづらいけれど強固な壁を作るあたし自身なのだろう。
明るいはずなのに、どこかひどく自分と周囲に対して冷静で客観的なあたし。
殆どの人間とある程度の関係以上にはなりたがらない、他人を簡単に好きになれない自分が嫌だ。人が嫌いなわけじゃないのに。
でも、これがあたし。
でも、
誰一人として大切なひとがいないわけじゃない。

42 名前:No.10 石ころ、宝石 3/4 ◇RfDa59yty2 投稿日:07/05/13 21:50:29 ID:vAiQ2zJY
「ちーはーやー?」
「!!」
ぼうっとした意識の中、飛び込んできた声に驚いて肩を竦めてしまった。
「何してんだ?こんなとこで」
振り返り、声の主を確認する。…本当は、確認しなくても判ってはいた。
河原に下りてきているあたしより高い位置にいる彼を見上げ、名前を呼ぶ。
「亮、そっちこそどしたの?」
にっと笑みを浮かべる彼を見ていると、あたしも自然と笑顔になってしまう。
「千早が見えたから来てみた」
あたしのいる場所まで軽々と移動してきて、彼はそう言った。
優しい笑顔と、明るい声。見ていてこっちまで元気になりそうな、あたしの一番仲の良いクラスメイト。
「そっか」
「そんだけ?」
「だめ?」
二人で顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
「一人で帰ってるなんて珍しいじゃん」
「今日はそんな気分だったから」
時々、無性に一人になりたくなる。今日はそんな日だった。
あたしの答えにふーんと彼は首を傾げ、じっとこちらを見詰めてきた。
胸が、ドクドク鳴って痛い。このひとは、このひとだけは、だめだ。
唯一、あたしの中で特別な人。
「…あのさ」
「うん?」
珍しく真面目な顔をする彼を私は見返す。
「学校の奴らとかさ、俺達のこといい雰囲気とか言ってんの知ってるよな?」
それにあたしは少し躊躇いながら頷く。知ってる、でも、なんで突然そんなこと?
「それで…あーまじ恥ずかしい!」
亮は途中で言葉を切るとその場にしゃがみ込んでしまった。あたしのほうはどうしたらいいのか分からない。

43 名前:No.10 石ころ、宝石 4/4 ◇RfDa59yty2 投稿日:07/05/13 21:51:04 ID:vAiQ2zJY
「亮?」
いつもは見上げている彼を見下ろして、首を傾げる。
「改めて、さ。その…俺と付き合ってください」
「…………」
「…千早?」
だめ?と尋ねられる。あたしは思考も体も固まってしまった。大好きなひとが、あたしを好きだと言っている。
「あたしなんかで、いいの?亮のこと好きな子いっぱい…」
「俺は、千早がいいの」
柔らかな笑みを向けられる。だめ、泣きそう。
しゃがんだままの彼に手を取られた。
「俺、千早いなきゃだめだもん」
あなたにとって、あたしはどうでもいい石ころじゃないのかな。
「千早は?」
あたしにとって、あなたは、
「…あたしも好き、です…」
きらきらしてる、何よりも大切なひと。
「よっしゃ!」
途切れ途切れに、やっと気持ちを伝えられた。嬉しそうに笑ってくれる亮を見ていて、それはすごく幸せで。
道端に転がってるだけの石のあたしを拾ってくれたのは、誰よりも大切なひと。心ももう独りじゃなくて。
ただの石にだって、価値があるんだって言ってもらえた気がした。
心にあった重石まで軽くしてくれた。
宝石だって、本当は原石を磨いて綺麗にしたものなんだよね。
だからせめてね、あなたにとってだけでも、道端の石じゃなくて宝石になれるように頑張ろうって、そう思えたんだ。



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