【 魔封石 】
◆D8MoDpzBRE




35 名前:No.09 魔封石 1/5 ◇D8MoDpzBRE 投稿日:07/05/13 21:39:28 ID:vAiQ2zJY
「ロッティ様、敷地内に不審者が……グッ」
 無線の先で、警備兵の叫びが悶絶に変わった。
 今日の招かれざる客は、少々手荒なことが好きらしい。
 私が住む片田舎の大邸宅は、中世の香りを色濃く残していた。昔ながらのバロック建築であり、家と言うより
は宮殿に近い。
 入り口のゲートをくぐってから屋敷の玄関に辿り着くまでに徒歩で十分かかる上、至る所に警備員を配置して
いるのだが、どうやら余り役に立っていないようだ。恐らくその大半がやられてしまったのだろう。無線に対する
応答が、徐々に減っていった。
 私がいる大客間まで侵入を許すのは、もはや時間の問題だった。
「お嬢ちゃん、今日は一人でお留守番かい?」
 案の定、背後で男の声がした。振り向くと、背丈が高く、どちらかというとひょろ長いという印象の青年が立っ
ていた。不審者らしからず高そうなスーツを着こなして、やけに堂々としている。
「私は当家の当主です。事前に許可のない来訪は無用、早々にお引き取り下さい」
「つれないね、まだ十五歳そこらのヒヨッコだろ? 大人の言うことは聞かなくちゃ」
「……今年で、十七です」
 体が動かなかった。相手はさほど強そうには見えない優男だが、現にこの家の警備員を軽々とのしてここま
でやってきたのだ。私の敵う相手ではないと直感した。
 男は部屋の中を物色するでもなく、ただゆるりと構えて私に相対していた。
 まるで、このシチュエーションを楽しんでいるかのように。
「お嬢ちゃんは、魔法って信じるかい?」
 唐突な男からの質問。その意味するところを悟り、私は驚きつつも警戒心に駆られてより身構えた。
「あなたの狙いは、魔封石ですね。現存する最後の一つとも言われている」
「ご名答。僕は暴力沙汰が大嫌いだから、何とか穏便にことを運びたい」
「警備員を何人もブッ倒しておいて、よくそんなことが言えたわね」
 男の目が、冷たい光を放っていた。
 ジリ、ジリと、男が間合いを詰めてきた。腕ずくでも聞き出そうという意志が、静かに満ちている。
 逃げ場はない。だが、魔封石を渡すわけにもいかない。
 何とか時間を稼がねば。
「魔法が滅んだ現代で、なぜ魔封石を欲するのですか? 魔法がなければ、あれはただの石です」
 苦し紛れに放った私の質問に、男が身を屈めて笑い出した。細長い指を口元にあて、不気味に頬を歪め、

36 名前:No.09 魔封石 2/5 ◇D8MoDpzBRE 投稿日:07/05/13 21:39:57 ID:vAiQ2zJY
悪魔のような表情を浮かべて。
「フフフ、失礼。仰せの通り、僕には魔法が使えない。魔封石の真価は、無尽蔵に魔力を取り出せるところに
ある。僕のような平凡な人間が手にしたところで、意味はない。でもね、必要なんだ」
「魔法はとうに滅びたの。あれはただの石よ」
 そう言いながらも、私は自分の言葉の矛盾に気づいていた。ただの石ならば、それを守ることにこだわる必
要はないはずだ。
 そんな私の胸中を見透かしたかのように、男が冷たい笑みを浮かべたまま、なおもにじり寄ってくる。
 手を伸ばせば、肩を掴めるほどの距離まで近づいていた。
「魔封石は、私の両親の形見なんです。盗られるわけにはいきません」
「だが、魔封石の元々の所有者は、お嬢ちゃんでもご両親でもない」
 まるで自分に所有権がある、とでも言いたげな口ぶりだった。
 男の手が、私の肩を掴んだ。華奢な腕からは想像できないほどの握力が伝わってくる。
 進退窮まった。袋の中のネズミ。窮鼠猫を噛んでも、この男はライオンになって私を襲うだろう。
「……分かりました、ご案内します」

 第三倉庫の一番奥に、業務用冷蔵庫のような巨大な金庫が置いてある。ID照合、一二桁の暗証番号、指紋・
声紋認証を経て、ようやくその重い扉が開いた。
 中に入っているものは、いずれも貴重な家宝ばかりだ。
 男はそのいずれにも興味を示さず、ただ一つ、魔封石のみを目指した。
「ありました、これです」
 私が、黒く不気味に光る、ピー玉ほどの大きさの石を男に手渡した。
 男はその石をまじまじと見つめ、そして私の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけるなよ、お嬢ちゃん、これは断じて魔封石じゃねえ。やたら精巧に作ってあるだけ質が悪い」
「違いありません」
「ブッ殺すぞ!」
 激昂した怒鳴り声と共に、私の体は地面にたたきつけられた。右肩から尾骨にかけて鋭い痛みが走り、次
いで背中全体から鈍い痛みが湧いてきた。
 夢中で男を睨みつけたが、彼は私の方を漠然と眺めているだけで、私の目を見返してはいなかった。
「そうか、なぜ気がつかなかったのだろう」
 男が呟いた。嫌な予感が走る。

37 名前:No.09 魔封石 3/5 ◇D8MoDpzBRE 投稿日:07/05/13 21:40:28 ID:vAiQ2zJY
 次の瞬間、サッと男の両手が私の服を掴んだかと思うと、力任せにレース地のブラウスが引きちぎられた。
胸の下着が露わになった。
「あなた、そんなことして恥ずかしくないの?」
 そう言い返すのが精一杯だった。男の目的は明らかだった。服の下に隠れていたペンダントに取り付けられ
た、小さな黒い石。魔封石だ。
 ペンダントが無理矢理引きちぎられ、男の手に渡った。そのまま、彼が走り去ろうとする。
 せめてもの抵抗で、力一杯、地面に転がっていた偽の魔封石を男に投げつけた。
 石は、標的の脇をすり抜けた。私が落胆しかけたその時、石が倉庫の出口脇の壁に跳ね返り、絶妙なタイミ
ングで男の足下に転がっていった。
 男が石を踏みつけ、バランスを崩した。短い空中遊泳を経て、男が後頭部から派手に着地を決めた。
 思わず、ガッツポーズ。本物の魔封石が付けられたペンダントが、地面に転がっている。男がうずくまってい
る隙に、これを持って逃げようか。
 だが、その発想に待ったをかけるように、魔封石が奇妙な光を放ち始めた。
「あちゃー、お嬢ちゃん。やっちまったね」
 いつの間にか、男が両腕を組んで立っていた。
 魔封石を見ると、その表面には小さな亀裂が入っていた。
「お嬢ちゃんは知らないだろうが、魔封石ってのは怨念が込められた石なんだ。大変なことになるぞ」
 その言葉の終わりを待つ暇もなかった。黒い一陣の風が私の眼前の風景を切り裂き、倉庫の中のものを
次々となぎ倒していった。
「何なの、これ?」
 襲い来る影から逃げまどいながら、男に尋ねる。
「女の、怨念。魔封石の作り方を知ってるかい?」
「知らな……きゃあ!」
 黒い影に突き飛ばされ、壁に打ち付けられた。そこへ、黒い影が鋭利な刃に姿を変えて突進してきた。
 思わず目を閉じ、歯を食いしばった。
 ――殺されるッ!
 抱きかかえられ、間一髪、影が私の首元をかすめていく。男の両腕が、私を軽々と持ち上げていた。
「取り敢えず、逃げる」
 男が私を抱えたまま、倉庫から勢いよく飛び出した。背後で、倉庫がガラガラと崩れる音が響いた。
「魔封石が作られていた当時、憲兵たちは血眼になって幸せそうな恋人を探し出していた。そうして男の方を

38 名前:No.09 魔封石 4/5 ◇D8MoDpzBRE 投稿日:07/05/13 21:41:13 ID:vAiQ2zJY
縛り上げ、女を殺すように仕向けた。死の間際に女が流した血を集め、そこに黒曜石の宝玉を沈めて作り上
げたのが魔封石だ。同じ手法で、いくつもの魔封石が作られた」
 淡々と、男が説明した。
「じゃあ、どうしてあなたは魔封石を必要としていたの?」
「……供養するためだ、女たちの魂を。何代も前から、稼業の傍らで僕たちは魔封石を処理してきた」
「そう言ってくれれば素直に渡したのに」
「そう言っても素直に応じてくれない連中が多すぎたのさ。高値をふっかけてくる奴や、中にはこっそり転売す
る奴もいた……来るぞ!」
 男が、私に自分で走るように促す。一歩を踏み出そうとしたその時、目の前に黒い影が回り込み、やがて徐
々に実体化していった。
「きゃあ、何これ」
 実体化した影は、血まみれの女の姿をしていた。無惨に腹をえぐられて、臓物がはみ出している。虚ろな目
が、光を失った今なお、無念を訴えかけてくるようだった。
 女の手元で、何かが光った。
「よけろ、馬鹿」
 男に無理矢理抱きすくめられ、押し倒された。すぐ上を、幾条もの刃が通り過ぎていく。
 勝ち目は、まるで無さそうだった。
「仕方ない、こいつを使うか」
 男が胸元から小さくて黒い石を取り出した。魔封石だ。
「何であなたがこれを持ってるの? あなた、これを使えるの?」
「いっぺんに質問されても困るよ。僕はこれを使えない。今からやるのは、いわば博打だ」
 そう言うと、男が思いきり遠くに魔封石を放り投げた。
「ちょっと、怨念をもう一体増やして、どうする気なの?」
「あれだけは特別なのさ。後は、彼らの相性の問題だ」
 遠くの道を魔封石が転がり、淡い光がこぼれる。次いで、黒い影が浮かび上がってきた。
 つられるように、私たちをつけ狙っていた女が、黒い影に引き寄せられていく。
 嵐は、去ったのか。
「僕が持っていた魔封石には、恋人を殺してしまった末に自害を遂げた男の怨念が込められていた。後は、こ
の男と女が正しい組み合わせで出逢えたことを祈ろうじゃないか」
 何という偶然か、心配する必要は結局のところなかった。私たちの目の前で二人の影は、幸せそうな恋人た

39 名前:No.09 魔封石 5/5 ◇D8MoDpzBRE 投稿日:07/05/13 21:41:40 ID:vAiQ2zJY
ちに戻っていたからだ。お互いの肩を抱き合い、離れなかった。次第にその姿が薄くなり、太陽から降り注ぐ光
の道に導かれるように、大気の泡沫となって消えた。
 私は、しばらくその風景に見入っていた。上半身が下着姿だったことも忘れて。

「僕の目的は最終的に達せられたよ。ありがとう、お嬢ちゃん」
「ロッティです。最後くらい、ちゃんとした名前で呼んで下さい」
 私が口をとがらせると、男は大声で笑い出した。
「アハハ、すまん。僕はクライドだ。さっきは手荒なことをしてすまなかったな」
「まだ怒ってます」
 へそを曲げながらも、私は新しい紅茶を注ぐためにキッチンへ向かった。自分用と、客人用に。
「あ、もう紅茶のお替わりはいいよ。そろそろおいとまするから」
 クライドが立ち上がろうとする。私は、慌ててそれを制止した。
「駄目です、あなたを帰すわけにはいきません」
「え、どうして?」
 目を丸くしているクライドに、私は一枚の紙を突きつけた。
 請求書。破壊された倉庫に収められていた物品の、弁償金の請求額は一千万ポンド(※)に及んだ。
「元は、泥棒しようとしたクライドが悪いんです。返せるまで、ウチで働いてもらいます」
「ちょっと、無理無理無理無理」
「駄目駄目駄目駄目、その代わり、年収五十万ポンドは保証しますから」
 クライドが、魂を抜かれたようにソファから崩れ落ちて、床にへたり込んだ。
 私は、少し濃くなってしまった紅茶をカップに移して、テーブルまで運んだ。砂糖は薄めに、ミルクは濃いめに。
お茶の渋さが和らいで、口の中で芳醇なブレンドを奏でる。

 ちなみに、請求額のうち五百万ポンドは、私の下着を鑑賞した代金だ。



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