【 星のかけら 】
◆YaXMiQltls




23 名前:No.06 星のかけら 1/3 ◇YaXMiQltls 投稿日:07/05/13 14:57:06 ID:kPImsNza
 公園には多くの人が行き交っているのに、足を止めてくれる人さえほとんどない。浩司は暇を見つけて
はこうして公園で自作の詩を売っているのだが、もはや浩司のような輩には、もの珍しさすらないのだろ
う。
 浩司はバンドを組んでミュージシャンを目指していた。浩司の書く詩とギターの男の曲はなかなかのも
ので、ホームとしていたライブハウスでは結構な客を集めていたが、人気はそれ以上に広がることはなか
った。三十路も間近となったころ、メンバーの一人が定職に就いたのをきっかけにバンドは解散した。浩
司も音楽で生きていくのは無理だろうと悟った。けれど作詞に自信があったのは事実なのだ。浩司は詩人
になろうと思った。けれど考えてみれば、現代の詩人など浩司は一人もしらない。だから、もう少し間口
の広そうな小説家を目指すことにした。
 音楽と違って小説には、素人が受け手の反応を見ることのできるような場がほとんどない。だから浩司
はライブのような感覚で、公園で詩を売って客の反応を見てみようと思った。けれど客がこないのでは、
反応もへったくれもない。何本目かの煙草を吸っていると、キャリーバッグを持った男が浩司に近づいて
きた。
「隣、よろしいですか?」
 何がよろしいのかわからないが、浩司は頷いた。荷物から察するにおそらく同業者であろう。といって
も、浩司は公園で詩を売ることが本業ではないのだが。男は幼い顔立ちをしていて、高校生といっても通
るだろうが、ストリートブランドで固めた服装を鑑みるに、大学生くらいであろう。
 洋服でも売るのか、と浩司は隣で風呂敷を広げる男を見ていた。けれど、次に男がバッグから取り出し
たのは、どうみてもただの石ころだった。たとえばそこに絵が描いてあるのならまだわかるのだが、拾っ
てきたままとしか思えない石ころだ。男はそれを丁寧にひとつひとつ並べていく。
 浩司はいつか読んだつげ義春のマンガを思い出した。けれど男がマンガの世界から飛び出してきたとす
るならば、その作者はつげ義春ではないだろう。では誰かと問われれば困るが、少女マンガだとは確信を
持って言える。
 男は石を並べ終えると、最後に二つ折りにしたダンボールを取り出した。そこには「星のかけら 50
0円」と書かれている。浩司の詩と同じ価格である。
「あのー、それはどういった代物なんでしょう」
 浩司は男に聞いてみた。
「星のかけらですよ」
「いえ、そういったことでなく、その、大変失礼かもしれませんが、ただの石にしか見えないのですが」

24 名前:No.06 星のかけら 2/3 ◇YaXMiQltls 投稿日:07/05/13 14:57:39 ID:kPImsNza
「ええ、僕が近所の川原で拾ってきたものですから」
 男があっけなく言うので、浩司は「はあ」と答えたきりだった。世の中にはいろいろな人がいるものだ、
と浩司は素直に感心していた。
 公園で、二人の男が並んで露店を構えている。一人の男は、二十歳ていどの美男子で、「星のかけら」と
いうただの石を売っている。もう一人の男は、これといった特徴もない三十路の男で、「自作の詩 即興で
お作りすることもできます」と書かれたプレートを掲げている。さて、客はどちらに集まるでしょう。二
時間後の浩司は、そんな質問に即座に答えることができるようになった。
 男の店は繁盛していた。ひっきりなしとはいかないが、それでも客が去って十分もすれば、次の客がく
る。みんな若い女だ。女子高生から三十くらいのOL風の女まで。それは理解できる。女たちの目当ては、
「星のかけら」ではなく、男の方なのだろう、と。「星のかけら」は男への興味の付加価値となることはあ
ろうが、それ自体では、なんの価値もないものだ、と浩司は思う。
 だから浩司が理解できないのは、その女たちの何割かが、「星のかけら」を買っていくことだった。つま
り彼女たちは、そのどこにでも転がっているような石ころに、五百円の価値があると判断したのだ。浩司
の価値観においてはありえないことだ。
 すでに最初に置かれた「星のかけら」は半分ほどにまで減っている。ちなみに浩司の店はというと、最
初に「星のかけら」を買っていった女子高生のグループが、帰り際に少しの間立ち寄った以降、客は来て
いない。浩司の煙草も尽きた。そろそろ帰ろうかと思い、せっかくなので男に聞いてみた。
「あのー、また失礼かもしれないんですけれども、それ、何でそんなに売れているんですか」
 男は「そうですねー」としばらく考えてからこう言った。
「実は、信じていただけないかもしれませんが、僕は未来からきたんです」
「えーと、あなたが未来から来たことと、石が売れていることと、どんな関連があるんですか」
 浩司は努めて冷静に言葉を返した。その素朴な返答が気に入ったのか、男は微笑んでから続けた。
「どこから話せばいいんでしょう……とりあえず、僕の生い立ちから話させていただきます。僕はタイタ
ンで生まれました。知っていますか、タイタン。最近亡くなったカート・ヴォネガットの小説に『タイタ
ンの妖女』というのがありましたが、そのタイタンです。土星の衛星です。
 僕の時代には、もう地球はありません。非常に巨大な隕石がぶつかって砕けてしまったのです。僕の生
まれるずっと前のことですから、詳しいことは僕も存じ上げないのですが。けれど、そのころには人類は
既に火星や木星まで居住区を持っていました。ですから、地球がなくなっても多くの人々が生き残ること
ができたのです。当時の地球は人口過多でしたから、宇宙へ新天地を求めていく人々が多かったと言われ

25 名前:No.06 星のかけら 3/3 ◇YaXMiQltls 投稿日:07/05/13 14:58:13 ID:kPImsNza
ています。十八世紀のアメリカのようなものだったのでしょう。
 前置きはこのくらいにして石の話をしましょう。僕たちの時代では、地球の石は非常に高価で取引され
ています。『故郷の破片』というのですが、ですから、地球のあった場所では、多くの人々が石の発掘をし
ています。そして彼らの探しているもっとも値打ちのある石は、まさしくこのような石なのです」
 男は売り物の石を一つ手にとった。
「見てください、この石を。楕円型をしているでしょう。つまり角がないのです。なぜだかはご存知です
よね。川を流れてきたからです。上流の岩が、川を流れることによって、だんだんと砕けて小さく丸くな
っていくわけです。つまりこの石は、川がなければできなかったのです。そして、地表を川が流れている
惑星は、少なくとも太陽系においては地球だけなのです。ですから地球のない僕たちの時代では、こんな
石が自然に生まれることは、もうないのです。
 この時代の人々は、ダイアモンドとかルビーとかサファイアとか、いわゆる宝石にばかり価値があると
思いがちですが、あんなものはどこにだってあるのです、鉱脈さえ見つければ。それに人工の技術でカッ
ティングされた宝石なんかより、自然の作り出したこの石の形の方が、よほど美しいと思いませんか。そ
のように考えれば、この石の価値というのは、今の時代においても十分に通用する。というか、人々がこ
の石の尊さを理解していないだけの話なのです。」
 浩司は、男の大きな黒い瞳に見入っていた。夕日が反射して、宇宙のようだと思った。もちろん今こん
な話を男から聞いたから、そんな単語が出てきたのだろう。浩司が何を言えばいいのか迷っているうちに
男がこう言った。
「そうだ。どうですか。せっかくですからこの石とあなたの詩を交換しませんか。同じ値段ですから、ど
ちらも損をすることはないでしょう」
 浩司は黙って頷いた。男は浩司の足元に広げられたいくつかの詩の中から一つを選んだ。
「世界中のみんなが君を疎んでも僕は君を信じるよ。絶対に!」
 色紙の隅には、両側から抱きしめた地球の中央で手を握る男女の絵が、クレヨンで描かれている。
 
 帰り道に、浩司はコンビニで就職情報誌を買った。小説家になることを諦めたのだ。



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