【 神を彫る男 】
◆K0pP32gnP6




19 名前:No.05 神を彫る男 1/4 ◇K0pP32gnP6 投稿日:07/05/13 13:03:00 ID:kPImsNza
 俺は静かに倉庫の扉を開けて中に滑り込んだ。
 だらしない服装の男と大きな白い石。
 このコーンクリート造りの倉庫はこの男のアトリエだった。
 男は俺に気付く様子もなく、ノミとハンマーで掘り続ける。
 石はまだ一辺四メートル程の正方形のまま。
 俺は広いアトリエの隅に置いてあった椅子に腰をかけた。
 
「君、旧約聖書によると神を模した物を作るのはイケナイそうだよ」
 男の声で俺は目を覚ました。どのくらい寝たのだろう。
 男は石を彫る手を止めず、言った。
「おや、お休み中だったようだね。起こしてごめん」
 窓の外はオレンジに染まっていた。少なくとも二時間は寝てしまったようだ。
「もう、夕方か」
「ん、そうだね。ってやばいぞやばいぞ。礼拝の時間だ」
 男はそう言って外へ出ていった。
 いつ戻ってくるのか分からない男を待つ気のない俺は、アトリエを後にした。


 一ヶ月後、俺は再びアトリエを訪れた。
「やあ、ひさしぶりだねぇ」
 扉を開けた瞬間、男は石を掘りながら振り返る事もなく言った。
「ああ。またその隅っこで眺めさせてもらっても良いか?」
「ははっ。眺めるだって? また寝ちゃうんじゃないのかい?」
 男は愉快そうに笑い「ま、いいよ」と独り言のように呟いた。

 椅子に座りながら石の全体を眺めた。
 それは翼を持った巨大な人のシルエットに見えた。
「そういえば、この前礼拝がどうとか言ってたけが」
「ああ、別に僕が何かの宗教にはまってるとか、そういうわけではない」
 そう言うと男は俺の方に顔を向けた。中性的な顔立ち。

20 名前:No.05 神を彫る男 2/4 ◇K0pP32gnP6 投稿日:07/05/13 13:03:42 ID:kPImsNza
「でも、神の存在は信じてるよ?」
 男は再び石を彫る。


 さらに二ヶ月後、俺はまたアトリエに来ていた。
「やあ、そろそろ完成だよ」
 黙って俺は椅子に腰をかける。
「最初に神をモデルにした偶像を作ったのは誰だと思う?」
 そう言いながら石を彫りつづける男の前には、三メートル程の有翼人が出来ていた。
 俺は男の質問に答えられず、黙っていた。
「わからない? じゃあヒント。最初はほとんどの宗教でも偶像崇拝は禁止だった」
「あんまりヒントになってないけどな」
 男はニヤリと口の端を上げて笑った。
「面白くないねぇ。神の偶像を最初に作ったのは神なんだよ」
 相当、俺は間抜けな顔をしていたらしい。
 男はクスクス笑った。
「アダムとイヴってやつさ。人間」
 一変、男の表情がくもった。
「それなら、神様って奴は大失敗だな。人間はもう神を崇めちゃいない」
「確かに、確かにその通りだよ。神は死んだ、なんて言う人もいるしね」
 さっきまで笑っていた男の表情は完全に沈んでいた。
「今日は、もう帰ってもらえるかな?」
 言われるがまま、俺はアトリエを出た。


 翌日、胸騒ぎがした俺は朝早くアトリエに向かった。
「やっと完成だよ。我が生涯で三作品目の彫刻」
 四メートル程の翼を持った巨人の前で両手を広げながら男は言った。
「すごいな」
「題して『人を滅ぼす神』だ。今度は禁断の実なんか食べてくれるなよ?」

21 名前:No.05 神を彫る男 3/4 ◇K0pP32gnP6 投稿日:07/05/13 13:04:18 ID:kPImsNza
 男がそう言うと、白い巨人は静かに、ゆっくりと動き始めた。
「な、なんだよ。これは」
 微笑みながら男は答えた。
「君の言った通り、僕が昔作ったアダムとイブは失敗作だった」
 石の巨人は、緩慢な動作でアトリエの壁を崩す。そして外に出ると白い翼を広げた。
 男はその後姿をいとおしそうに眺めている。
「だから全て壊してしまおうと思ってね」

 巨人の壊した壁から外を見ると、アトリエの前の道で五歳ほどの子供が三人で遊んでいた。
 白い石の神は、その中の一人を右手で乱暴に掴み、持ち上げた。
 悲鳴も無く、男の子が握り潰された。白い手のひらが赤く染まる。
 そして別の子供が悲鳴をあげた。
「お前……」
 俺は男の胸倉を掴んだ。しかし男は表情一つ変えない。
 外を見ると、逃げる二人の子供。
 さっきの緩慢な動作が嘘のそうな速さで捕まえようとしている巨人。
「ヒドイなぁ。仮にも僕は神だよ? 創造神、人を作りしモノ。肉体的には人間だけどさ」
 二人の子供も捕まった。巨人の両手に一人ずつ。
 左手は血に染まり、右手はさらに赤くなる。
 白い石の巨人は、しなやかに翼を羽ばたかせ、舞い上がった。石の粉がアトリエを舞う。
 その粉を思いきり吸い込んでしまった俺は咳き込む。同時に男から手を離した。
「大丈夫、彼らは苦しんではいない。安心して。みんな楽に壊してあげるよ」
 男は俺から距離をとり、巨人の赤い手を眺めながら微笑んでいる。
「何が、大丈夫なんだ。何故、子供までを殺さなければならない」
 俺は男を見据えた。
 石の粉に光が反射している。その中で微笑む男は確かに神々しく見えた。
「失敗作を床に叩き付けて壊してしまう彫刻家だっているだろう? それと同じさ」
 しかしコイツは悪魔だ。

22 名前:No.05 神を彫る男 4/4 ◇K0pP32gnP6 投稿日:07/05/13 13:04:56 ID:kPImsNza
 俺は床に落ちていたノミを掴み、男に向かって走り出した。
 体当たりと同時に男の腹にノミを押し込む。暖かい液体が俺の手に触れる。
「やっぱり、こう、なったか」
 男は微笑んだまま床に崩れ落ちた。
 振り向くと、いつのまにか白い巨人の赤い手のひらが俺の背後に迫っていた。
 しかしその赤い手が俺を掴む事はなく、それ以上動くことはなかった。
「……これで、よかったのかもしれない」
 擦れた声で男は呟く。
「これで神は本当に死ぬことになる。今更どうってことないかもしれないけどね」
 白い石の巨人は男を右手で掴んだ。
 そして、ゆっくりとその右手を結んだ。
 巨人の手はさらに赤く染まる。
 コンクリートも赤く染まる。

        ≪おわり≫



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